第9話残念ながらあなたの冒険の書物は…

「えーと、これで僕は『チート』能力を身に着けたってことかな?」


 『チート』とは能力の意味であることは分かっているが実際にはピンときてない魔王と勇者たち。そもそも先ほど『神』と名乗る女が言っていた『この世界へ来る前にいろんな『チート』能力を見てきたと思います』と『特別に今回は例え『ご都合主義』なものであろうとそなたにすべてを授けます』の意味が分からない。この『とてつもない力を持つもの』となったであろうものはさっきとまったく変化してない。変身などを想像していた魔王もちょっとピンとこない。


「ふん。余には大して変わったようには見えんがな」


「え?じゃあ試してみます?」


「(おい!この人、悪い人とは思えないけど『試してみる』とか言ってるぜ!とりあえずお前、防御力が上がる魔法と、あと魔法を跳ね返すやつをあたしにかけろ!)」


「(あ!わいも!)」


「(いやいや、こっち先!)」


「(とりあえず俺も全員にかけとくから。魔王は自分でやれるだろ?)」


「ふん。何をびびっておるか。余がこんなものを相手に呪文だと?片腹痛いわ」


「(だからあいつはいっつも負ける役なんだよなあ。いい加減気づけよなあ)」


「(まあまあ、あいつはどうせ変身とか残してるし。まだこの『とてつもない力を持つもの』のその『とてつもない力』?『チート』能力ってやつを見てないし。まあ、ものすごい全体攻撃の炎の呪文とか、あ!俺たちに化けるかも!)」


「(あー、あるかもなあ。大勢の仲間を呼ぶとかもあるかもなあ)」


「(いや、きっとあれだぜ!『カエル』に変身させられたりとか!聞いたことあるもん!『とーどー』やったっけ?『みにーまーむ』やっけ?まあ、跳ね返すやつを頼むぜ!僧侶!)」


「では、僕もちょっと試してみますね。あのお、確認ですが。勇者さんですよね?それに女戦士さんと僧侶さんと女賢者さんとお見受けします。それに魔王さんですよね?ひょっとしてえ…『すりー』じゃないですかね?」


「え?『すりー』?『すりー』って何?」


「え?あたしに聞くなよ!おい!魔王。てめえなら知ってんじゃねえの?」


「うむ。おそらくこやつの世界では余や貴様らのようなものを『すりー』と呼ぶのではないか?」


「おいおい。数千年も生きてきて質問の答えがそれ?てめえは一体どれだけ無駄に生きてきたんだっつーんだよ!使えねえなあ!」


 そして『チート』能力を身に着けたであろう『とてつもない力を持つもの』となったものが恐ろしいことを言う。


「皆さんはお休みされるときに『教会』とか『王様』に記録を残してもらったりしてませんか?」


「何で知ってんだ?」


「やっぱり『すりー』じゃん。『とーどー』とか『みにーまーむ』って言ってたから『え?そっち』と思ったけどね。うん。間違いない。『すりー』だ!」


「何を訳の分からぬことを。とりあえず貴様には悪いが余にもこいつらにもやり残しておることがある。さっさと終わらせるぞ」


「へえー。魔王さんはやる気満々ですねえ。そうこなくっちゃですね。この後にモテモテの『ハーレム』かあー。よーし、僕もやる気出てきたぞー。というわけで。いったん『冒険の書物』を消します!えい!」


「え?」


「おい。今、『冒険の書物』って聞こえたよな?」


「うんうん。聞こえた。確かに言うた」


「『冒険の書物』を消すって言ったよね?」


「うんうん…。なんでこの人、『冒険の書物』を知ってんの?あ、やっぱり未来から来たって言ってたから『歴史』とかで学んだんじゃね?」


「でも『冒険の書物』ってそもそも全滅したりとかしたら金が半分になるやん?時間かけて遠い町に行って、全滅したらまた同じことを繰り返すのもあれやからあるもんちゃうの?それを消すって?どゆこと?」


「おい!てめえなら知ってんじゃねえのか?この二千年前ムッツリよお!」


「余にも分からぬ。ただ、二千年前どうこうはもう言うのはよさぬか」


「はい!皆さんがいろいろ面白いことを言ってる間に僕も試しに『冒険の書物』を消してみました!『消えろ!』と念じてみました。本当に消えたかどうか確認したいのですいません。勇者さんでも僧侶さんでもいいんで何か魔法を唱えてみてください」


「え?魔法?別にええけど。それが『冒険の書物』と関係あんの?」


「まあまあ。僕も試しにやってみましたんで。お願いします」


「おい、貴様。どうする?」


「ふん。余に聞かなくとも自分らで確認してみればよかろう」


「まあそうやね。えい!回復呪文!どう?元気になった?」


「あ?別に?お前、真面目にやれよ。ちゃんと唱えろよ。いつもの音もしてねえぜ」


「いや…。ホンマにガチで唱えたつもりなんやけど…」


「またまたあー!ジョーダンばっかり!今はそういうのええから!ちゃんとやろうぜ!ちゃんと!」


「いや…。ホンマにガチで唱えたつもりやで。呪文が…。封じられた?」


「お!マジで!?よっしゃー!僕の『チート』能力確定!前の世界でいいなあと思ってた能力すべてが使えるってことね!『女神』様ありがとう!」


「おい、きさま。余に説明してみろ。一体貴様、何をした?貴様の『チート』能力とはなんだ?」


「あ、とりあえず皆さんの『冒険の書物』を消しました!最初に冒険を始めた頃って皆さんすごーーーーーく弱かったと思うんですよー」


「そうだな。こいつらはクソ弱かった。雑魚だった。それが余の手下どもを倒し成長を積み重ねて強くなりおった。生意気にも。余に肩を並べるほどにな」


「てめえ!肩を並べるどころか負けただろ!!」


「いや待て。女賢者よ。冷静になれ。この人が言ったことが本当なら。魔王よ。ちょっと全力で貴様を攻撃してみる。俺の力を見てくれ」


「ふん。よかろう。試してみるがよい」


 そして全力で剣を魔王に振り下ろす勇者。


「なんだそれは?それでは青いスライムでさえも一撃では倒せんぞ。貴様はふざけておるのか?」


「え?どーゆーこと?」


 なんといきなり『冒険の書物』を残念ながら消されてしまった勇者たち。一生懸命『とてつもない力を持つもの』を魔王と協力して迎え撃つために、また、魔王も気を使って強くなるのに協力してあげたのに、それがすべて水の泡となってしまった勇者たち。おそるべし『チート』能力。


 これが『とてつもない力』である『ご都合主義』の『チート』である。いきなりレベル最弱となった勇者たちの戦いは始まってもいない。それに気付いてすらもいない。

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