第10話 お金無いのに

 どうする。治安保護隊の駆除を待たず、一般の冒険者に依頼をする理由が必要だ。


 俺は受付嬢の肩を、真っ青な顔で掴んだ。


「そんなに悠長な事は言ってられないんですよ……!!」


 突然の剣幕に、受付嬢は挙動不審な様子を見せる。


「あっ、はい、そ、そうなんですか? どうされたんですか?」


「お恥ずかしい話なのですが、実は私、寝ているその魔物の羽根を、引き抜いて持って来てしまったんです。どこかでお金になると聞いたもので……そうしたら、その魔物がすごく怒ってしまって」


「ええっ!? そんな、危険な」


「実は、どうしてもお金が必要で」


「ええっ……で、でも、そうすると冒険者の方にお支払いする報酬の方は……」


「なので討伐には百万セルお支払いしたいと思っているのですが、持ち合わせがなくて!! 依頼が達成されれば後日必ずお支払いしますから!! ひとまず依頼書を掲示板に貼って頂くだけでも構わないんです!!」


 受付嬢は、明らかに困っている。


 押せ押せ、こうなりゃ気合いだ。依頼は達成されないから、報酬も支払う日は来ない。依頼書が貼られても、二週間も達成されずに被害もなければ捨てられる。ここはそういうシステムだ。アカデミー時代に見学にも来た。


 依頼は絶対に達成されない!!


 だって危険な魔物なんか、どこにも居ないんだから!!


「子供が居るんです、今日もお腹を空かせているはずで……私が働きに出なければ、子供を養えないんです!!」


「そ、そんなにお若いのに……大変なんですね」


「あと子供は三人居るんです!!」


「ええっ!? そ、そんなにお若いのに!?」


「でっかいペットも居るんです!!」


「お金無いのに!?」


 しまった、やりすぎたか? 受付嬢は圧倒されていたが、なんだか混乱しているようにも見えた。


 いや、こうなったら行く所まで行くしかない……!! 途中で引いても良いことはないぞ、たぶん!!


「きちんと、お金は工面します。なので依頼を出すだけでも、どうかお願いします!!」


「で、でも報酬は普通、前払いで……」


「なんでもします!! お願いします!!」


「え、ええっとぉ……」


「依頼のためならコーヒーだって何杯でも飲みますから!!」


「コ、コーヒー?」


 おお。受付嬢の目がぐるぐるしている。ど、どうだ。なんとか気合いで押してみたが、どうだろう。


「……わ、分かりました。依頼書は一応お預かりして、掲示板に出しておきます。でも、冒険者の方が依頼を受けてくださるかどうかは、分かりませんよ」


 おお……!!


 やってみるもんだな!!


「それで大丈夫です!! ありがとうございます!!」


「あと、後払いの場合は冒険者の方に事前承認が必要になる決まりなので、もし冒険者の方から依頼の受諾があったら一度お呼びしますからね」


「お姉さんがお優しい人で本当に助かりました」


「や、優しいだなんて……えへへ」


 おお、照れている。かわいい。


 受付嬢は依頼書を受け取って、それを流し読みした。


「それでは、決まりましたら記載の住所に伝書バードを出しますから……あれ? 記載の住所、ホテル……?」


 まずい!!


「あっ!! あぁっ、えっと、実は子供に危険が及ぶといけないので、あの日からホテルで暮らしておりまして!!」


「あらら。それは、早く解決すると良いですね」


 ……あれ? 急になんか、対応がユルいぞ。


 これは、あれか。お優しい人効果か。


「それでは。対応ありがとうございました、美しい受付の方」


「ど、どうもー。えへへ」


 俺は学んだ。


 人は、褒めるものである。


 爽やかに挨拶して、俺は受付嬢に背を向けた。


 ふう……。どうにか、なんとかなったようだ。あとはできるだけ早く、この場を立ち去るのみ。


 俺は伊達眼鏡を外すと、依頼所の扉を開いた。


「えっ?」


「えっ?」


 扉を開いた、その先に。


 見知った顔が、目を丸くして俺の事を見ていた。赤い短髪に、高い身長。筋肉質だが、あまり太くは見えない身体。太いが、優しそうな眉。


 レオ・ホーンドルフは鎧に籠手、両手剣に額当てと、絵に描いたような剣士装備で俺を指差した。


「……ラッ」


 言い終わるが早いか、俺はレオの口を塞いで、冒険者依頼所の外に飛び出した。


 まずい。まずい。まずい。


 さっきの、依頼所の受付嬢に見られてないだろうな……!! 冒険者と個人的な繋がりがないからこそ冒険者依頼所に依頼をしに来る一般人が、冒険者と知り合いだったらヤバいだろ……!!


