第5話 リスタート

「なんで!勝負を!受けてくれないの!」


「面倒だからって何回も言ってるじゃないですか。ほんっとしつこいですね。お風呂場に生えたカビくらいしつこいです君は」


「例えが独特すぎてわかんねぇよ!」


とまあ、こんなやりとりをかれこれ数分続けているわけなのだが。心和が勝負を受ける気配は一向に無い。


「お前ちょっと強情すぎんじゃねぇの?試しにやってみるくらいでいいからさ。先っぽ、先っぽだけ!な?」


「その気持ち悪い言い回しをどうにかしてください」


「じゃあ……お嬢ちゃんこういうの初めて?君可愛いから、素質あると思うんだけどな〜」


「余計気持ち悪くなってます。何?モブおじ?おじさんがなんで学校来てるんですか通報しますよマジで」


「俺今年で17歳、まだピチピチの男子高生。大丈夫だよね?世間一般の認識これで合ってるよね?俺この年でエロ漫画の登場人物みたいのにカテゴライズされちゃうの?」


このままじゃキリがない。この不毛な水掛け論をどうにかしなくては。何か機転の利いた、話の転換は出来ないのだろうか。


(頑張れよ俺の頭!全コミュ力を消費してでも、心和に勝負を受けさせるんだ!)


「俺、お前のこと好きにさせたい……!お前に認められるような、男になりたい……!」


必殺、一途なイケメンフィルターを心和に喰らわず。が、結果はお察しのようで。


「私は好きになりたくありません」


心和はさっきよりもさらに真顔で、きっぱりと言い切る。朝日くんにも期待という感情を抱いている時期がありました。

既に俺のプライドに大きな亀裂が入りつつある。ガラスのハートがさらに脆くなったような。


「あの、どうしてそこまで私にこだわるんですか?私一人に嫌われたところで、君は十分好かれてるでしょ」


確かに、心和の意見は最もだ。誰にだって好き嫌いはある。それは変えようの無い事実だし、全員の意見が合致する日なんて、多分来ない。でも。それでも俺は―――


「それもそうなんだけどさ。俺、嫌われるの怖いんだよ。今まで皆にチヤホヤされて来た分、一つ嫌いがあるとどうしてもそればっか気になるっつーか……まあ、致し方ないことなんだけど」


「なら……」


「だから、好きにさせる。相手が俺の事嫌いだってんなら、それを好きで上書きすればいい。俺の事を、好きになって貰えばいい。それが、モテる男の秘訣だ。分かったかいベイビー?」


ここで渾身のウィンクを炸裂。これで落ちないことは分かってるけど、どうしてもかっこつけたかった。

心和は腑に落ちないといった顔で、


「……よく分からないですけど、君が承認欲求の塊ということは理解出来ました」


「うるせぇなぁ。なんとでも言え!」


「……はぁ、まあ良いでしょう。そこまで言うなら、ちゃんと受けます」


ようやく観念したのか、不機嫌そうに承諾する心和。これは大きな進歩だ。妥協とはいえ、やっと心和の意思を変えることに成功した!


「ただし。君には、こちらが指定した条件に従ってもらいます」


「ん?ジョウケン?What?」


こいつのことだ、どうせろくなものじゃないだろう。しかし、ここで「え〜それはちょっと……」とか言ったら心和がまた勝負を放棄してしまうかもしれない。


「話くらいは聞こうじゃないか。言ってみたまえ心和クン」


「条件は一つ。一週間以内に、私をキュンとさせてみてください。もし成功した場合は、勝負を続行してもいいですよ。でも、失敗した場合、君には保健委員をやめてもらいます」


「俺にとっちゃちょうどいいハンデだ。受けて立とうじゃないの」


いよいよ話が盛り上がってきたところで、放送のチャイムが耳に飛び込む。


『下校時刻になりました。生徒の皆さんは、速やかに下校しましょう』


「おお、もうそんな時間か」


「では、私はこれで。どうせ無理でしょうけど、まあ頑張ってください。ストーカー癖の変態さん」


それだけ言い残すと、心和は去っていった。


「あいつ、ほんっと……いい性格してるわ……」


何はともあれ、これで正式に勝負が始まったわけだ。


◇◇◇


「……」


「どうだ?結構な進歩だろ?」


俺は今日の出来事を翼に話した。翼はジビエを撫でながら、気まずそうに話を聞いている。


「あのさ、お兄ちゃん」


「なんだ、弟よ。そんな顔して」


「そもそも今日の目的って、心和さんの身辺調査というか。情報を掴むことじゃなかったっけ」


「あ」


そういえばそうだった。今日の段階で分かった心和の情報って…………無い。全く無い。皆無だ。


「つ、翼ァ!一週間で情報収集とか間に合うんかな?俺そういうのバリくそ苦手なんだが?!敵情視察行ったら永遠に帰ってこないタイプの人間なんですが?!」


「お、落ち着いてお兄ちゃん。相手のこと全部知る必要なんか無いんだし、きっと出来るよ!だからそう焦る必要ないって」


翼は非常に愛らしい笑顔を見せる。脳みそが蕩けそうだ。弟じゃなかったら全力で口説いていることだろう。まさに天使。翼が最強!


「それもそうだな!よし、明日から情報収集始めっか!」


「というかだよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんって、心和さんのこと好きなの?」


「絶対無い」


「なんで?心和さん、結構可愛い人なんでしょ?」


「あれは、ひよこの皮を被ってるだけだ!中身は凶暴な狼だから!あんな、これ見よがしに俺のことディスってくる奴なんか好きになれる訳ないじゃん?あぁ〜クソ!顔良し、性格良し、人望良しの完璧な俺が、なんで罵られるんだよっ!」


「分かった、分かったから!お兄ちゃん、また声が大きくなってますよ」


「ああ、すまん。あとその口調は微妙に心和を思い出すからやめてくれい」


ともかく、明日から本気で調査する。探偵並の実力を発揮してやろうじゃないか。






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