第21話 どうやらあれが『ビッグ・ルーウォー』らしいぜ

 何か、巨大な圧力が渦を巻くように回転している。マッシュルーム・マウンテンの傘部分、つまり俺たちが今立っている場所が、煙に包まれていく。


 な、何が起こったんだ……!? ダンドのヤツはどうにか倒して、それで終了のはずじゃなかったのか……!!


 煙は、ダンドが描いた魔法陣から出現している。でも陣の中にフルリュの妹はいないし、俺たちも、ダンドの取り巻きも退避している。


 ビッグ・ルーウォーを呼び出すための生贄なんかどこにも……いや、待て……!!


「…………っつも……こいつも……」


 一人だけ、いる。この場で生贄になりうる存在が。


 それは、ダンド自身だ。


 いつから意識を取り戻していたのか、ダンドは立ち上がっていた。


 親指に傷がある。その血が滴り落ちると、魔法陣が輝き出した。


 尋常ではない迫力だった。正直言って、さっきの攻撃にはかなり手応えがあった。あれだけまともに下顎を殴られたら、立つことは難しいだろうと思う。


 でも、ゆらりと揺れながらも大地を踏み締め、気力で立っている。


「どいつもこいつも……どいつもこいつも……」


 何故?


 率直に、疑問は頭を駆け抜けた。


 こいつは、セントラル・シティでも有名なギルド、ソードマスターに所属している剣士だ。しかも、ただの剣士じゃない。ちゃんと名前のある、いち隊長の身分だ。


 どうしてそこまで、セントラルを潰すことにこだわるんだ。


 白目を剥いていたダンドは歯を食いしばると、はっきりとレオを睨み付けた。レオが蛇に睨まれた蛙のように、びくりと固まる。


 ダンドは、親指を高く掲げた。


「俺は!! 誰よりも従ってきた!! 誰よりも闘ってきた!!」


 あっ。


 ダンドがそう叫んだ時、俺の脳裏に別の言葉が蘇った。


『誰かに認められたければ、黙って従え。それも分からねえか』


 もしかして、あの言葉は……本当は、俺に対しての言葉ではなくて。




「俺の前で、シルバードの話をするんじゃねえ――――――――!!」




 ダンドが、魔法陣に親指を叩き付ける。


 瞬間、俺は――走り出していた。


「ラッツ!!」


 チークが叫んだ。


 俺はチークのアイテムカートから、もしもの時のためにチークに頼んでいた、巨大な弓と矢代わりのハンマーを取り出した。


 マッシュルーム・マウンテンの巨大な傘の端まで走って、その場で弓を構える。


「【イーグルアイ】!!」


 視力が上がった。これなら、この距離でも鐘を確認できる。


 あとはゴーグルだ。実はひっそりと、魔力を込めると双眼鏡になる機能が付いている。


 この作戦を俺が提案したのは、このゴーグルを持っていたからだ。


 ここから、今でも連続して鐘の音が鳴り響いているセントラル・シティの中央広場を狙う。


 ダンドは、自分自身を生贄にするつもりだ。それをやられたら、全てが終わる。


「おっ、おい!! 今たぶん、名誉勲章授与の真っ最中だぞ!? ラッツ!!」


「そんな事言ってられるかよ!!」


 弓を引き絞った。


 チャンスは一発限り。これを外したらもう、ビッグ・ルーウォーがセントラルに入るのを防ぐことはできない。


 ゴーグル越しに、セントラルの鐘を見据えた。


 俺は弓のプロではないし、アカデミーで精々基礎スキルを教わった程度の人間だ。


 でも、俺しかいない。


 今この場所で、あの距離の的を当てられるとしたら、俺しか。


「お、おい!! 人に当たる可能性だって……」


「うるせー気が散るから黙れレオォォォ!!」


 頼む。


 矢を放った。


「うわっ!?」


 瞬間、弓が爆発した。衝撃に思わず、尻もちをついた。強烈な発射音と共に、チークのハンマーはブーメランのように回転しながら、凄まじい勢いで中央広場へと向かっていく。


「……爆発すんのかよ……」


「飛距離足りないし、魔法で補いきれないから、もうこれしかないかなーって……」


 チークの遅すぎる説明が、今さら俺の耳に届いた。


「火傷したぞ、おい」


「し、しかもっ!! ただのハンマーじゃないのよアレ!! 飛距離が落ちてくるとそれを感知して、二発目、三発目のボムが爆発して、確実に目的を叩き砕く仕組みになってるの!!」