 くそ。こいつも何で、こんなタイミングで現れるんだ。


 ひとしきり走ると小さな路地に入り、俺はレオの手を離した。レオは肩で息をしながら、俺の行動に驚いているようだった。


 しまった、メノアとフルリュが待っている場所とはまるで反対側に逃げて来てしまった。


「ハァ、ハァ……なんだよ急に、お前……!!」


 レオは抗議するように、俺に言った。


 俺は眼鏡を外し、ジャケットを脱いだ。走ったから、すっかり髪の毛も元通りだ。早くゴーグルとカーキ色のジャケットに戻りたい。リュックがメノア達の所にあるのだ。


 レオの胸を指さし、俺は捲し立てるように言った。


「こっちの台詞だバカヤロー!! とんでもないタイミングで現れやがって!!」


「お、おお……? なんか悪いことしたか?」


「でもお前のせいじゃねーからごめんな!!」


「お、おお……? 意味わかんねーけど……」


 俺はこういう事に嘘はつかない主義である。


 レオは息を整えると、周囲を確認していた。……なんだこいつ、コソコソして。どことなく落ち着かない様子だし、何かあったんだろうか。


「それで、なんで変装してたんだ? 何かしてたのか?」


「レオには関係のない話だよ。聞いたら巻き込まれんぞ」


「な、なんだよ。なんかヤバい話なのか?」


 腕を組んで、壁にもたれ掛かる。レオはその間にも、周囲をきょろきょろと見回している。


 レオは俺に何かを話したそうにして、ちらちらと俺を見ては目をそらした。そうして、また外を気にしている。


「しかし奇遇だな、ラッツ、久しぶり。楽しくやってるか?」


「まあ、そこそこ楽しいとは思うけど」


「そ、そうか……それはよかった」


 それはよかったって言う奴の顔じゃない。ひどく暗い表情で、話を切り出そうか迷っているように見える。


 何かあったな、これは。


「なんで、俺に話しかけようと思ったんだ? 無視した方が良かったんじゃないか?」


 そう言うと、レオは気まずそうにしていたが、何も言わなかった。相変わらず白黒はっきりしない奴である。


「俺は別に、どっちでも良いけどさ」


 顔を上げたレオが、俺と目を合わせる。なんだか脱力してしまって、俺は苦笑した。


 レオ・ホーンドルフっていうのは、この体格の割に優柔不断で、心が弱くて、人と争えない人間だ。それは、アカデミーでよく見てきたから分かる。


 人に強い意見や本音を言うのが苦手なのだろう。


「ギルドに所属してるのに一人で依頼所に来たって事は、何かあるんだろ?」


 俺が問いかけると、ようやくレオはゆっくりと話し出した。


「……ラッツ、お前さ、どこのギルドに入ったんだ?」


「ギルド?」


「実はさ……!!」


 レオが俺の両肩を掴んだ。


 あれ? そうか、レオは俺がギルドの所属試験に失敗したの、見てないのか。途中からさっぱり交流も無かったからな。


 レオは俺の肩を掴んだまま、何か言い辛そうに口を開きかけたり、黙ったりしていた。


「……実は、何」


「いや、えっと……やっぱいいや」


「あーもう!! じれってえ!! なんだもう!! 愛の告白でもする気か!! 男ならガーッといけ!! ガーッと!!」


 ちゃぶ台をひっくり返すかのように、怒涛の勢いでレオに迫る俺。……放っておけば良いのに。相変わらず損する性格だな、俺も。


 レオは少しの間、もごもご言葉にもならない事を喋っていたが。ようやく意を決したようで、俺と目を合わせた。


「あ、あのさ。……俺も、お前んとこのギルドに入れてもらえたり……しないかな」


 俺はしばらく、なんとなく微笑を浮かべて、レオの話を聞いていた。


 そうして、俺は言った。


「なに?」


 あまりにも意味が分からなさ過ぎて、俺は思わず聞き返してしまった。


「いや、自分でもおかしい事を言ってるのは分かってる」


「おかしい事って……おかしいよ!! え、だって昔からさ、ソードマスターに入るのが夢だったんじゃないの? 良いじゃねえか、冒険者なのに収入安定だぜ!? しかも高収入で、周囲からの信頼も厚い!! 何が不満だ!!」


