第2話

俺がアイドルを目指すようになった理由はいろいろあるが、大きなきっかけになったのは怪異達だ。


いわゆる霊感が強いらしい俺は、昔から怪異に絡まれてばかりだった。

悲しい、寂しいと訴える怪異達を慰めたくて、笑顔にしたくて始めたのがパフォーマンスや手品。


それが紆余曲折を経て、アイドルという夢に固まった。




「そうだお前、見えるなら頼みを聞いてもらおうか。なに、悪いようにはしない」



たくさんの怪異達を見てきたが、ここまで上から目線な奴に会ったのは久々かもしれない。

腐っても神、といったところか。



「何だ不満か?」


「不満じゃないけど……俺、本を借りに来ただけなのに」


そう言って俺は手にした本を見せる。

琥珀は本を見て、「それだ」と指さした。



「その本の上巻を借りていった女を探している。そいつを見つけてほしい」


「え、人探し?」



「そうだ。借りていって幾月経ったか……五十を超えたあたりから数えるのをやめてしまったからな。正確な年は分からん」


「待って待って最低でも五十年!? ちょっとそれ、幾ら何でも……」


「緋色の紐で髪を結わえたセーラー服の女だ。齢はお前ぐらいか。髪の長さも背格好も、ちょうどお前ぐらいだな」



うんうんと頷く琥珀。

お願いだから勝手に話を進めないでほしい。



「女は噂話が好きだと聞いている。時代は流れたかもしれんが、お前も女だろう? 探すくらい、わけないではないか」


「ストップ! ちょっとストーップ!!」



無視できない単語を見つけて、俺は手を広げて琥珀の言葉を遮る。

人が好んで来るような空間でないことが幸いして、俺の大声は周りに聞こえないようだ。

切れ長の目をパチパチする琥珀に、俺はどうしても許せない単語を訂正した。


「俺は女子じゃない、男子だ! 結城カンナって名前の、立派な男子高校生!」


ふわふわとした長い白髪、淡い藤色の瞳、幼い顔立ちのクォーター。

何より『カンナ』って名前がその女子っぽいイメージを加速させているに違いないが、俺は女子っぽく見えるだけであって女子ではない。

初対面だとテンプレよろしく間違えられるわけだが、怪異にすら間違えられるのは不本意だ。


全身全霊の俺の訴えを「あぁ、すまん」とあっさり詫びた琥珀は、それ以上この話題には触れずに元に戻した。



「ともあれ私の頼みというのは人探しだ。緋色の紐が目印の、セーラー服の女。よろしく頼んだぞ」


満足げに頷いた琥珀は、『用が済んだ』とばかりに袖を翻す。



「あっちょっと待って!」


『女子に間違えられる問題』で頭がいっぱいだった俺は、引き留めるのがワンテンポ遅れる。

聞いてるのか否か、片手をあげた琥珀は鬱蒼と並ぶ本棚の奥へと消えていった。

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