第9話 顔も見えない相手に嘘をつく
さて。
フルリュに協力すると決めたのは良いとして。翌日、俺達は作戦会議をするべく、喫茶店『赤い甘味』へと向かった。
俺はいつも着ているカーキ色のジャケットにゴーグル、指貫グローブ、大きなリュック。メノアは耳当てと、俺が買った赤いカーディガンと緑のスカート。フルリュは姿を見せる訳には行かないので、ホテルに行くときに用意した、フードも付いている大きめのローブを上から被せている。
店に入って注文するなり、メノアが俺に問いかけた。
「さて。協力するのは良いとして主よ、これからどうする? どうやって、顔も分からない相手を探すのだ」
「そうだなあ……顔を知らないということは、当然身体も知らないという事だしな」
「身体だけ知ってる状況というのは起こりうるのか……?」
メノアの当たり前すぎるツッコミは無視して、俺は考えた。身体だけ知ってる状況か。もし起こりうるとすれば、そいつは相当特殊な性癖に違いない。
いや、考えないといけないのはそっちじゃない。主謀者の方だ。
「フルリュ。たとえば冒険者の男さ、手の形とか覚えてないか?」
「えっと、そうですね……えっ!? 手ですか!?」
駄目か。もしかしたらと思ったんだけど。
メノアが少し呆れた様子で、俺に言った。
「さすがに手の形は覚えられないだろう」
「いや、どこでも良いんだ。なんなら股間でもいい」
「デリケートゾーン!?」
「いや例えばの話だって。股間にくまさんが描いてあったりしたら、探すの簡単だろ?」
「くまパンツ!? まさかの!?」
何をそんなにいちいち驚いているんだ。わりと描いてる奴いるだろ……いないか? いないかもしれない。
フルリュがぎこちない笑みを浮かべて、頬を掻いた。
「あ、あはは……そういうのは、なかったですかね……」
駄目か。まあ股間じゃなくても、もしかしたら鎧にくまさんが描いてあるとか、そんな感じなら探しようもあるんだけども。
……ん? メノアが俺のことを、まるで変態を見るかのような目で見ている。一体どうしたと言うんだ。
「俺、何か変なこと言ったか?」
「い、いや……私には想像も及ばない事を、よく思い付くものだなと思ってな……」
「だって顔が分からないんだぜ。フルリュが何か特徴を覚えていたら儲けもんじゃねーか」
「まあ、確かに……しかし、くまパン……」
あ、良いこと思いついた。俺は人差し指を立てた。
「じゃあこうしようぜ。通り掛かった人全員の背中にさ、『私がハーピィを連れて来ました』って紙を貼るんだよ。本物の犯人なら、なんでその事を知ってるんだ!? ってなるだろ?」
「迷惑行為で見付かって捕まると思うが」
「んじゃあ、『ハーピィの妹を探しています』って壁に張り紙するとか」
「私達が先に怪しまれて捕まると思うが」
「じゃあ、『うちのタマ探しています』って張り紙を」
「タマが捕まると思うが!?」
むっとして、俺は頼んでいたコーラを一息に飲み干した。
「なんだよメノア、無理無理って。俺はこれでも真剣に考えてるんだぞ」
「いや、別に否定がしたい訳では……そ、そうか……真剣に考えていたのか……」
なんだ、ちょっと含みのある言い方しやがって!! まるで俺がふざけているとでも言いたげな台詞だな!!
確かに俺は、アカデミーではよく「ふざけるな」と怒られたものだが。決してふざけている訳ではない、真面目に考えているのだ。
だって張り紙でもしないと、顔もわからない相手を探すのは無理だろ。
「そこまで言うなら、メノアもアイデアを出せよ」
「ふむ……」
「張り紙よりも有効な意見があるんだろうなァ? あぁん?」
メノアは少し俯いて、何かを考えているようだった。フルリュはさっきから俺とメノアのやり取りを聞いて、ただおろおろするばかりだ。
程なくして、メノアはフルリュに言った。
「妹さんをさらった冒険者集団なのだが、中心人物は数名だと話していたな? 少なくとも確実に中心人物だ、と言えるのは何人位なのだろうか?」
「えっ? そ、そうですね……。……三名。三名は確実だと思いますが」
「皆一様に、無骨な鎧と兜で顔を隠していたか?」
「はい。馬車の移動は目隠しをされていたのですが、風の魔法で拘束を解いて逃げたんです。その時は、皆さん兜を……あ、いえ。中心人物と思われる三人の中では、兜は一人だけでした」
なんだ、今更そんな事を聞いて。どうせ顔は分からないんだから、相手の様子を聞いたって仕方ないだろうが。
俺は露骨に機嫌を損ねた空気を醸し出しつつ、黙って二人の話を聞いた。
「では、他の者の顔は見えていたか?」
「いえ、仮面のようなものを付けていたので、わざと顔を隠していたのだと思います。格好も、あえて地味にしているような様子でした」
「なるほど。では、その三名の身長はどれくらいだった? 細かくなくて良い、フルリュ殿より高いか低いかは分かるだろう?」
……ん? なるほど、身長か。その発想は無かった。
フルリュは当時の記憶を探るように、天井を見つめながら考えている。
「一人は私より背が低くて、二人は高かったと思います」
「ふむ。百六十八センチ以上が二人と、未満が一人ということだな」
「えっ? 私の身長、お話しましたっけ?」
「間違っていたか?」
「いえ、あってますけど……すごいですね」
「ああ、なんとなくそういうのは分かるんだ」
……んん?
