第4話

「こんにちは~」


図書館帰り、俺は行きつけのケーキ屋に立ち寄った。

目的はもちろん季節限定の美味しいケーキ。


だけど、それだけじゃない。



「いらっしゃい」


ケーキ入りの硝子ケースにもたれた青年が顔をあげる。

ただもたれているだけなのにカッコよく見えてしまうのは、外国人の特権か、はたまたスタイルがいいからか。



「アヤメさん、バイトは?」


「今は休憩中。店の看板自体、準備中って書いてあっただろ?」


「あ……」



全く気づかなかった。これでは不法侵入だ。


不法侵入者を特に気にするでもなく、「座りな」と親指で軽く席を示した青年――アヤメさんは、手に持った紙束をヒラヒラ振った。



「そろそろ来るだろうと思ったよ。言われたもの、持ってきたぞ」



目の前に座っている、二十代くらいの金髪蒼眼の青年。

彼は名前をアヤメさんといい、大学の留学生兼ここのケーキ屋でアルバイトをしている人だ。


いわゆる顔見知りで時々話をするのだが、これがまた大人っぽくて非常に頼りになる。

愚痴を言いに行ったり、悩みを聞いてもらったり、何かに困ったら立ち寄るいわば俺にとっての駆け込み寺だ。


例の人探しの手伝い――琥珀に言われたあの日、俺は真っ先にアヤメさんに助けを求めたのだった。



「宿題で泣きつかれることは多々あったが、まさか人探しを頼まれるなんてな」


紙束を弄びながら苦笑するアヤメさんを前に、申し訳なくなって縮こまる。


「いやぁこういうの頼めるの、アヤメさんしかいなくて。だって何でも知ってるし」


アヤメさんは不思議な人だ。

名前が英名じゃないし、日本語が流暢すぎるし、何を聞いてもちゃんと答えが返ってくる。

博識を超えて何でも知っているのだ。


「買い被りすぎだよ」と、アヤメさんが紙束で俺の頭を軽くペシンと叩いた。



「最後に見たのは五十年以上前、名前住所不明、特徴もまるでぼんやり……こんな条件で探せるわけないだろう」


「アヤメさんでもダメだった?」


叩かれた頭を擦ってアヤメさんを見る。

彼はため息を一つつくと、丸めていた紙束を広げた。



「特定は無理だったが、候補は何人か絞った。探せば、何か分かるんじゃないか?」


紙に書かれていたのは、様々な名前や住所、現在の簡単な様子。

ダメどころか大収穫な情報を前に、俺は思わず声がうわずった。



「えっ凄い! たった二日でこんなに情報が……どうやって調べたんだ?」


「どうやってって……それはまぁ、俺の情報網」



長い人差し指を唇に当てて微笑むアヤメさん。

ミステリアスで、大人っぽくて、美形。

男の俺でさえドキドキしてしまうのだから、きっと世の女子はイチコロだ。

アヤメさんは机に置いた紙を、そのまま俺のほうへスライドさせた。



「俺に出来るのはここまで。その情報を上手く使えるかはカンナ次第だ」


「ありがとう」



アヤメさんからもらった紙をギュッと握る。


誰かの力になりたい。悲しんだり悩んだりしている人達を、笑顔にしたい。


それは人ならざる怪異達でも言えること。


見えてしまったら、会ってしまったなら、そうせずにはいられないのだ。



「……そいつはもう、何十年もその約束を待っていたのか」



「そうなんだって。文字を一緒に勉強して、本を読めるようになろうって」



碧眼を憂い気味に揺らしたアヤメさんは、「バカ正直だな」と感想をもらした。



「律儀に守るやつなんて、そういないだろうに。案外忘れられてしまうものさ」


「そうなのかな。俺は、そうじゃないって思いたいけど」


俺の言葉に、アヤメさんは伏し目がちに首を振った。



「人の繋がりほど不確かなものはない。裏切られたり、消えてしまうことだってある」



「散々見てきたんだ」と語るアヤメさんの言葉は、どこか冷めていて、じわりと重い。

だが、顔をあげると俺の頭をポンと叩いた。



「……不確かだが、その中に確かな繋がりがあったらいいなと思うよ。希望論だがな」


「アヤメさん……」



そう涼やかに微笑む彼の足元に、影はない。


きっと彼も普通の人ではないのだろう。今まで生きてきた中で、いろんなことを経験したのかもしれない。


『希望論』と言いつつも、どこか切実さを滲ませたその言葉に、俺は返答の代わりに大きく頷いた。

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