 なお、俺もソードマスターは受けた。落ちたけど。


「……俺、このままじゃ自分が潰れる気がしてさ」


 なんだろう。大手ギルド特有の病みたいなものでもあるんだろうか。


 俺からしてみれば、ギルドに入れている時点でかなり恵まれている方だと思うのだが。


「ラッツ、お前、豪剣のダンド・フォードギアは知ってるか?」


 鉄球のダンド・フォードギアじゃなかったんだな。


「当然。俺を誰だと思ってるんだ?」


「なんでちょっと得意気な感じなんだよ……」


「それで?」


「あの人、めちゃ厳しくてさ……ほんと、ついてくの大変なんだよ……」


 俺は思わず、苦い顔をした。


「……はあ」


 俺が呆れている事に気付いてか、レオは慌てていた。


「そんな事で辞めるのかって思うかもしれないけど!! いや、本当になんだ、愛のない厳しさな訳なんだよ!! 俺達が成長する事を望んでいない、みたいなさ」


「あーん、んーまあさ、ほら。考え方はさ、人それぞれじゃないの? 部下の面倒見るのを一つ取っても、やり方ってそれぞれ違いあんだろ」


「ただこき使いたいだけみたいな感じなんだよ」


「んー……」


 なんて言えば良いんだろうか、こんな時。


 俺には、レオが言うような事情は勿論分からない。ソードマスターに入った事なんかないし……レオが言うように、ただ上からものを言いたいだけみたいな、そういう連中が居るということもあるのかもしれない。


 ギルドなんて、大手になればなるほど人が増える。当たり前だけど、人が増えれば色々な人が所属している訳で、その中にはそういう態度を取る連中だって少なからず居るだろう。


 だけど。俺は、口を開いた。


「たとえばさあ、面接を受けるのにコーヒーは避けて通れない事だろ?」


「……? すまん、たとえが全く理解できなかった。何、コーヒーと面接って」


「たとえばの話だよ」


「ん? いや、そうじゃなくて、コーヒーと面接って何のたとえなの?」


「言葉のまんまの意味だよ!! 何もひねってねえよ!!」


 しつこい奴だなこいつも。中身なんて何でも良いんだよ。


 コーヒーの話をしても仕方がないので、俺は本題に入る事にした。しかし、面接でコーヒーが飲める事を主張しなかったとは。こいつ、一体どうやってソードマスター受かったんだ。


「別にお前がギルド辞めるとか、そういうのは止めないけどさ。それは、本当にそうするべきなわけ?」


「……だってさ。本当に、きついんだよ」


「俺には分からないけど、その辺はさ。でも、レオがソードマスターをずっと目指して来たのは見ていたよ。想いの強さも知ってる。だから、それまでの努力をふいにする程の出来事なのかと思ってさ」


「それは……」


 そう言うと、レオは黙ってしまった。


 そりゃあ、それを差し引いても辞めたいって思う時はあるだろう。でも話を聞く限りでは、そこはまだ俺には判断がつかない。


 俺は笑って、レオに言った。


「ま、どのみち俺に相談しても、ギルドには入れないけどな」


「そりゃあ、入ったばっかりだもんな。分かってるよ。でも、紹介くらいしてもらえるだろ?」


「いやーそれが、紹介もできねーんだなあこれが」


 多少悪戯を込めた笑みを浮かべて、俺は言った。


「なにしろ俺は、ギルドに所属していないもんでね」


「……へ?」


 今度はレオが驚く番だった。


 しかし、レオがこんな事を考えているとは驚きだな。アカデミー時代から剣士になると言って聞かなかった、あのレオが。時が経てば人は変わるものである。


「な、なんで? 何かあったのか?」


「まあ、俺くらいのレベルになると? ギルドなんて窮屈な場所、むしろ俺にとっては動物園の檻みたいなモンって言うか?」


「聞く人によっては絶対怒られるセリフだぞそれ……」


 ん? ……いや、よく考えてみよう。レオは、少なくともまだ今の所は、ソードマスターの一員なわけで。ということは、セントラル・シティの治安保護を司る連中の一部なわけで。


 とあるパーティがハーピィを生け捕りにしているなんて事が分かったら、対処しなければならないのはこいつら、ソードマスターの連中だ。


 そして、こいつはどういう訳か、今は単独行動をしている。


 と、いうことは。


「おかしいだろ、だって!! アカデミーってギルドに所属するのが卒業試験と同義じゃなかったっけ?」


「だからそれは、俺があまりにも優秀な動物園の檻だったから見逃されたって事さ」


「お前が檻そのものなの!?」


「ところでレオ君。今、時間あるかね?」


 仲間に引き込んでおいた方が、何かと得のはずだ。


「何だよ急に……今日はギルドの活動は休みだから、まあ時間あるっちゃあるけど?」


 俺はレオの胸倉を掴んで、自分の側に引き寄せた。


「少し、ツラ貸して貰おうか」

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