第4話
「こんにちは~」
図書館帰り、俺は行きつけのケーキ屋に立ち寄った。
目的はもちろん季節限定の美味しいケーキ。
だけど、それだけじゃない。
「いらっしゃい」
ケーキ入りの硝子ケースにもたれた青年が顔をあげる。
ただもたれているだけなのにカッコよく見えてしまうのは、外国人の特権か、はたまたスタイルがいいからか。
「アヤメさん、バイトは?」
「今は休憩中。店の看板自体、準備中って書いてあっただろ?」
「あ……」
全く気づかなかった。これでは不法侵入だ。
不法侵入者を特に気にするでもなく、「座りな」と親指で軽く席を示した青年――アヤメさんは、手に持った紙束をヒラヒラ振った。
「そろそろ来るだろうと思ったよ。言われたもの、持ってきたぞ」
*
目の前に座っている、二十代くらいの金髪蒼眼の青年。
彼は名前をアヤメさんといい、大学の留学生兼ここのケーキ屋でアルバイトをしている人だ。
いわゆる顔見知りで時々話をするのだが、これがまた大人っぽくて非常に頼りになる。
愚痴を言いに行ったり、悩みを聞いてもらったり、何かに困ったら立ち寄るいわば俺にとっての駆け込み寺だ。
例の人探しの手伝い――琥珀に言われたあの日、俺は真っ先にアヤメさんに助けを求めたのだった。
「宿題で泣きつかれることは多々あったが、まさか人探しを頼まれるなんてな」
紙束を弄びながら苦笑するアヤメさんを前に、申し訳なくなって縮こまる。
「いやぁこういうの頼めるの、アヤメさんしかいなくて。だって何でも知ってるし」
アヤメさんは不思議な人だ。
名前が英名じゃないし、日本語が流暢すぎるし、何を聞いてもちゃんと答えが返ってくる。
博識を超えて何でも知っているのだ。
「買い被りすぎだよ」と、アヤメさんが紙束で俺の頭を軽くペシンと叩いた。
「最後に見たのは五十年以上前、名前住所不明、特徴もまるでぼんやり……こんな条件で探せるわけないだろう」
「アヤメさんでもダメだった?」
叩かれた頭を擦ってアヤメさんを見る。
彼はため息を一つつくと、丸めていた紙束を広げた。
「特定は無理だったが、候補は何人か絞った。探せば、何か分かるんじゃないか?」
紙に書かれていたのは、様々な名前や住所、現在の簡単な様子。
ダメどころか大収穫な情報を前に、俺は思わず声がうわずった。
「えっ凄い! たった二日でこんなに情報が……どうやって調べたんだ?」
「どうやってって……それはまぁ、俺の情報網」
長い人差し指を唇に当てて微笑むアヤメさん。
ミステリアスで、大人っぽくて、美形。
男の俺でさえドキドキしてしまうのだから、きっと世の女子はイチコロだ。
アヤメさんは机に置いた紙を、そのまま俺のほうへスライドさせた。
「俺に出来るのはここまで。その情報を上手く使えるかはカンナ次第だ」
「ありがとう」
アヤメさんからもらった紙をギュッと握る。
誰かの力になりたい。悲しんだり悩んだりしている人達を、笑顔にしたい。
それは人ならざる怪異達でも言えること。
見えてしまったら、会ってしまったなら、そうせずにはいられないのだ。
「……そいつはもう、何十年もその約束を待っていたのか」
「そうなんだって。文字を一緒に勉強して、本を読めるようになろうって」
碧眼を憂い気味に揺らしたアヤメさんは、「バカ正直だな」と感想をもらした。
「律儀に守るやつなんて、そういないだろうに。案外忘れられてしまうものさ」
「そうなのかな。俺は、そうじゃないって思いたいけど」
俺の言葉に、アヤメさんは伏し目がちに首を振った。
「人の繋がりほど不確かなものはない。裏切られたり、消えてしまうことだってある」
「散々見てきたんだ」と語るアヤメさんの言葉は、どこか冷めていて、じわりと重い。
だが、顔をあげると俺の頭をポンと叩いた。
「……不確かだが、その中に確かな繋がりがあったらいいなと思うよ。希望論だがな」
「アヤメさん……」
そう涼やかに微笑む彼の足元に、影はない。
きっと彼も普通の人ではないのだろう。今まで生きてきた中で、いろんなことを経験したのかもしれない。
『希望論』と言いつつも、どこか切実さを滲ませたその言葉に、俺は返答の代わりに大きく頷いた。
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