第1話
夏休み。
それは誰にとっても憧れの、甘美なる長い夏の休暇。
だが、肩書きが高校生となると、天国の休暇は急に地獄へと変わる。
何故なら――
「宿題多すぎるだろ! も~っやってもやっても終わらない!」
『夏休みのしおり』を放り出して、思わず声を荒げて頭をかきむしる。
そう、高校生にとって『夏休み』とは『宿題地獄』なのだ。
「普通科ならともかく、アイドル科だろ? なのに何でこんな……」
「うぉっほん!」
「!」
カウンターから大きな咳払いが聞こえて、俺はハッと口を押さえる。
「結城カンナ君だったかな? 図書館では静かにするように」
「はーい……」
年配の司書に注意され、俺――結城カンナはため息と共に、投げたしおりを拾い上げた。
*
タレント養成高校のアイドル科と言ったらどんなイメージだろうか。
芸能人になるために生まれましたって感じの人もいるし、ダンスや歌みたいなアイドルらしい特殊な授業もある。
だが、その前に一般教養として普通の高校と変わらない勉強もあるのだ。一年生はその色が特に濃い。
「読書感想文か……」
しおりをパラパラとめくって盛大にため息をつく。
高校生たるもの、宿題は真面目にこなすつもりだが、面倒なものは面倒という気持ちは変わらない。
読書感想文なんて小学校以来のような気がする。
「しょうがない、腹を括るか」
席を立って本を選びに行く。元々図書館に来たのも、読書感想文を片付けるためだ。
「どうしようかな……せっかくだし、誰も読んでなさそうな本がいいな」
少し埃っぽい、奥まったコーナーへと足を踏み入れる。
適当にやればいいものを、どうしても手を抜けないのは俺の性分だ。
長らく手に取られていないであろう、分厚い本が集まった棚を前にうろうろと品定めする。
どこの図書館にもこういった分厚い本のコーナーがあるが、それを好んで読む人なんているだろうか?
「いないよな、絶対。……あれ?」
自問自答していた俺は、本棚に一冊ぶんの空間があることに気づいた。
「誰か借りてる?」
気になって、隣の本を手に取る。
ずっしりと重厚な、かなり古びたハードカバーの本。
くすんだ渋い赤に銀の箔押しという装丁が、何とも厳かだ。
俺が手に取ったのは下巻で、空間の部分には上巻があったらしい。
「物好きがいるんだな。ふふ、何かの物語かな?」
「物好きとは失敬な」
「えっ?」
思いがけない返答に、俺は思わず振り返る。
背後に、着物を着た風雅な男が立っていた。
「あの……どちら様?」
俺の問いに男は「ほぉ」と感嘆の声をあげた。
「私が見えるのか。お前、相当強いな」
「……はぁ。強い、ね」
その一言で理解した。
時代錯誤した格好、やや古風な口調。この人はきっと――
「私は琥珀。信仰者がすっかりいなくなってしまった、ここの土地神さ。怪異、とでも言っておこうか」
怪異――琥珀は不敵に微笑んだ。
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