話を聞いているうち、段々と俺は焦りを感じ始めた。メノアの探り方はなんだか妙に的確で、犯人像が次々と特定されていく。なんで見ただけで人の身長なんか分かるんだ。
あれ? こいつ、もしかして……。
「身長が低い方は、ラッツと比べて高かったと思うか?」
「……たぶん、同じくらいですかね」
「では、百五十七から百六十一の間くらい。主は百五十九だろう?」
「ぐっ……あ、ああ。そうだ」
なんで!? 言ったこと無いのに!! なんなら少し厚みのあるスニーカーにしているのに!!
俺はチビではない。チビではないぞ。
「武器が何だったかは分かるか?」
「えっと、一人は剣で……あと、弓と、武器のない人でした」
「とすると、剣と、弓と、武闘家あたりで、パーティーを組んでいる人間を探せば良いということか。身長が高いのが二人、低いのが一人。ここまで来れば、ある程度絞り込めそうなものだが」
……やばい。
そのやり取りを聞いて、俺は全身から汗が吹き出てくるかのようだった。メノアはフルリュから貰った情報を使って、どうにか犯人像を特定しようとしている。
まさか、次はあれか? 初めて会った時に、冒険者依頼所の話をした。そこで正確な身長と職業で聞き込みをすれば、ある程度のグループは絞られてくるだろう。
絞られてくるどころか、これマジで特定されるんじゃ……。
メノアは苦笑して、首を横に振った。
「ここまでだな」
「……うぇ?」
「ここから先は冒険者依頼所などに聞き込みをするしか無いのだが、仮にグループをある程度絞り込んだとしても、そこから先の手段がない。特定する方法が見付かっていない以上、今はここまでだ」
「……あ、ああ。聞き込みをしてさ、それで一グループに絞られる可能性は、ないのかなー? あはは、無いのかな、やっぱ」
「この間ソードマスターというギルドを見かけたが、ざっと二、三十人は居ただろう? 治安保護を任されているのなら、あれはほんの一部なのだろう。剣だけでそれだけ居るなら、一グループという事はないだろうと思うよ。第一、仮に特定できても、追求する手段がない。しらばっくれられたら、それで終わりだ」
そうだね。
言われてみると、俺もそう思う。
「やはり、正攻法では無理なのだな。主の考え方が正しい。やりもせずに否定してしまって、すまなかった」
……。
……なんだ、このあまりにも強い敗北感。
見ただけで身長を言い当てるその正確さといい、俺よりも遥かにやり方が賢い。メノアの取った行動を見ていると、強引なやり方で相手を特定しようとしていた自分が恥ずかしく思えてくる。
駄目だ。完敗だ。
俺の、負けだ。
「やはり、張り紙をしてみるか? うまく逃げ回るか……主よ、どうした!?」
気付けば俺は椅子から崩れ落ちて、四つん這いになっていた。『赤い甘味』に来ている人々が、何事かと俺を見ている。
「俺は、ゴミだ」
「ラッツさん!? ど、どうしたんですか!!」
フルリュが慌てて、席を立った。
「フルリュ。犯人探しはメノアとやってくれよ。俺なんかが何考えても、役には立たねえよ」
「そんな!! ラッツさんも協力してくれて、とても助かっていますよ!!」
「いいや、俺じゃダメだぁ。真実はいつもひとつって言う所を、いつもひとつは真実って言っちゃうくらいダメだぁ」
「急に浮気の言い訳みたいになりますね!?」
うなだれている俺の手を、屈んでメノアが取った。俺はメノアの目を見る。
「主は発想力が豊かなだけで、決して駄目ではないと思っているぞ」
「……メノア。俺を見捨てないでいてくれるのか?」
「一緒に考えよう。顔も見えない相手を探すのは、私一人では難しい」
「メノアッ……!! うええ……!!」
俺はメノアの胸に顔を埋めて、泣いた。
「な、なんだなんだちょっと……皆、見てるぞ……」
「うええ……!! メノア、うええ……!!」
「ちょっ……ちょ、ちょっ……やめてくれ……声、でか……」
メノアは少し戸惑った表情だったが、遅れて俺の頭を撫で始めた。
「よ、よーしよし。元気を出してくれ。主はひとりじゃないぞ。良い子、良い子」
あー。
超おぉぉぉぉ――――――――柔らかい。
やはり、俺の見立ては正しかったな。
「あの、メノアさん、メノアさん」
フルリュが言い出し難そうに、メノアに声をかけた。
「なんだ?」
「ラッツさん、ニヤけてますよ……」
「ふおぉぉぉぉぉっううう!!」
ああっ、俺の胸。
