十三章 「呪い返し」

 今日もまた雨が降っている。

 この雨は、もしかしたら智子さんの痛みだろうか。

 もう来ないと決めていたのに、またあの村に来た。

 私は何を言われようと、特に何も感じない。

 感覚なんてとうに麻痺してる。 

 それよりも、智子さんの尊厳がさらに侵されるのが嫌なのだ。

 しかし、今回はたぶん大丈夫だ。

 私は祈祷師の格好をしているからだ。顔を布で隠し、白いローブのような服装だ。



 村の中心に一軒だけひときわ大きい家がある。

 庭もかなり広く、たくさんの植物が育てられている。

 それが村長の家だ。

 幽霊に場所は聞いていたけど、誰が見たってわかる。

 お金をこれ見よがしに自慢した、悪趣味な家だからだ。

 私は呪いについて話があると言って、中に通してもらった。


「呪いについてとはどういうことだ?」


 大柄で太った男は、タバコをふかしながら聞いてきた。

 この人は、初対面の人にいつもこんなに高圧的なのかと驚いた。

 それと裏腹に、心の声はすごく怯えてた。

 この人は自分を強く見せてるだけなんだなと思った。 

 私は今でもこんなときどんな表情をしていいかわからない。

 私は、深呼吸して小さな声で話始めた。

 幽霊はずっと男をにらんでいる。


「あなたの子供に呪いがかかりました」


「なんだと?」


「数日後に死にます。しかも、死後も成仏できず地獄をさ迷い続けます。転生はもちろんできません」


「どうしてそんなことに?」


 男は明らかに慌てふためいていた。タバコの火を消し、手をあちこちに動かしている。


「あなたの一族は智子と言う人に呪いをかけましたね。呪いをかけた人たちの末路を知ってますか?」


「何か起こるのか?」


 こんなにもあっさり認めるとは思わなかった。

 否定すると私は思っていた。

 まあ否定しても、人の心が読める私には関係ないことだけど。

 そして、男はきっと呪いには詳しくない。 

 私は、ゆっくりと話を続ける。


「呪いをかけた人にも何も起こりません。でも、呪いが戻ってくるのです。『呪い返し』を知らなかったんですか」


「なんとかできませんか。すまなかった。許してください」 


 男はいきなり丁寧な言葉になり、私にしがみついてきた。

 こんなどうしようもない男でも、家族は大切なのだろうか。

 私は複雑な気持ちになった。

 私は親には愛想をつかされている。

 きっと私に何かあっても、親は守ってくれない。

 それでもいいと思っていたのに、心がゆらゆら揺らいだ。


「なんともできません。自分の一族が人に呪いをかけたことを死ぬまで後悔しなさい」


 私は勢いよく男をなぎ払い、家を出ていった。 



 呪いについては、すべて本当のことだ。

 幽霊が教えてくれた。

 私の呪いを解く唯一の方法だと言っていた。

 ただ「呪い返し」の時期は、呪いをかけられた側の一族が決められるようになっているらしい。

 私はだから今を選んだ。

 私の次の世代も同じ運命になるのは嫌だった。

 相手の子供はかわいそうだけど、一族がしたことだから恨めばいい。

 私には関係のないことだ。  

 元々人に関心なんてなかったのだから、それでいいんだ。

 そう思いながらも、その事が頭を離れなかった。

 ただ私は祈祷師を装い、村長をどん底に落としただけだ。

 村長の子供は死ぬ。

 しかし、なぜ死んだかは私が伝えなければわからない。

 それをあえてわからせて、苦しめると言うのが今回の作戦だった。

 さらに、祈祷師だから子供の呪いを解くことができるかもしれないという期待を持たせる。

 そして、その期待も打ち砕く。

 まんまと村長は私が祈祷師だと思い、畏れおののいて謝罪までした。

 作戦はうまくいったけど、言葉には責任がある。

 私は一人の人間の心を壊したのだ。

 当然の報いであると思うけど、私の心はすぐにはついていかなかった。

 何かを得るためには何かを犠牲にしなければいけないのだろうか。 

 私のしたことは本当に正しいのだろうか。

 悩むなんて久々なことだ。

 私があの言葉を発したことで、よからぬことがさらに起きるかもしれない。

 幽霊が言っていた「覚悟」とは、この思いを背負う覚悟なんだろうなと深く胸に刻み付けた。

 そして、一つの疑問点が浮かび上がってきたのだった。

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