「そこまで考えてくれてるなら発射方法についても検討して欲しかった!!」


 でも、チークの発想はすごい。ハンマーは飛距離が衰えるどころかどんどんと加速して、セントラルの鐘に向かっていく。……弓は一瞬で壊れたけど。


 でもまあ、とにかく中央広場の鐘は、狙った。


 ……当たるか?


「シルバードさんに当たりませんようにシルバードさんに当たりませんように……」


 レオが念仏を唱えながら、手を合わせていた。


 フィーナがフルリュの妹を治療しながらも、緊迫した表情を見せた。


 チークがごくりと、喉を鳴らした。


 あ、これは当たる。


「当たるぞ……!! よっしゃ――」


 ハンマーが地上に辿り着いた瞬間、轟音が鳴り響いた。


「……えっ」


 中央広場の周辺で、人が大移動を始めた。一瞬の光と、後から遅れて見える小さな煙。


 数秒、その様子をただ眺めていた。ドカアァァン……という凄まじい音の余韻が抜けないまま、中央広場は音抜きでも騒ぎになっているのが分かるくらい、明らかに騒いでいた。


 思わず、血の気が引いた。


「……………………チーク? 爆発したんだが……」


「えっ、いやぁほら、あの鐘を落とそうと思ったら、やっぱ威力が足りないかなあと……」


「下に人が居るから、ハンマーを使おうぜって話をしたんだよ!!」


「えっ? ……ああ、確かに爆発して良いならただの矢でもよかったわね……確かに……」


「ねえ!! 大丈夫!? これ下の人大丈夫!?」


「一応、鐘の吊るされている部分だけが爆発の影響範囲よ」


「それ俺がピンポイントで狙えていればの話だよね!?」


「うっさいわね考えたのあんたでしょ!? 腹くくりなさいよ!!」


 マジか……。誰も怪我してませんように……。


 瞬間、場の空気が変わった。


 ダンドがビッグ・ルーウォーを召喚した魔法陣からは、煙が放出され続けている。それが風に運ばれて、俺たちの足下を通り過ぎた。


 背中に、強烈な圧力を感じる。圧力というか……何かこう、迫力のような、勢いのようなものが。


 おそるおそる、振り返った。


「ギャアアアァァァッァァァ――――――――!!」


 叫んだのはレオだ。


 先程までは無かった、石で作られたような巨大な壁。壁が、マッシュルーム・マウンテンの山頂に出現していた。


 壁……壁、だ。少なくとも俺にはそう見える……これが、『ビッグ・ルーウォー』とかいう魔物なのか。


 ただの壁かと思えば、微妙に動いている。端からは筋肉質な腕が伸び、ダンド・フォードギアを抱えている。


「ねえ……何? あれ……」


「俺に聞くな……」


 チークは恐怖で声が上ずっていた。


 ……ま、まあ。見た目には、それほど凶暴な魔物には見えない。もしかして、何もしなければ何もされないかも?


 過去には強すぎて封印されたという記録があるそうだけど、凶暴かどうかまでは分からない……よな。


 案外、冒険者がうかつに攻撃して、怒りを買っただけだったりして……。


「なんで動かないんだ、あの化け物は……」


 ダンドは抱えられているが、抵抗する様子もない。おそらく、召喚が成功して気絶しているのだろう。


 こんなに巨大な魔物の封印を解除したんだ。確かに、そうなってもおかしくはない。


 ビッグ・ルーウォーは、周辺を見回し始めた。


「ラッツさん。妹さんの応急処置は済ませましたわ」


「フィーナ。サンキューな」


「あれは……」


「どうやら、あれが『ビッグ・ルーウォー』らしいぜ」


 額の汗を拭って、フィーナは立ち上がってビッグ・ルーウォーと対峙した。


 フルリュは妹を抱え、ビッグ・ルーウォーから距離を取っている。警戒しているようだ。


 化け物は、きょろきょろと……首もないのにきょろきょろもないが、体ごと動かして確認している。目がどこにあるのかも分からないのに。


 ん? 中央のあたりが、横一直線に割れ……!!


