推しを燃やす力について

「推し、燃ゆ」が芥川賞を受賞しました。

途中で読むのをやめていたので、ニュースを知った段階でとくにそれについて言えることはなかったのですが、たまたまRTで回ってきた、視聴者からの質問に答えているニコニコ動画での会見動画が目に止まった。


質問の内容はこう。「どうして作中の診断名を伏せたのですか?」


そう、わたしが読むのをやめていた理由もそれです。序盤を読んだ段階で、発達障害と推測でき、その所作やそれが原因で起こるトラブル、感情の起伏などは、すごくすごく具体的に書いていて、さっきアマゾンレビュー(まあこれを世間の総意だと、アテにしすぎるのもどうかと言われたらそうなのですが)を確認したら、やはりそこに関する「共感」の声は沢山ありました。


ただ、個人的に、やっぱり「生まれ持ってきた特性による“生きづらさ(あんまり好きな言葉ではないですが…)”」と「推し活」が近すぎるように思えて、身も蓋もない言い方をすると「それが理由で推し活に現実逃避している」ように見えたのです。これは作中で安易なレッテル貼りだと否定されている「推しを恋愛対象として見る」と、そう変わらない距離にあると思うのです。そしてまずなにより「あそこまで書いて伏せる理由は?」というところで手が止まっていました。


話を戻すと、会見上でのそれに対する答えは、「すごく悩んだ」と前置きして「作品を(診断名で)区切ってしまうのは違う、もっと何か違うものとして捉えてほしくなくて、読者の人にもっと近いものとして感じてほしかった」とコメントしていました。つまり普遍性の話ですね。


https://mobile.twitter.com/nico_nico_news/status/1351832282697330689?s=21


たとえば、ここ数年の間にボーイズラブドラマがブレイクしたことにより、沢山の作品が世に出ています。その際の宣伝記事で「同性愛じゃなくて人間愛です」「特別なことじゃない、普遍的な話である」と、話を曖昧にして一般化して物議を醸し出しているのも見かけます。あの発言には、それと同様のデリカシーのなさを感じました。ただ生放送だったので、意図しない言葉が口をついて出てしまったという可能性はあるのですが。人間はマジで口が滑るので…。(念のため書いておきますが、ここで著者やいまこれを書いているわたしが当事者か否かはあまり関係のない話です)


なにか言うなら一応全部読まないと、積んでいた単行本を棚から取り出しました。


読み終わって、序盤のみを読んでの印象は変わらず、その後に浮かんだのは「これを“炎上”と呼んでいいのだろうか」でした。


あの印象的な書き出し「推しが燃えた。ファンを殴ったらしい」がなければこの物語は成立しない。そしておそらくはこの「炎上」が、「パートナーとのニャンニャン写真がブブカに載った」でも成立しない。まあ長いことブブカはアイドルのニャンニャン写真を載せていませんが…。


主人公の想いは「恋ではない」とするには「推しの炎上」には性愛がからんでいては「嫉妬」と片付けられてしまいかねない。終盤の「人」になった「推し」には性愛が存在しているけれど、導入から「推しに熱愛発覚〜!」だったらこの物語は成立しなかったと思います。


もちろん、推しとファンは別の人間なのですが、「背骨」というほど自意識と結託しているのなら、「性愛」が入ってきた時点で、その背骨は形を変える。それが序盤で起きたらこの物語は違うものになるでしょう。たぶん「りさ子のガチ恋★俳優沼」コースになる。だからこその、性愛問題と距離をとるための「殴打」なのだろうけど。物語というシステムのため使われる暴力。…でもそれってどうなの?


これは常々感じているのですが、ビットコインを使った評価経済WEBサービスでインサイダー疑惑が発覚しても「炎上」だし、パートナーとお風呂に入ってる写真が流出しても、同じ「炎上」という言葉でくくられて曖昧になってしまう。


作中の「推し」は暴力事件を起こした結果の「炎上」となっています。つまりワタナベマホトと同じフォルダといえます。もちろん、「推し」がネットやマスコミに「叩かれている」描写はあるし、芸能活動的な意味では社会的制裁を受けているといえるものの、ファンである主人公の視点からみているためか、あまり「女性への暴力」という部分はあまり重要視されていない。


それこそが、「炎上」という言葉の持つ「曖昧さ」の力であり、本作はその力に無自覚なように感じます。


「普遍性」のために診断名を伏せて(た、と仮定する)、「恋愛ではない想い」を証明するために推しの「暴力事件」を「炎上」とする、その曖昧さは「共感」を呼ぶ力もあるとは思いますが、その力もまた、直接的な暴行でなくても「暴力」と呼んでいい。そして力の行使の仕方も、かなり無自覚であるように感じるのです。自覚的であったとしても、それはそれで問題だとは思いますが。

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干支の猫(これは日記・忘備録です) 藤谷千明 @fjtn_c3090

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