第11話 なんでそんなに犯罪心理に詳しいんだ

 俺はレオと二人、とある路地裏に足を運んだ。


 レオは勝手に歩き出した俺に、仕方なく付いて来ているような雰囲気だった。怪訝な表情を浮かべながら、一体何事かと考えているように見えた。


 まあ、そう思うのも無理はない。久々に会った人間に、いきなり顔を貸せと言われたのだ。


「な、何? 俺、あんまりケンカは得意じゃないんだけど……」


「そういうんじゃねーよ。まあ、見てな」


 俺は曲がり角を曲がって、その二人を視界に捉えた。


「おお……すごいものだな。風の魔法も、鍛えるとそんなに便利になるのか」


 メノアが感心していた。見ると、フルリュが手錠を自分の腕に嵌めて、それを風の魔法で外しているようだった。鍵穴に風の魔法を捩じ込んで……すげーな。そんな事できんのか。


「これを使って、馬車から逃げて来たんですよー」


「いや、大したものだ。これは初めて見たよ」


「妹はここまで器用にはできなくて。時間が掛かってしまったので、途中で諦めるしかなかったんですけど……あ、ラッツさん」


 フルリュが俺の存在に気付いて、声をかけた。


「おう、メノア、フルリュ。紹介しよう、新しい協力者だ」


「……何? 何に協力するって?」


「レオ、自己紹介」


「あ、レオ・ホーンドルフって言います。ギルド・ソードマスターで剣士やってます。どーもよろしく」


 つい自己紹介してしまう辺り、こいつのお人好しさがよく見える。


「フルリュです。どうもですー」


「メノアという。よろしく頼む」


 メノアは耳当て、フルリュはローブを羽織っている。二人の姿がレオにはまだ、見えていない状態だ。


 レオがこの見た目でビビリだという事も、俺はよく知っている。おそらく、いきなり事情を説明したとしてもはぐらかされて逃げられるか、ビビって逃げられるかの二択になるだろう。


 でも話を聞いたらレオは絶対に協力する。俺はレオの事ならアカデミーで誰よりも詳しい自信がある。


 ならばレオを仲間に引き入れるために、俺がやらなければならない事は一つだ。


 まずは、逃げられない状況を作ること。説明を後回しにするのがキモである。


「メノア、フルリュ。一瞬、姿を全部見せてやってくれ」


 俺がそう言うと、メノアが焦ったような様子で、辺りをきょろきょろと見回した。


 大丈夫だ。この場所は行き止まりだし、冒険者依頼所がすぐ近くにあるからか、めったに人が来ない。冒険者は一般の人からは怖い存在として一線を引かれているからだろう。


 アルバイトで外に出ている最中、俺が毎日飯を食っていたのがこの場所だ。……ぼっち飯、まずかったなあ。


「全部って……全部か?」


「大丈夫だって、ここには俺とレオしかいない」


「……まあ、主がそう言うなら」


 メノアはそう言って、耳当てを外した。


 瞬間、レオの顔が真っ青に染まった。


「なっ……!? お、おま、これちょっと……」


 フルリュも一瞬、ローブを脱いで全身を見せる。


「#$%$&○△□!?」


 レオが何か言う前に、俺はレオの口を両手で塞いだ。


「しーっ!! しーっ!! 二人とも、もう大丈夫だ」


 手早く二人は、元の姿に戻った。


 手を離しても、レオはぱくぱくと口を動かしながら、二人を指さして俺を見ている。俺は腕を組んで不敵な笑みを浮かべたまま、レオに頷いた。


 レオは程なくして、突然晴れやかな笑顔になって、手を叩いた。


「っていう、仮装?」


「いや仮装じゃない」


「かーっ!! なんだなんだ、ビビらせやがって。そうだよな、セントラル・シティにこんなにうようよ人型の魔物が出るわけねえって。あーびっくりした、マジでびっくりした」