 俺は、全力で走り出した。


「ラッツ!!」


 横一直線に割れた先に、あまりにも鋭い牙があった。あれは、『口』だ……!!


 ダンドが高く掲げられて、その真下にぽっかりと口を開けて構えている。


 駄目だ、走っても間に合わない……何かないのか、何か!!


「うおおおぉぉぉぉぉ――――――――!!」


 俺は背中からリュックを外して、全力でダンド・フォードギアに向かって投げた。


 俺のリュックは沢山の武器がまとめて入っているから、それなりに重量がある。ダンドに直撃すると、ビッグ・ルーウォーはダンドを手放した。


 その瞬間に、俺はスキルを宣言した。


「【キャットウォーク】!!」


 瞬間、俺の移動速度が跳ね上がる。


 落下したリュックを回収し、ビッグ・ルーウォーの脚の間をスライディングして、落下中のダンドを確保。そのまま、逃げようとしているダンドの取り巻きに向かって投げた。


「お前らのボスだろ!! 連れて行けよ!!」


「ひいっ!? は、はいっ!!」


 しかし、ダンドがやられたと見るや、さっさと逃げ出す仲間達である。別に悪いとは言わないけど、あいつも信頼されていなかったんだなあと思う。


 枝が見えている部分の隙間から、ダンドを抱えた取り巻き達が消えていく。あんな所から登ってきたのか。この場所は地面とほとんど変わりないから、まるで地面に穴が開いていて、そこから枝が伸びているかのように見える。


 さて……。


 俺は、目前のビッグ・ルーウォーを見上げた。


「グオオォォォォォ……!!」


 何やら、重低音が辺りに鳴り響いている。これが、この化け物の声なのか。


 ビッグ・ルーウォーは、拳を俺に向かって構えた。俺はビッグ・ルーウォーを避けるように周囲を走った。


「こっちだ化け物!!」


 大体、でかい化け物は動きが鈍いって相場が決まってる。一体何が効くのか分からないけど、前衛に回復役、武器持ちに知識人、空が飛べる奴までいる。これだけの人数が揃っていれば、活路だってあるはずだ。


 ブン。


 何やら不気味な音がしたと思ったら、俺は空中に跳ね飛ばされていた。


「……えっ」


 思わず、間抜けな声を出してしまった。


 恐ろしい勢いで振り抜かれた拳は、ギリギリ俺には当たらなかった。でもその風で吹き飛ばされ、俺の体は浮いていた。


 後から、心が恐怖に塗り潰された。


 なんだ、今の……当たったらゴーレムだって粉微塵になるぞ……!?


 あれほど広いと思っていたマッシュルーム・マウンテンの傘の全貌が見える。放物線を描いて、そのまま俺は場外に吹き飛ばされ……えええええちょっ!!


「あああああアアァァァ――――――――!!」


 やばいやばいやばいやばい死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!


 空中でもがいても、当然勢いが殺せるはずもない。ど、どうすれば……!! こんな事なら、ロープの先にフックが付いてるサバイバルグッズとか持ってくるんだった!!


「ラッツさん!!」


 唐突に、俺のリュックは強烈な力で引っ張られ、俺は空中に静止した。


 見ると、フルリュが俺のリュックを掴んだようだった。


「お……おお……フルリュ……」


「ま、間に合いましたね……」


 さすがハーピィ、荷物が無ければ空中移動は怒涛の速さだ。


 今、一回死んだ。あぶねえ……。


「ラッツさん!! そこから動かないでくださいまし!!」


 珍しく、フィーナが叫ぶ声が聞こえた。見ると、ビッグ・ルーウォーがマッチョな腕から、何やら大人三人分はありそうな巨大な岩を生み出し、片手に構えていた。


 それを、俺に向かって構える……おいおい……この距離だぜ……。嘘だろ……。


「天にまします我らが女神よ、この者達に一時の安らぎをお与えください!! 【ガードベル】!!」


 フィーナが詠唱すると、俺とフルリュの目前に半透明の巨大な鐘が出現した。ビッグ・ルーウォーが放った岩は、ものの数秒もしない内にフィーナの鐘に激突し、鐘もろとも壊れ、粉々になった。


