第20話 バカの一つ覚え
足に魔力を溜めた。
レンジャーの基礎スキル。罠を回避する時や、敵から逃げるのに使う。普段より脚が速くなり、身軽に動けるようになる。
アカデミーで習った通りの使い方をすることばかり考えていた。レンジャーは戦闘職じゃないから、そう教えられていただけだ。
戦闘に使える可能性。
ある。
「【キャットウォーク】!!」
二倍の速度で、俺は大砲のように跳び出した。
「キャットウォーク!? ラッツ、ちょっと!!」
視界の端で、チークが戸惑っているのが見えた。
これなら、【ソニックブレイド】に頼る事もない。強化された移動速度は直進方向だけじゃなく、純粋に俺の機動力を強化する。このスピードに反応さえできれば、便利なスキルだ。ちょっと速すぎてしんどいけど。
身を屈めて、真正面からダンドに短剣を振った。当然この程度では隙をつけるはずもなく、二、三発打ち合って、俺は距離を取る。
相手はまだ、この程度のスピードなら余裕なようだ。……なら、これはどうか。
リュックから、魔法職御用達の杖を取り出した。
聖職者の基礎スキル。本来、パーティメンバーを強化するのに使う。溜めが長く、魔法の発動に時間を必要とする。
だが、『戦闘中に溜められる』としたら、どうだろう。
俺はダンドに向かって再度走りながら、試しにスキルを使おうとしてみた。
杖が光る……大丈夫。クオリティは知らないが、できない事はなさそうだ。
聖職者は女神の信徒である以上、刃物を持ってはならないから、結果的にサポートに徹しているだけ。従ってこのスキルは、『自分自身にかけることができる』。
「【ホワイトニング】!!」
戦闘に使える可能性。
ある。
「ホワイトニング!? な、なんだそりゃ!?」
ダンドの取り巻きになっている背の高い方が、驚いたような声でそう言った。
前に戦って分かった。あいつらはダンドに怯えている。見ているだけで、手は出して来ないだろう。
ダンドは俺よりも大きく、長い剣を持っている。長剣で真正面からやり合うのは、分が悪いかもしれない。ダンドは俺に手数を与えないべきだと考えたのか、今まで受けて捌く姿勢だったのに、突然飛び出してきた。
戦い方が前回と違うのがバレたのだろう。
間合いを詰めた時は、長剣より短剣だ。基本は『詰められれば引く』だが、それだけやっていてもこいつには勝てない。
リュックに杖を戻して、二本の短剣を取り出した。
距離を詰める。手数が必要だ。
「【ダブルアタック】!!」
アサシンが奇襲をかける時に、確実に相手を仕留めるために、ナイフの先に魔力の刃を作り出すスキルだ。たとえナイフの刃が届かなくても、武器を透かして魔力の刃が直接相手に届く。アサシンの基礎スキルだ。
これは、アカデミーでは習わなかった。『アサシン』というのは厳密には職業ではないため、ギルドもないからだ。
だけど俺は、知っていた。
アカデミーの裏には、そういった『殺し屋』を目指す人間が一定数居て、そいつらがプロのアサシンから暗殺の業を教わっていた。
俺は虐げられていながらも、アカデミーの事ならほとんど知っている。あの場所は、俺にとっての戦場だったからだ。
真正面からの戦闘で、役に立つ可能性。
ある。
真っ直ぐに、ダンドの攻撃を受け止めた。
短剣と長剣で打ち合う時、剣の根元を受けるように意識した。すると、ダンドの指を魔力の刃が傷付ける。
短剣も二本で先端と鍔のあたりを受ければ、長剣の圧に負ける事はない。
「ダブルアタック……!! てめえ……!!」
ダンドの表情が、少しずつ変わり始めた。
メノアが何気なく言った事が、俺の成長を後押ししている。でもその根底にあるのは、アカデミーで覚えたスキルだ。
誰も知らない。俺がたった一人でずっと、基礎スキルの練習をしていたことを。
アカデミーで教えているほとんどのスキルは、見よう見真似で覚えた。もしかしたら、厳密にはアカデミーで教えていたスキルとは異なるのかもしれない――俺は、本が読めないからだ。
だけど俺は、使える。
アカデミーの誰もが敵うことのない、あまりにも大量な『基礎』スキルが使える。
もしかしたら、これが俺の生きる道なのだろうか。