「仮装じゃない」


 滝のように汗を流しながら、レオは俺を睨んだ。怒りと言うより、焦りから来る表情のようだった。


「おおお、おまおまおま分かってんのかこの状況、おい!? まさか仲良くなったとでも言うんじゃないだろうな!!」


「ああ、実は仲良くなってさ」


「爽やかに言ってんじゃネーヨヲイッ!!」


 流れるようなツッコミ。さすがレオだ。そのキモい顔とモーションもわりと好きだ。


 レオは俺の両肩を掴んで、鬼気迫る勢いで俺を壁に押し付けた。


「良いか、セントラル・シティに魔物を持ち込むって事はなぁ!! 使い魔でもなければ、即刻冒険者登録解除に下手すりゃお縄だぞ!! 分かってんのか!?」


 まあ、だいたい予想できていた反応である。俺は苦笑して、レオに言った。


「実は、深い事情がある。後で話すから、ひとまず手を貸してくれ」


「なん、なんなんの事情なんのだおいなん……コラァ!!」


「ひとまず落ち着けよ……」


 さり気なく小さい声で話しているあたりがレオらしい。


 こいつは少し危険を感じるとすぐこれだ。逃げられない状況にしないと、話ができないのである。


 俺は親指を立てて、レオに言った。


「大丈夫だって。ようは見つからなければ良いんだろ?」


「そうだよ!! いやそうじゃねえよンこのおバカ!!」


 あまりにも焦りすぎて話し方変になってるぞ。大丈夫か。


 若干過呼吸気味に、レオは言う。


「そうだ、こうしよう。俺は何も見ていない、何も聞いていない!! おっと、そういえばソードマスターに用事があるんだった。それじゃあ、俺はこれで」


 言うが早いか逃げようとするレオの首根っこを捕まえて、俺はレオの逃走を阻止した。


「悪いけど、そのソードマスターに所属しているお前の協力が必要なんだよ。話を聞けば協力する意味があると分かるはずだ。だからひとまず落ち着こう、な?」


 レオは全力で首を左右に振りながら、答えた。


「い、嫌だ!! せっかく苦労してソードマスターに入ったんだ!! 面倒事はごめんだね!!」


 ……仕方ない。やっぱり、ひとまず拘束してから話をしよう。


 ふいに俺はリュックから、謎のメカを取り出した。


 こいつは、録音機。とある露天商が安値で売り捌いていたのを購入したものだ。中に魔力のある石が入っていて、そいつに音声を刻むことができる。


「まあ逃げてもいいんだけど、逃げられるかな?」


「はあ……!? なんだよその変なの……は……」


 俺はその録音機の、スタートボタンを押した。


『あ、あのさ。……俺も、お前んとこのギルドに入れてもらえたり……しないかな』


 レオの顔が、みるみるうちに面白い事になっていく。


『そんな事で辞めるのかって思うかもしれないけど!! いや、本当になんだ、愛のない厳しさな訳なんだよ!! 俺達が成長する事を望んでいない、みたいなさ』


『あーん、んーまあさ、ほら。考え方はさ、人それぞれじゃないの? 部下の面倒見るのを一つ取っても、やり方ってそれぞれ違いあんだろ』


『ただこき使いたいだけみたいな感じなんだよ』


『んー……』


 レオから見て、今の俺の笑顔は、さぞ下衆の極みのように見えている事だろう。


 だが、仕方ない。だってこいつ、まるで人の話を聞かないんだもの。


「せっかく頑張ってソードマスターに入ったのにな? 協力してくれないのか、残念だなあ。俺がこれを編集してダンド・フォードギアに聞かせたら、そりゃあ残念な事になるだろうなあ」


「へっ、編集だと……!? お前、何を馬鹿な……!!」


「愛のない厳しさなんだよな? ただこき使いたいだけでさ。良いよ、お前じゃ直接は言いにくいだろうからさ、俺が代わりに言っといてやるよ、無理すんな。それでまた、イチからギルド所属なしの冒険者として頑張れば良いじゃないか」


「ああっ……あ……アガガガガ……!! アヒィー!!」


「あああ、残念だなあァァァ!? なりたて冒険者の夢が潰えて行くのはなぁァァァン!!」


 レオは赤くなったり青くなったり、あまりにも激しい表情の変化をものの数分でやってのけた。


「レオ君。返事は?」


「……お前は、悪魔じゃ」


「んー? なんだろう、聞こえなかったなあ。返事は?」


「全力で協力させて頂きます」


 俺は最後に、レオの背中を優しく叩いた。


「いやー、良かった良かった。まっ、悪いようにはしないから安心しろよ」


「てめぇロクな死に方しねえぞ!!」


 本格的に捕らえるとなったら、ソードマスターの協力は必要不可欠だろうからな。


 レオの事はよく知っている。


 どうせ話を聞いたらこいつは協力するのである。




 ◆




 俺はフルリュと出会ってからの一部始終を、レオに話した。


 最初は目を白黒させていたレオも、話を聞いていくうち、これが俺だけの問題ではないという事が理解できたようで、少しずつ深刻な表情に変わっていった。


 話し終える頃には、レオは少し申し訳無さそうに、フルリュに言った。


「ごめんフルリュちゃん、まさかそんな事が起きてると思わなくて」


 フルリュは両手を振って、嫌悪の意思はないことを伝えた。


「いえいえ。人間とハーピィはあまり、仲が良くありませんし。仕方ないと思います」


「しかし、普通に話せるもんだな。俺もっと、凶暴な感じなのかと思ってた」


 まったくだ。俺だってそう思っていた。


 メノアが路地裏の壁に背中を預けて、空を見ながら言った。


「人間の、他の種族に対する拒否反応というのは、少し一線を画するようだな。この認識を変える事は難しいのかもしれないが、いずれはどうにかなると良いものだ」


 レオは、俺を指さしながら言った。


「ところで、メノアちゃんはどういう経緯でこのクズと出会ったんだ?」


 おい。言葉に棘があるぞレオよ。


 メノアは急に気が動転したような様子で、何やらレオに焦っていた。


「メノアちゃん!? ず、随分と可愛らしい呼び方だな」


 そこかーい。


「いや、私は……実は、記憶を失ってここに辿り着いたんだ。そのままでは殺されてしまうので、主に……ラッツに声を掛けられて、同行している」


「へー……クズでも良い所あるんだな」


 おい。棘。


 レオは腕を組んで、少し考え込むような仕草をした。


「しかし……これは、確かに危険だな。フルリュちゃんの仲間がいつセントラルを襲うとも分からないし、主謀者が誰かも分からない。そいつだって、生きているハーピィをセントラル・シティに連れて来たなんて事になったら、一大事のはずだぜ」