 その一瞬を見て、フルリュがフィーナやメノアの居る場所まで高速で飛んで戻り、俺を降ろした。


 心臓が口からはみ出るくらいバクバクと動いている。


「主よ、大丈夫か!?」


「あ、あんまり大丈夫じゃない……」


 二回、死んだな……。


 ビッグ・ルーウォーは、両手に先程の巨岩を作り出している最中だった。あの大きさの岩が、小石を投げるみたいな勢いで飛んで来る。一発で城が崩れるレベルの攻撃だ。


 ……まさか、ダンドがハーピィをさらって生贄にしようとしたのは、自分が襲われないようにするためだったのか?


 封印を解くのに、生贄は必要なかったもんな。そういうことか。


「みなさん、わたくしの後ろに!!」


 フィーナの陰に隠れると、再度フィーナの杖が輝き出した。


「【ガードベル】!!」


 おお、すげえ。詠唱簡略化だ。


 魔法をメインに使う連中には、一度使ったスキルを詠唱なしでもう一度使う事ができる人間がいると聞いた事がある。フィーナは、もうそんなレベルにまで自身を成長させているのか。


 同じアカデミー出なのに、えらい違いだな……。


 まあ、そもそも俺には詠唱が絡むような難しいスキルは使えないので、それ以前の問題だという事はあるんだけど。


 ビッグ・ルーウォーの放った巨岩がフィーナの鐘に当たって、再び砕け散る。それを見て、フィーナが焦り出した。


「こんなに重い攻撃じゃ長くは保ちません、作戦を!!」


 九死に一生を得て、放心している場合じゃない。せっかくフィーナが助けてくれたのに、このままじゃ全滅して終わりになってしまう。


 ビッグ・ルーウォーは、俺たちを殺せば今度はセントラルに向かうだろう。食料の宝庫みたいな場所だしな。


 それだけは、どうにかして防がなければならない。


 ……でも、どうしたら良いんだ。あんな、岩に腕と脚が直接生えているような化け物相手に。あのサイズじゃ、ハンマーで殴ったってダメージにはならないだろう。


 やっぱりここは一旦逃げて、セントラル・シティの冒険者に助けを求めるべきなのでは……いや、駄目だ。その道中でどれだけの被害が出るか、想像もできない。


「きゃっ!!」


 前に立っていたフィーナの【ガードベル】が破壊されて、岩の破片がフィーナの頭に当たった。


「フィーナ!! 大丈夫か!?」


 フィーナの頭から、血が顔に流れてくる。だが、構わずにフィーナは防御を張り直した。気を抜いたら、全員が即死する事を知っているからだ。


 武器。せめて、武器さえあれば。


「チーク!! お前の持ってる武器の中で、一番硬いのってなんだ!?」


「えっ、ええっ!? 武器!?」


「俺がそれであいつを砕く!!」


「えええええっ、無理でしょ!?」


「やるしかねえだろ!!」


 こうなりゃ、レオと二人でビッグ・ルーウォーに挑むしか……!!


 って、レオ? そういやあいつ、どこ行った?


 こんなだだっ広い平地で、隠れる場所なんかどこにもないのに。一体どこに……あ。


 レオはチークのアイテムカートの中で、体育座りで震えていた。


「レオ、俺たちで戦おう」


「はああアァァ!? 嫌だよ勘弁してくれよ!! 俺死んじまうよ!!」


 レオはすっかり怖気付いている。……この状況じゃ、当然だ。


 正直、アカデミーを卒業したといっても、全員新米冒険者だ。勝てる気は……していない。


 でも、挑まなければ絶対に勝てない。


「レオ殿。時に……時間を稼げるか?」


「へっ?」


 メノア……?


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