第8話 まぁいいやって思った事から後悔に繋がっていく
「よし、扉を閉めたらローブ脱いでいいぞ」
宿屋の部屋まで入ると、全身をローブで隠していたハーピィの娘は少し暑そうにそれを取った。
「ふう……まさか、たった三枚で宿にも泊まれちゃうなんて思いませんでした」
ハーピィの羽根は希少価値がある上に需要が高く、それなりの値で取引される。
知っているだろうか? 前衛職が使う戦闘用のメイル、寒さの軽減と防御力を高めるために採用されているのがハーピィの羽根だ。魔法攻撃力を高める羽根つき帽子。魔力の含有量からよく使われるのがハーピィの羽根だ。
なのに、ハーピィを見かける者は少ない。滅多に遭遇しないし、戦闘力も高いと噂だ。一流の冒険者がダンジョンに潜ってハーピィを狩るか、たまにダンジョン内に落ちているものを拾うことで、ようやく手に入る。だからハーピィの羽根は高いのだ。
メノアがふと、俺に言った。
「ハーピィの羽根、相場はどれくらいなんだ?」
「普通に冒険者が商人に売ったら、まあ一枚六千セルってとこかな」
「実際、いくらで売ったんだ?」
「一万セル」
「やはり。ほぼ二倍じゃないか……おかしいと思ったんだ、急に露天商の態度が変わったから」
「んふ……んふっふっふ」
俺はメノアに向かって笑みを浮かべ、リュックに入っている金色のメダルを見せた。そこには、こう刻まれている。『セントラル共通露天商許可証』と。
メノアが怪訝な顔をして、下顎を撫でていた。
「なんだこれは……商人?」
「こいつは、セントラル・シティで露天商をやるための許可証だ。こいつを持っていれば、ぶっちゃけ他の街でもある程度は商人として活動できる。これがあると商人の間で認められて、品物を定価で取引できるのさ」
「ほお……それで、あの値段」
何事も信用が第一ってやつだ。冒険者なんて別に出会ったり出会わなかったりだし、信頼関係を築く必要が無いことが多いから、せっかくアイテムを拾っても、安値で叩かれてしまう。でも商人が相手なら、持ちつ持たれつの関係を築いていった方が得だし、まとめ買いも多いから、定価で取引してくれる事が多くなる。
そして、その『定価』という名の市場価格、つまり相場がおよそいくらなのか。それを知らないと、まあ定価では取引させて貰えない。
『セントラル共通露天商許可証』ってのは、それら最低限の商業知識を備えた者としての資格のこと。
多くの場合、駆け出し商人がまず最初に取る資格だ。
「アカデミーで商業の授業を受ける時、希望者は資格試験まで受けることが出来たんだ。苦労して取っておいて良かったぜ」
何百というアイテムの相場を暗記しなければならなかった。正直、脳ミソ口から出るんじゃないかと思ったね。それでも試験は絵と価格が並んでいるだけだったから、文字がほとんど出てこなかったのは不幸中の幸いか。
まあ武器防具の相場はアカデミーでは教えてくれなかったから、今日までまるで役に立たなかったけどな。
どうも目利きが絡むからとかで、素人にいきなり教えられるものではないらしい。
俺の言葉を聞いて、メノアは苦笑した。
「弓に剣、商業……主は本当、どこを目指しているんだ……」
「いいだろ大は小を兼ねるんだから!! 逆に安値で譲ってくれる確率も上がるんだぞ!!」
ハーピィの娘が笑っていた。
「あはは。三枚と五枚の違いですけどね」
あ、今こいつ言った。言ってはいけない事を言った。
「じゃあ後二枚、毟ってやろうか!? 毟ってやろうかァァァン!?」
「ひいいっ!! ごめんなさいごめんなさい!!」
メノアの背中に隠れるハーピィだった。ったく。こいつは分かっていないのだ、一万セルを稼ぐことがどれだけ大変か。
……まあ、こいつに助けられた所なので、強くは言えない。
俺はソファに座って、メノアを隣に、ハーピィの娘を対面に座らせた。
「さて。……それで、どうしてあんな所に居たんだ? ハーピィの住処ってのは、どちらかと言えば山の方じゃないのか?」
それも、木があまり生えていない高所。山肌の見えている土地に集落を築く、と授業で言っていたと思う。
ハーピィの娘は咳払いをして、俺とメノアに向かって頭を下げた。
「すいません。改めて助けて頂き、ありがとうございます……私、ハーピィのフルリュ・イリイィと申します」
真剣な眼差し。俺は腕を組んで、ハーピィの娘に向かって軽く頷いて笑みを浮かべ、言った。
「冒険者のラッツ・リ・チャードだ。こっちはメノア。しばらくよろしくな、フルリ」
「フルリュです」
「よろしく、フルリユ」
「フルリュです」
「えっ、どこよ違い……フルリ……ュッ……イリー?」
「イリイィです」
「言えねーよアホか!! フルリュ!?」
「あ、そうですフルリュです!!」
何そのイントネーションの微妙な違い!! いいだろフルリユ・イリーで!!
