第3話   王子と恋

 昼下がりの保健室。窓から入り込む光に照らされた白いベッドに眠るローズは、まるで天使のように美しかった。

 吸い込まれるように、彼女を見つめるレオン王子は昔の彼女との出会いを思いだしていた。

 初めての彼女との顔合わせの日。彼は幼いながらもどこか冷めていた。

 どこへ行ってもみんなちやほやしてくるのは、この恵まれた顔と王子という地位のせいだという事を何だか冷静に理解していた。

 その日会うローズにしても、まず、他の者たちと同じような反応だろうと思っていた。

 案の定、彼女は例に漏れず、まず彼の顔をみて頬を赤らめ、彼に好かれようと、媚を売るような笑みを浮かべていたように思う。

 思うというのも、まだ幼い彼女に人に媚びを売るという意識はなく、ただ本能的に反応したに過ぎないのかも知らないからだ。

 婚約者になる彼女にも何も期待はしていなかったはずだが、その反応に彼はがっかりした。がっかりしたという事は少しはましかも知れないと期待していたのかもしれない。

『れおんおうじしゃまー』

 いつも派手なドレスをまとって、大人びた香水までつけた彼女はいつもいつも、どこからか現れては、レオンにべったりとひっついてきた。

 あからさまに嫌な顔は王子として出来ないから、そっと彼女の手を離して、距離をとって完璧な笑みでかわしてきた。

 そんな彼女は、ある日、突然変わった。

 こけて頭を強くうってからだ。あの時、自分は悪くはないが、王子としては気遣うふりをしなければならないと、何度かお見舞いに行った。

 が、いづれも、そっけなく帰されてしまった。

 最初は、驚き、2回目は苛立った。気を遣って行っているのだから、少しは……少しは何を思ってほしいのだろうとはたと思って、彼は初めての感情に戸惑った。

 それから、彼女にはどうも会いに来るどころか避けられているのではと思うようになってから、ローズのことばかり考えてしまうようになった。

 ローズの兄のアルベルトとは剣の稽古の時に一緒なので、それとなくローズの様子を聞いたり、たまに、遊びに行ったりもした。

 その時に、ふと、中庭などで見かけたローズはそそくさといつもどこかへと逃げていた。

 益々、彼女の事が気にかかり、ひっそりと、彼女の予定を聞いては会えるように打算するが、いつも、すれ違ってしまっていた。

 学園に入学して、久しぶりに彼女に会った時。彼は自分の心臓がくるったように脈打ち、少女のように頬に熱が集まった。

 これは、なんだ。この気持ちはと、説明のつかない症状に、これが恋なんだと実感した時、なんとしても、彼女の気持ちを自分へむけたいと思った。

 婚約者なので、向こうから破棄する事はできないので、うまくいけばこのまま彼女は彼の妻、未来の王妃となるだろう。だけれど、彼女の気持ちも欲しい。彼は、どうしたらいいかもんもんと悩んでいた。

 今のこの状態は、チャンスだと思った。抱きしめて、頬をあからめた彼女をみて、まだ希がある事にほっとした。

 今、目の前で眠る天使のような少女を、うっとりとみつめて、彼女の頬を撫でた。

 思っていたよりも、なだらかな絹のような肌触りに、思春期の彼は身体中に熱が集まるのをどうにかしようと、窓を開けた。

 フワッと少し冷たい風が、熱い頬をなで、ふと、ベッドの彼女を見ると。

 澄んだ空のような美しい瞳が、真っ直ぐに彼をみていた。

「ローズ、目が覚めたかい?先生を呼んで来るから待っていて」

 そう言って、立ち去ろうとした時。彼の袖を小さな細い指がつんつんと可愛くひっぱる。

 なんだ、このかわいい生き物はっ!とレオンはローズを見てフワリと微笑んだ。

「どうしたの?」

「ごめんなさい。もう少しこのままでいて下さい」

 頬をそめて、潤んだ瞳でローズはレオンを見た。

 彼は思わず、ローズに近づいて抱きしめてした。そして、思春期の彼はこれ以上我慢できないとばかりに、ローズの桜色の唇に口づけた。

 彼女との初めての口づけは、蜂蜜のように甘くて、薬草の臭いがした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る