喪失感が半端ない。フッカフカの羽毛枕を手放す極寒の日の朝みたいだ。あるいは、生活がかかっている最後の百セルを手放す瞬間のようだ。
メノアはものすごいスピードで俺から離れると、混乱とも激昂とも付かないような表情で、茹でダコのようになっていた。何もしていないのに、肩で息をしている。おお、頭から蒸気が。
俺は何事も無かったかのように、席に戻った。
「ふう。馬鹿なことしてないで、犯人探しに戻ろうぜ」
「きっ!? 貴様アァァァァ!!」
メノアが何か叫んでいるが、この際見なかった事にしておこう。
「ああああああっ!? な、泣いてない!! 泣いてなっ……涙は嘘だなあアァアァァ!?」
「俺は『うええ』と言っただけで、別に泣いているとは一言も言っていないが?」
「お、おまっ!! お前!! 死ぬほど恥ずかしかったんだぞっ!? ほ、ほんとに恥ずかしかったんだぞっ!?」
「十秒チャージ。おかげで二時間はキープできそうだな」
「ふああああああああ!! 詐欺だああうああぁぁ……!!」
メノアはショートして、テーブルの上に突っ伏したまま動かなくなってしまった。
詐欺か。俺はわりと、詐欺っぽくセコい手法を使うのは得意である。小説の主人公には絶対なれないタイプだ。
まあ主人公になれないのは良いとして、こういう得意分野で戦えるのなら、俺にもやりようはある。
なんて。
「まさか、顔も見えない相手に嘘をつく訳には行かないしなー」
俺は苦笑して、自分の椅子に座り直した。
「……ん?」
その時、俺は何かに気が付いた。
顔も見えない相手に嘘をつく……?
「どうしたんですか、ラッツさん?」
フルリュが俺に声を掛けたが、目を閉じて考えに集中した。
今何か、すごく良いアイデアを思い付いた気がする。……冒険者依頼所。ハーピィの妹。張り紙。顔も見えない相手に嘘をつく……。
「……そ、そうかっ……!!」
唐突に立ち上がった俺。フルリュは目を丸くし、メノアは顔を上げた。
だが、いける。いけるぞ、この作戦……!! 俺達の素性がばれることなく、相手の顔は必ず見られる!!
こいつで、勝負だ!!
◆
冒険者依頼所に辿り着くと、早速俺は準備に取り掛かった。
メノアとフルリュは、近場の路地で待機している。冒険者に依頼を出す側の一般人はだいたい代表者で、三人というのはあまり見ないからだ。大した事ではないかもしれないが、できるだけ自然な形を目指した方がいい。
「よし……行くぞ……!!」
協議の末に完成した依頼書を手にして、俺は受付の前に立った。メノアが文字を書けて良かった。人間じゃないのに。
ゴーグルも指貫グローブも外して、武器も全てメノアに預けてある。伊達眼鏡をかけ、襟のついたジャケットを羽織り、ツンツンしている頭を水で整えた。どうせ一時間もすれば元に戻ってしまうんだろうが、今はこれでいい。
受付嬢が笑顔で対応してくれる。
「こんにちは。ご依頼の方ですか?」
「あっ、はい。実は、ついこの間の話なんですけど、この近くで人型の魔物を見まして……」
「人型ですか……それは、珍しいですね。危険は無かったですか?」
「とりあえずは大丈夫なんですが、家の近くで出たもので、怖くて外も歩けないと思って。討伐を依頼したいんです」
そう言うと、依頼所の受付嬢は何かを考えていた。
今の所、順調か? この依頼を通さないと、話が先に進まない。何としてもここは、この受付嬢の首を縦に振らせないと。
「確かに、人型の魔物は危険って言いますからね」
「そう!! そうなんですよ、だから依頼を出します、この通り」
「発見したのは何匹でしたか?」
「へっ? ……一匹、ですけど」
にこりと笑って、受付嬢は優しそうな微笑みを浮かべた。
「では、大丈夫ですよ。通りがかっただけかもしれないですし、セントラル・シティの内部は治安保護隊が護っていますから」
「い、いやいや。そんなんじゃ安心できないんですよ。ちゃんと、報酬もお支払いしますし」
「でも、何かされた訳では無いんですよね? 発見次第、治安保護隊の方で対処しますし、一般の冒険者の方に依頼を出しても、お金が無駄になってしまうと思いますので……」
や、やばい。冒険者依頼所に依頼なんて出した事無かったけど、こんなに細かくツッコまれるものなのか。
ここは、何としても乗り切らなければ……!!
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