「『バカの一つ覚え』、受けてみろよ」
リュックに短剣を戻し、長剣を取り出す。威力重視だ。
俺は剣を構えると、地面を蹴った。
「【ソニック】!! 【ブレイド】!!」
一瞬で、ダンドの背後に回る。
【キャットウォーク】で、スピードが二倍。【ソニックブレイド】で更に二倍。【ホワイトニング】で威力が二倍。【ダブルアタック】で貫通性能。
「【ブレイド】!! 【ブレイド】!! 【ブレイド】!!」
目にも止まらぬ速度で、何度も斬りつける。そうすると、貫通性能のおかげでダンドの全身に傷が付いていく。
メノアが言っていたのは、こういうことだ。
ひとつひとつの基礎スキルは、上級スキルには敵わないかもしれない。俺には【ウエイブ・ブレイド】のような、派手で威力もある範囲攻撃なんて使えない。
でも基礎スキルが、束になったらどうだろう。
ダンドが振り返る頃には、すでに俺は長剣ではなく杖に持ち替えていた。
「【レッドトーテム】!!」
火柱を生み出す、魔法使いの基礎スキルだ。ここまではギリギリ、魔法陣を描かなくても使う事ができる。
地面に魔法陣を描かなくて良いなら、『スキルを使うために止まっている時間』はただのタイムロスだ。
火柱が、俺とダンドの間に出現する。そうすると、互いに相手の姿が見えなくなった。
威力が弱い……魔法の準備を動きながら行うのは、けっこう難しい。これは、練習が必要だな……。
ダンドが火柱を跳躍で超えてきた。横から行けば、俺の策にはまると思ったんだろう。でも、上は上で考えがある。
俺は杖から弓に持ち替えた。
こういうことだ。
全ての武器を扱えるのなら、俺に『間合い』はない。
「ちっ……!!」
跳躍したダンドは、宙に浮いている。避ける術はない。
弓士の、基礎スキル。
「【レッド・アロー】!!」
燃える矢が三本、ダンドに突き刺さった。弓士は遠距離から少ない手数で相手を倒す事を想定しているため、基礎の段階からエンチャント――つまり、属性付与を教える。
それは魔法よりも威力が少ないが、魔法よりも速く、命中率がずっと高い。
ダンドが怯む……いや、怯んでいない……!!」
「ピカピカのビギナーが、調子に乗りやがって!!」
やっぱり動きながら連発しながらのスキル利用じゃ、威力が落ちているんだ。
真横に振り払われた長剣を、弓を捨ててどうにか、短剣で受けた。
「ぎっ!!」
まるで受け切れない……!!
全身に衝撃が走った。脳が揺さぶられて一瞬、意識が飛びそうになる。文字通りに、俺はマッシュルーム・マウンテンの傘の上を吹っ飛んだ。
たった一撃。それを許したら、もうダンドは止まらない。
鬼のような形相で、ダンドが吹っ飛んでいる俺に向かってくる。
……ここで攻め込まれるのを許したら、もう駄目だ。
また森で起こったように、ダンドのたった一撃で戦況が逆転してしまう。
それだけは、駄目だ……!!
この距離、剣は届かない。来るのはひとつだ。すぐにリュックから杖を出し、しっかりと握った。
間に合え……!!
「【ウェイブ・ブレイド】!!」
「【ブルーカーテン】!!」
水の滝が現れ、俺の身を隠す。着地と同時に身を伏せ、衝撃波に備える。俺はリュックから長剣を取り出した。
ダンドはきっと、飛び出してくる。風の刃で滝は水平真っ二つに分断され、その僅かな隙間で、俺の位置を捉えた。
飛ぶ斬撃を避けた俺は立ち上がり、歯を食いしばった。
ここで度肝を抜かなければ、勝てない。
脂汗が、頬を伝った。
『バカのひとつ覚えか』
『言ってろ!! もういっこくらいスキルあるわ!!』
そう、もう一個だけ隠し玉が、ある。
それは、いつか絶対に必要になると思っていた。パワーに乏しい俺は、決定打に欠けるからだ。
名目上は基礎スキルとされているが、使いこなすのは相当難しい剣のスキルだ。アカデミーでは簡単に説明されただけで終わった。
今日まで毎日、練習してきた。なにしろ俺はアカデミーで人よりも攻撃を受ける機会が圧倒的に多かったから、練習相手には事欠かなかった。
水が爆発したかのような衝撃が走り、【ブルーカーテン】が吹き飛んだ。その向こうに、ダンドの姿が見えた。
ダンドが剣を振り下ろす。
ここだ――――――――!!
