第18話 バレなければ悪事ではないんだ
「作戦を考えよう」
俺は、喫茶店『赤い甘味』でそう宣言した。
朝も早よから集まったのは、昨日も一緒にいた面子。メノアとフルリュ。それからフィーナに、チークにレオ。開店と同時に入ったから、まだ店内はガラガラだ。こんな時間に六名も集まったもんだから、店内でやたらと目立つ。
「良いのかよお前、まだ寝てなくて」
レオが心配そうに俺を見ていたので、俺は不安を消し飛ばすつもりで少し明るい態度を取った。
「バッカお前、こうしている間にもフルリュの妹が危険に晒されているのかもしれないんだぞ? 黙って寝てる場合じゃないだろうが」
「そりゃ、そうかもしれないけどさあ……つい昨日、コテンパンにやられたばっかじゃねえか……」
俺は苦笑して、レオに言った。
「それでも、やるしかないからな」
「……まあ、それもそうだな」
レオもまた、俺に苦笑していた。
そう、めげている場合ではないのだ。マッシュルーム・マウンテンは、ここから北に少し行った所にある大きな山。いつの頃からか、あまりにも巨大な樹の束が山頂に生えてしまって、そこから世にも巨大な傘を作ってしまったもんだから、外観がキノコに見えるのでマッシュルーム・マウンテンと呼ばれている。
山頂の更に上、樹の上は普通に歩けるほどの細かい木々が網目のように組まれているという話だけど、俺はまだ行ったことがない。まさかそんな場所に、魔物が封印されていたなんて。
「ひとまず、時間はあるわ」
チークは魔法陣の描かれた紙切れを――ダンドが持っていたやつだ――睨みながら、ペンを振っていた。昨日から持っている魔法陣の描かれた紙、どうやらチークには中身が読めるらしい。沢山のメモらしきものが走り書きされているので、それを読んでいるのだろう。
当然、俺には分からない。
「……字の読めない俺に詳しく」
「このメモによれば、封印を解くことができるのは太陽が一番高くなった時って書いてあるから、だいたい正午くらいね。それまで山頂で待機するつもりだったんじゃないかしら」
「昼か……連中、今日行くつもりなのかな」
俺の呟きには、メノアが返答した。
「おそらく、小屋に閉じ込めていた位だから、何かの準備をしていた可能性は高いな。または時期を待っているのか、どちらかだろう。だが、何にしても私達が、連中の所在を突き止めた以上は」
「動ける状態なのであれば、すぐに動く可能性が高いですわね」
フィーナがメノアに敵対的視線をビシビシ送りながら、俺の腕を抱いて言った。
私の居場所を取るなと言わんばかりの、あまりにも厳しい目線。メノアはかなり面食らって、苦笑しながら若干身を引く。
……いや。別にフィーナお前、そういうポジションじゃねーから。
「おいフィーナ。胸」
「あら。お嫌いですの?」
「いや、好きだが。……後で請求されたりしないだろうな」
「もちろんですわ」
「どっち!? どっちのもちろん!?」
寒気しかしねえ!!
ダンドの残したと思われる紙切れを見ながら、チークが唐突に声を上げた。
「あっ、ちょっと待って!!」
その緊迫した声を聞いて、誰もがチークに視線を向けた。
「『鐘』ってメモに書いてある。鐘ってもしかして、セントラルの中央広場にある鐘じゃない?」
チークが声を張り上げた事で、レオが反応した。
「あの鐘か……確かに、それなら近々鳴るイベントがあるな」
「イベント? 何の?」
チークの問いかけに、レオは頷いた。
「シルバードさんが――……シルバード・ラルフレッドが、治安保護隊の代表として名誉勲章を貰うんだよ。その時に広場の鐘を鳴らすんだ」
……へえ。ソードマスターって、言わばセントラル・シティの守り神だからな。そんな事もあるのか。
「よく知ってんな、そんなこと」
「何せ、有名ギルドの傘下だからな」
「辞めようとしてた奴がよく言うぜ」
「ラッツお前、いい加減あの録音よこせ」
「ンン? 何の話かね?」
「こらそこ、イチャイチャしない」
チークが手を叩いて、俺とレオの会話を止めた。イチャイチャとは何だイチャイチャとは。人聞きの悪い。
ずっと黙って話を聞いていたフルリュが、おずおずと口を開いた。
「あの……そのイベントというのは、いつなんでしょうか」
レオが下顎を人差し指と親指で挟んで、暫し考える。
「えっと、今日の昼」
……ん?