魔物だからか? 魔物だからなのか?
両手を合わせて、フルリュは嬉しそうに言った。
「よくできました。花マルあげちゃいます」
ラッツ・リ・チャードは、ハーピィのフルリュ・イリイィから花マルをもらった!!
花マルって何。
……まあ、なんか若干天然っぽいけど可愛いからいいや。胸も大きいし。
チークと同じくらいはある。チークの方は筋肉があるから締まっている感じだけど、こっちはむちむちとしていて、とにかく全身が柔らかそうだ。
エロい。エロの権化のようだ。俺は親指と人差し指で下顎を撫でて、言った。
「……エロハーピィというのも、悪くないな」
「主が素直なのは本当に分かったが少し抑えよう、な?」
真っ赤になって恐縮しているフルリュを横目に、メノアが心配そうな顔をして歯止めをかけた。
「うむ、話を戻そう。それで?」
「実は妹がある日、ゲートを潜ってしまったんです。慌てて追い掛けたんですが、その先で人間の冒険者集団に捕まってしまい、馬車でこちらへ……その後、私だけはどうにか逃げ出したのですが……」
「あのダンジョンに居たのは、どうしてなんだ?」
「応援を呼ぼうと思って。私一人では、助け出せそうになくて……歩き回っていたら、ゲートを発見したので」
ひとまずゲートを潜って、それから帰ろうと思ったのか。フルリュは苦笑して、言った。
「私達は飛んだ方が速く動けるので、あの森では危険だと分かっていたのですが。戻っても危険なので、仕方なく進みました」
そうか。リザードマンにやられたのは、上空に逃げる手段が封じられていたせいもあるんだな。
確かに、冒険者集団に襲われたとなれば……その方が安全だと思ってしまうのも、無理はない。セントラルの周辺だったら、ハーピィが飛んでいるのを見かければ、冒険者が絶対に黙っていない。だってハーピィの羽根は高いのだ。
……でも人型の魔物って俺の中では、もっと凶悪で黙っていても襲いかかってくるような、そんな存在なんだろうなというイメージがあった。普通に人間と同じ言葉を扱う事ができて、意思疎通ができる。しかも、友好的な種族のように感じる。
こんなにも全身から無害アピールをしている雰囲気の娘に、見た瞬間に襲い掛かるなんて。人間冒険者の方を疑いたくなるけどな。
どうも『魔物』っていう単語すら、フルリュには似合わない。
なんか、嫌な感じだ。
「冒険者には、突然襲われたのか?」
「はい、ゲートの先で妹を探すために一度、上空から見下ろしたんです。それを発見されたみたいで」
「こういう事はよくあるものなのか?」
問い掛けると、フルリュは沈んだ表情を見せた。
「わかりません。めったに人間界には訪れないですし……言葉が同じ事もその時に分かって、攻撃の意思はありません、見逃してください、と話してはみたのですが……」
無視された、か。ということは、少なくともその冒険者連中は、フルリュを恐れて攻撃した訳ではない、ということだ。
少なくとも何らかの敵意か悪意、そして目的があったはず。
「戦わなかったのか?」
「で、できませんよ!! 十人以上も居たんですよ!?」
「……まあ、そりゃ無理だわな」
どれだけハーピィが人間よりも魔力に優れていると言ったって、妹が一人囚われている状況でその人数を相手にするのは無理がありそうだ。逃げて正解だろう。
メノアが一旦席を立って、茶を淹れて戻ってくる。フルリュの前にカップを置くと、微笑んで言った。
「妹さんは、まだしばらくは無事なのだろうか?」
「お、おそらく。殺すんだとしたら、馬車で移動する前に殺されていると思います。生かしておきたいのかも」
「そうか。……フルリュ殿も災難だったな。妹さんの事は確かに心配だが、貴殿が一人で行動するのは危険だ。足が治るまで休んで、それから一度、実家を目指すといい」
「は、はい。ありがとうございます。今日は本当に、危ない所を助けて頂いて」
確かにメノアの言う通り、フルリュは一旦、山に帰るべきだ。少なくとも冒険者に捕まってしまった以上、もうフルリュ一人にどうにかできる問題ではないだろう。
……でも、気に入らない。
俺は指貫グローブを外して、テーブルに置いた。メノアの淹れてくれた紅茶を飲む。
くそ苦い。コーヒーといい、なんでセントラル・シティの連中は好んで水を苦くするんだ。もっとジュースとか、他にも美味しいものがあるだろ。まったく理解できない。
「相手の顔は分かってるのか?」
「いいえ。皆さん、兜を付けていたので……男の方だとは思います。馬車での話を聞く限りでは雇われている方も居たようで、今も妹と一緒にいるのは数名かもしれません」
