【 スーパールーキー 】


 3番ゲートを出るといきなりザワザワとした喧騒が待っていた。

 

 その喧騒の中心にいる、あまり合わせたくない顔と目が合ってしまった。

 その顔がニンマリと笑った。


「大沢さん、聞きましたよ!」


 南洋スポーツ、ホワイトベアーズ番記者の武藤彰一郎。

 バランスボールのような体が、弾みながら近寄って来た。

 

 彼とも10年以上の付き合いだが苦手意識は昔から変わらない。

 他に三人いた。

 一人は広報か? 

 あの独特な眼鏡は確か日比野とかいう名前だったか?

 それにカメラマンもいる。

 

 そして最近、毎日のようにスポーツ新聞の一面を飾っている顔が、おれをガン見している。

 そいつが大股でおれに近づいてきた。


「初めまして! 京川です」


 絵に書いたような、爽やかでしなやかな青年がおれの前に立って一礼した。

 青年と言うよりまだ少年か。

 瞳がキラキラしている。


「ただ今、ホワイトベアーズと入団契約をして参りました。今後共、ご指導宜しくお願いいたします」


 もう一度、今度は額が膝頭に付くほどに身体を折り曲げた。


 ・・・入団契約? 昨日、ドラフト指名されたばかりなのに?


 向かい合うと意外と小柄。

 180センチくらいか。

 しかし小顔で姿勢がいいので大きく見える。

 そしておしゃれ。

 細身のダークスーツをきっちりと着こなしている。

 たぶん・・・イケメン。

 

 とてもプロ野球選手には見えない。


「グッドタイミングです。大沢コーチ、写真を1枚お願いします。2時から入団会見を開く事になったんですけど、ちょっと時間が空くんで、京川君をドーム案内にお連れした所です。前川副社長がめちゃめちゃハイテンションで、『武藤、悪いがよろしく』って、社外の人間つかまえて人前で呼び捨てですよ。まったく」


 武藤はおれの腕を抱えながら、嬉しそうに一人で笑っている。

 相変わらず声がデカイ。顔もデカいし色も黒い。

 

 ・・・ハイテンションはお前だろ


「ちょっとスーパールーキーにアドバイス的なお言葉頂けないですかね。その後、握手している所を1枚ってな感じで」


 すでにカメラマンが構えている。

 おれは思わず一歩さがった。


「何を言えばいいのか分からないし、おれは契約まだだし、コーチじゃないし」


 やんわりと武藤の手から腕を引き抜いた。


「またまたぁ、聞いていますよ。コーチィ」  

 

 武藤はリアクションもデカい。


「そういうの柄じゃないので」


 カメラマンの死角に回り込みながら逃げた。


「お、大沢さん」


 京川が逃げ回るおれに向かって一歩前に出た。

 

 そして何故か直立不動だった。


「サ、サ、サインいただけないでしょうか」


 突然、変な緊張感が伝わってきた。


 

 ・・・なんかへんな子だな



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