「なんだって?」
「今日の、昼だな」
「やばいじゃねえか!!」
テーブルを叩いて、思わず立ち上がった。立ち上がったのは良いが、その場でつい、考えてしまった。
「……本当にやばいのか? 鐘が鳴るとやばいの?」
思わず勢いだけで行動してしまった。
いつの間にか俺の腕を離れていたフィーナが、少し青ざめていた。チークもかなり、切羽詰まった表情をしている。
かなり緊張した様子だ。この沈黙は、一体なんだろうか。
「なにか、まずいのか?」
思わず口を挟むと、フィーナが言った。
「昔の話ですけれど、ビッグ・ルーウォーはセントラルの鐘の音に導かれてここに来て、街を荒らしたとされていますわ。その時に戦った冒険者がビッグ・ルーウォーを倒しきれず、マッシュルーム・マウンテンの山頂に封印したのですよ」
……。
つまりそれって、あれか? 今日の昼、シルバード・ラルフレッドが名誉勲章を貰う時に、セントラル広場の鐘が鳴らされる。その瞬間にビッグ・ルーウォーが目覚める。
そうすると……、……鐘の音に導かれて、ビッグ・ルーウォーがセントラル・シティに……。
「やばいじゃねえか!!」
もう一度テーブルを叩いて、俺は立ち上がった。
同時に、フルリュが目をぐるぐるとさせながら、ひどく焦り始めた。
「ど、どうしましょう!? 妹は生贄にされちゃうんですか!? どうしましょう……!!」
フィーナがいつになく暗い表情で、唇に指を当てていた。
「一度復活してしまったら、封印するのも難しいですわよ……。前回も結局倒し切れなくて、封印になったのですから」
メノアは腕を組んで、考え込んだ。
「ふむ……。古代の魔物とあらば、現代の戦士が通用するかどうか分からないからな……」
チークが慌てて人差し指を立てて、話し始めた。
「そ、そうだ!! 今から呼びかけて、住人を避難させれば良いんじゃない? それか、鐘を鳴らすのをやめて欲しいって言うとか」
その提案には、レオが苦虫を噛み潰したような顔で否定する。
「できねえよ……!! まだ本当に起こるとも分からないんだぞ!? 誰も信じてくれねえよ!!」
俺は、そのやり取りを一通り、聞いて――――…………。
「よし。あの鐘、壊すか」
皆一斉に、俺の方を向いた。
「それはダメじゃないですか!?」
「主よ……」
「あんたバカなの!?」
「正気かおまえ!!」
「あ、なるほど。その手がありましたわね」
まさかここまで一斉に言われるとは、正直思ってなかった。フィーナだけが納得していた。
だが、俺は拳を握り締めて、抗議することにした。
「壊すべきだろ。もし召喚されたら、食い止められるかどうか分からねえんだぞ? 鐘壊すのが一番早いだろうが」
レオが立ち上がり、俺の胸倉を掴んだ。……おお。いつになくすごい形相だ。
「あれは、セントラル・シティの平和の象徴になっている鐘だ!! そんなもん壊したら、俺達はお尋ね者だぞ!?」
「別に俺達が壊すと決まった訳じゃねえよ」
「はあ!? 何言ってるか分からねえよ!!」
レオに限らず、全員俺が何を言っているのか分からない様子だった。
……やれやれ、まったく。これだから頭の回らない奴は困るんだ。そんなに真面目じゃあ、この暗い世の中は生きていけないぜ。
俺は全員に分かるように、チークの持っている魔法陣の紙を指さした。
「予定通り、マッシュルーム・マウンテンの山頂には登る。そして、そこで俺達はダンド・フォードギアと対面するわけだ。そもそもあいつを食い止められれば何も起こらない訳だろ? まずはそこを目指すんだよ」
辺りは、静寂に包まれた。どうやら、メノアでさえも俺が何を言っているのか理解できないらしい。
俺は頭に装備しているゴーグルの位置を直しながら言った。
「俺達は、ダンドを止める。それでも、召喚させてしまう事はあるかもしれない。そうしたら戦いの最中、『偶然』矢が飛んで行くんだよ、セントラルの鐘にな。その距離じゃ、誰かが故意にやったかどうかなんて分からないだろ?」
もちろん、本当に偶然を狙う訳じゃない。マッシュルーム・マウンテンの山頂から、セントラルの鐘を狙うっていうことだ。
レオが唖然とした顔で俺を見ていた。胸倉を掴んだ手が、ゆっくりと離される。
「お、おまえ……そんな事して……バレるだろ……」
「本当に、バレると思うか? セントラルの中央広場からマッシュルーム・マウンテンの傘の上を見たことあるか? 【イーグルアイ】でも撃ったのが誰かまでを特定するのは相当厳しいぜ。まして、みんな矢が放たれるのを知らないわけだ。バレるかね?」
その距離で鐘に矢を当てないといけない、という難しさはあるが。
「い、いや!! それでも……それは、まずいだろ……」
言葉に勢いが無くなってきた。今レオの中で戦われているのは、それで行けてしまうのか? という思いと、悪いことをするという罪悪感だ。