「【パリィ】!!」
ダンドの振り下ろされる長剣を、横から叩いて受け流す。
その一瞬、ダンドが目を見開いた。
「パッ……!?」
俺は、剣を捨てた。
「パアあァァァ――!?」
どこからか、レオの声が聞こえたような気がした。
剣を払われて身動きが取れない、空中のダンド。
目一杯に構えた拳を、その頬に叩き込む。
「うっをおぉぉオオオォォォォ――――――――!!」
ダンドの勢いも後押しして、それは必殺の一撃になる。下顎に当たると、それはみし、と音がした。
構わず、振り抜いた。
勢いは死に、ダンドは俺の拳にめり込んで、顔から勢いよく地面に吹っ飛び、そのままゴロゴロと転がった。
そうして。
ダンドは、動かなくなった。
「えっ……?」
周囲が、固まった。
フルリュの妹を捕まえている数名の冒険者。俺の行く末を見守っていた、メノア。フィーナ。レオ。チーク。そして、フルリュ。
ダンドは倒れて、白目を剥いた。
俺は痺れる拳を突き出したまま、あまりにも衝撃的な状況に身動きが取れずにいた。
一転して、静寂が訪れる。立っている俺と、倒れているダンド。
「ラッツが、勝った……?」
呆然と、レオがそう呟いた。
あっ、やばい。こんな所で立ち止まっている場合じゃない。
俺はすぐにダンドの仲間の所まで走った。呆然としているダンドの仲間から、フルリュの妹を奪い取る。崩れ落ちないように身体を支え、お姫様抱っこの形で抱きかかえた。
そのまま、倒れているダンドの隣を歩いて、フルリュの所に向かった。
「ラッツさん!!」
フルリュが走ってくる。フルリュの妹、ひどい傷だ。羽はずたぼろで、治るのには当分かかるだろう。
……でもまだ、生きている。
よかった。
フルリュは、涙を流していた。
「ラッツさん!! ラッツさん!! ……ラッツさんっ!!」
妹ごと、フルリュに抱き締められる。
「フルリュ。先に、フィーナに治療をしてもらおう」
「あっ、はい、そうですねっ……!!」
ティリルと言ったか。フルリュは妹を見て、涙ながらに微笑んだ。
無言でフィーナを見ると、フィーナは微笑みを浮かべながら俺達の所まで歩いて来て、ティリルの治療を始めた。
青い顔をしているダンドの取り巻きが、これからどうするべきかと話し合っているようだった。それを見ながら、俺は呆然とした。
「お……おいっ!! パリィ!? すごいな、ラッツ!! お前すごいな!!」
レオが駆け寄ってきて、俺の肩を叩いた。何やら興奮気味に、俺に話をしている。
「ああ……うん」
「なんだお前、シラけた面して!! どこで覚えたんだよ、パリィなんて!! アカデミーじゃ教えてくれなかったろ!?」
……なんだろ。
あんまり、実感がない。
森で戦った時は、逆立ちしたって勝てない相手だと思った。……でも、今こうして俺は、死なずにこの場所に立っている。
「なあ、俺にもやり方教えてくれよっ!!」
「ああ、今度な」
背中をばんばんと叩くレオをあしらいつつ、俺は傘の端まで歩いて、遠くに見えるセントラルの街を眺めた。
死なばもろとも、くらいの気持ちでいたんだけど……な。
「見事だった」
メノアが腕を組んで、俺に言った。
どう反応したら良いのかわからなくて、俺はなんとなく、苦笑してしまった。
「そうか? ……我ながら、メチャクソな戦い方だったと思うけど」
「だが、勝った」
「……まあ、そうだな」
「なんだ。主があれだけこだわっていた事を達成したんだぞ。もっと喜んだら良いじゃないか」
俺は、フルリュを見た。
フィーナに治療されている妹に声をかけながら、でも安堵している様子だった。フィーナもそこまで張り詰めた表情でない所を見ると、きっと怪我はきちんと治るんだろう。
それを見て、俺は思った。
『……俺じゃ、だめだ……』
一度は、諦めそうになったけれど。
その場にへたり込んで、脱力してしまった。
「メノア」
「うん? なんだ?」
「おっぱいもんでいい?」
「話の流れ!!」
ほんの少しは、変われたんだろうか。
その時、セントラル・シティの方から、鐘の音が響いてきた。
おお。遠すぎて人がいるのかどうかすらよく分からないけど、こんな所まで聞こえてくるんだな。
「レオ、これから名誉勲章の授与が始まるのかな?」
問いかけると、レオは楽しそうに答えた。
「ああ、そうだぜ。シルバードさんが今頃、壇上にいるんじゃないかな。いやー、すげえ話だよ」
……ふーん。
俺には、縁のない話だなあ。
「ラッツ!! 立って!!」
チークが叫んだ。
セントラル・シティも、これで節目を迎えるんだろうか。
「やばい――――――――!!」
俺は、跳ねるように立ち上がった。
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