それだけじゃ、この広いセントラル・シティで冒険者を特定するのは難しいな。
その時、ふとフルリュは怯えて、言った。
「……冒険者の方はすごく怒っていて、とても怖かったです」
メノアが目を丸くして、フルリュに問いかけた。
「怒る? 主ら姉妹にか?」
「いえ、何かは分かりませんが、銀色の……? 何だかで、目に物見せてやる、って脅すような声で話していて……」
俺はテーブルを軽く叩いて、立ち上がった。
「妹探し、手伝うよ」
メノアがぎょっとして、俺を見た。慌てた様子で立ち上がる。
「な、何を言っているんだ。相手が誰かも分からないのだぞ? セントラル・シティを満足に歩けるのは主だけだ。もし仮に見付けたとして、どうやって妹さんを取り返すんだ」
フルリュも立ち上がり、豊かな胸に手を当てて抗議した。
「そうですよ。そこまでしていただく訳にはいきません、これは私達家族の問題なんですから」
俺は大きく息を吸い込んで、仁王立ちをして言った。
「俺が気に入らないっ!!」
びし、と二人を指さすと、二人は呆気に取られた様子で言葉を失った。
はっきりと宣言したところで、俺は言った。
「見逃してくれって言ってる奴をわざわざ追いかけて捕まえる冒険者、しかも相手は子供だぞ。こんなもん見逃したら、明日の飯がまずくなっちまうよ」
メノアはうろたえた様子で、俺に投げかける言葉を探しているようだった。
「い……いや、人間にとって、私達耳の長い種族は敵同然なのだろう? 仕方ないのではないか?」
「だってフルリュは敵じゃないって宣言してるんだぜ? しかも妹ってことは、フルリュより小さいんだろ?」
「ブラフだと思ったのかもしれないじゃないか。嘘をついて不意打ちを狙っていると思われたとか。それで怯えて、攻撃した」
「いーや違うね!! そういう事に怯える奴なら、ハーピィを生捕りにしたままセントラル・シティになんて運ばないね。生かしておく意味がないだろ」
「む……まあ、それはそうかもしれないが……」
俺は腕を組んだ。どうしても、険しい顔になってしまう。
「連中はハーピィを捕まえて生かしたまま、セントラル・シティに運ばないといけない理由があったのさ。奴隷商に売りに出したいとか、羽を毟り取って半永久的に儲けたいとか、まあなんか分かんないけど、そういう類の目的があったんだよ。つまり」
「……つ、つまり?」
遅れて聞き返したメノアに、俺は言った。
「妹がゲートを潜ったのだって、そいつらの思惑だったのかもしれないってことだよ」
そう言った瞬間、フルリュが息を呑んだ。ピンと来たようで、メノアも明らかに表情を変えた。
「そ、そうかもです……ゲートの先は危ないから行ってはいけないって、お母様から何度も言われていたし……」
そうだろうな。俺達にとって人型の魔物が敵である以上、連中にとっても人間は危険な相手だと思われるはずだ。
「あえて、子供を選んだんだ。生捕りにしやすいだろうしな。何を企んでるのか知らないけど、治安保護隊に捕まる覚悟でやってるってことだぜ。いかにもやばそうじゃんか」
「むう……しかし、主はつい先程も死にかけていたというのに……」
確かにそうだ。でも俺はどうしても、見て見ぬふりをする事はできなかった。
「『まぁいいや』って思った事から、後悔に繋がっていくと俺は思う」
メノアは難しい顔をしていたが、ふと脱力して微笑んだ。
「わかった、わかった。主がそう言うなら、私も付き合うよ。フルリュ殿に協力するのが嫌というわけではないんだ。ただ、主の体が心配でな」
背中がぱっくり割れた時、顔面蒼白になってたからな。そう思われても仕方ない。
話を聞いてりゃ、しかもそいつは何かに報復するためにハーピィの子供を拉致したって事だ。無関係なものを巻き込んだ。
巻き込まれた方にとっては、災害と一緒だ。何の拒否権もない。自由もない。今回だって、フルリュも妹も、連中とは何も関係しない。
どうしてもそれは、過去の自分と重なってしまう。
フルリュは呆けた顔で俺を見ていたが、やがて真剣な眼差しで言った。
「ラッツさんは、とても素直というか、まっすぐな方なんですね」
「まったくその通りだ」
特に否定する理由もない。
「私も、人間の方に手伝って頂けるなら、これ以上の事はありません。ご協力を、お願いしても良いですか? 羽をお金に変えるくらいしかできませんが……」
控えめに、フルリュは言った。
俺は慈愛に満ちた笑みを浮かべて、フルリュの肩を叩いた。
「羽をお金に変えてくれれば、それでいい」
メノアが言った。
「締まらないなー……」
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