「そうだ。だから、ソードマスターに通じているお前を仲間に引き入れようと思ったのだ」


「少しやり方考えてくんない? 最初から説明されてたら、俺だって」


「最初から説明されてたら、セントラルに人型の魔物が居るって話した瞬間に逃げなかったと誓えるか?」


「……分かった、分かった。誘い方の件は不問にしてやるよ」


 レオはようやく諦めた様子で、俺にそう言った。


 仕方ない。こうでもしなければ、レオは仲間にならなかったと断言できる。


 ただでさえ面倒事には関わらない主義の男だ。おまけにビビりでリスクを背負うのが非常に苦手と来ている。


 多少強引にでも、引き入れるしかなかったのだ。


「でも楽しんでたよな?」


「ああ、超楽しかったぞ」


「お前なんかスライムの角に頭ぶつけて倒れてしまえ」


 俺は不必要な所に嘘はつかない主義である。


 少し間を置いて、レオは俺の行動に気が付いたようだった。


「あれ? それじゃあ、冒険者依頼所に居たのも、この件で?」


「そうだよ。レオが来たせいで、危うく作戦が失敗するかと思ったぜ」


「……ん? でもあの時、依頼を出してなかったか?」


「出したよ」


「なんでハーピィを捕らえている冒険者を探すのに、ハーピィ探しの依頼を出すんだよ」


 レオは残念ながら、俺の行動の真意には気が付かなかったようである。


 俺は若干得意気に、レオに言った。


「そりゃ、フルリュが逃亡に成功したから、依頼を出したのさ」


「それじゃ、フルリュちゃんが狙われるんじゃないのか?」


「狙って欲しいんだよ。何故なら、フルリュを狙ってきたそいつが主謀者だからだ」


「なんでだよ。そうとは限らないだろ、一般の冒険者だっているんだから」


 んん、察しが悪いぞレオよ。


 まあ、仕方ない。この俺の完璧すぎる計画に付いて来られないのは当然だ。レオの頭が悪い訳ではない、俺の頭が良すぎるのである。


 俺は尚の事、胸を張った。


「良いか、レオよ。たとえば空き巣というのは、カモを見付けた時点で八割方、仕事は終わっているんだ」


「……空き巣?」


「そうだ。探して探して、探り当てたカモを相手にして、一度侵入を試みる。で、たとえば窓に二重で鍵がかかっていたとして、入れないとその場で分かったらどうする?」


 レオは少し考えて答えた。


「鍵を壊す」


「いんや、壊さない方がいい。その家に侵入するのは諦めるべきだ」


「ええ? もったいないじゃんか」


「もったいないな、確かに。でもたとえばその鍵を十五分で壊せたとしよう。その十五分の間に見付かる可能性は何パーセントだ? 鍵が無かった時に成功できる確率は?」


「……まあ、そりゃあ、普通に比べたら高いかもしれないけど」


「空き巣って、もし見つかったら誰がどう見ても犯罪だろ? だから、リスクがすごく高いんだ。その十五分の時間をリスクにしたくないから、逃げるのさ」


 レオだけじゃなく、フルリュやメノアも俺の話に聞き入っていた。


 おお……メノアが真剣に俺の話を聞いている状況というのは、どこか優越感があるな。


「セントラル・シティで使い魔でもない魔物を連れ込むっていうのは、見つかりゃそれなりの罪になる。まして、一度捕らえたけど逃がしてしまった『明らかに自分達に敵意を持っている』相手がセントラルをうろついているとしたら?」


「……かなり、リスクがあるよな。襲って来るかもしれないし、自分達の事をどこかで喋るかもしれない」


「だろ? だから、嫌がるはずなのさ。セントラル・シティで、ハーピィが目撃されるってことは」


 俺は腕を組み、転がっていたゴミ箱に座って、足を組んだ。


「俺なら、探すね。冒険者依頼所で、ハーピィの目撃情報。午前中に依頼を受け付けて、そいつが貼られるのはその日の午後二時からだ。だから午後二時ぴったりに必ず、そいつは現れる。そうして真っ先に、ハーピィの依頼を受けに来る。自分達が逃がしたハーピィの、証拠隠滅のために」


「……お前、すげえな」


「俺達は昼飯を食って、じっくり連中を待ち構えるとしようぜ」


 ん? レオは感心と言うより、どこか呆れ顔で俺を見ている。


 何故だ。ここまで完璧な推理を披露して。俺は尊敬されて然るべきだぞ。


 レオは、言った。


「なんでそんなに、犯罪心理に詳しいんだ」


 俺は、言った。


「……アカデミー、卒業したしな」


「誰の授業だよ!!」

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