つまり、後もうひと押しってことだ。
俺はレオの肩に手を置き、しっかりと目を見て言った。
「いいか、レオ。善と悪は、誰が決める」
「えっ……人……?」
「そうだ、人だ。つまり誰も見ていなかった場合、それは悪ではない」
レオの瞳に、気付きが生まれた。
俺は力強く拳を握り締めて、言った。
「つまり、ばれなければ!! 悪事ではないんだあァァァァッ――――――――!!」
レオの背後に、雷が落ちた。
「そっ……!! そうかっ……!!」
「ちょっ!! ちょっと!! 騙されないでよレオ!! ストップッ!!」
チークが慌てて制止をかける。だが、俺はすぐにチークを指さして言った。
「チーク、ちょっと黙ってろ!! メノア、セントラル・シティの近くに、キノコみたいな形をした山がある!! その山頂から矢を放つと想定した場合の距離を、すぐに目視で測れるか!?」
メノアはまだ、何が起こっているのか整理できていないようだった。
「そ、それは、可能だと思うが」
「フルリュ、山頂まで最短距離で行くにはお前が必要だ!! 全員を抱えて、山頂まで飛べるか!? 何分で行ける!?」
フルリュは全く、この話について行けていない。
「全員を抱えて半日飛ぶとかでなければ、できると思いますけど……えぇっ、ええと、たぶん見た感じ、麓から飛んで三十分くらいかと……」
「フィーナ、皆の支援をしろ!! 金は払う!!」
フィーナは手を合わせて、華が咲いたような笑みを浮かべた。
「もちろん。それでこそラッツさんですわ」
俺はチークを指さして、真面目な顔で言った。
「後はお前だ、チーク。山頂からセントラルまで飛ばす程の強力な弓矢は、お前にしか作れない。鐘を落とすなら、矢じゃなくてハンマーか何かを飛ばした方が良いかもな。やれるか?」
チークは開いた口が塞がらないといった様子で、呆然としていた。
「……本気で言ってんの?」
「俺はいついかなる時も大真面目だ」
「犯罪じゃないの……」
「この街を救うためだろ」
チークは頭を掻いて、言葉にならない声で呻いた。頭を抱えてテーブルに突っ伏したり、悩んだり、青ざめたりしていた。
やがて、チークは極めて不安そうな顔で、言葉を発した。
「そんな簡単に言われても。弓っていうのは、矢を飛ばすためにあるものよ。ハンマーなんて重いものを飛ばそうと思ったら、ある程度弓に魔力が必要になるわ。高価だし、お店のものを勝手に持ち出さなきゃ作れないわよ」
「無理か?」
「できる……けどぉ……っ!!」
チークはテーブルを叩いて、勢い良く立ち上がった。
「ああ!! もうっ!! 私がお店クビになったら、あんたがギルドでもなんでも作って養ってよねっ!!」
俺は思わず笑顔になって、チークの手を握った。
「それでいいよ、ありがとう」
チークはその言葉を聞いて顔を真っ赤にして、何故か俺から目を逸らしていた。
「……なんでこんな時だけ素直なのよ、もう……」
「ん?」
「なんでもないっ!!」
俺の手を勢い良く離して、チークは手早く荷物をまとめた。すぐに身支度を整えて、席を立つ。
「山から鐘までの距離が分かったらすぐ教えて!! 時間ないから途中まで作ってるから、その後で調整かけるから!! 一時間以内!!」
それだけ言い残して、手早く去って行く。
俺も、リュックを背負った。そろそろ『赤い甘味』にも人が集まって来る頃だろうし、準備は早い方がいい。
「俺とメノアとフルリュは、山からセントラルまでの距離を測りに行こう。レオとフィーナは一旦待機して、弓矢ができたら山の麓で合流しよう」
レオは神妙な顔で、フィーナは晴れやかな笑顔で、頷いた。
「了解。……マジで、やるんだな」
「分かりましたわ」
そうして俺達は、店を出た。
会計を済ませて店を出ると、外はすっかり青空だった。こんな日にこれから激戦が待っているのかと思うと、正直嘘みたいだ。……でも、あと半日もしないうちにその時間は訪れる。
本当にダンド・フォードギアがセントラル・シティを狙っているのかは、まだ分からない。だけど、フルリュの妹だけでも助けなければ。
山に向かおうとした時、メノアが言った。
「頼ることにしたのだな」
俺は、メノアの方を向かなかった。
「……付いてきてくれるとは、思ってなかったけどな」
「なに。主は、優秀だよ」
メノアの言葉を聞いて、俺は思った。
『こんなに厄介な荷物になるとは、思わなかったよ』
あの時、学長にそう言われて、何も言い返せなかったあの日の俺。
少しは成長しただろうか、と。
「そういえば、会計の女性がぽつりと、聞かなかった事にしよう、と言っていたぞ。あんなに大声で喋って良かったのか?」
「マジで!? 聞こえてた!?」
「聞こえてないと思っていたのか……」
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