第4話 ストーカーじゃねぇ!

心和瑞月。同じクラスの冴えない女子。彼女は一見ごく普通の少女だが、その実態は人の心を失った冷徹な人格の持ち主、"永久凍土系女子”なのであった。心和によってメンタルをズダボロにされた俺は、奴に復讐することを決める。しかし彼女の全貌は謎に包まれており、未だ不明……。


「というわけでまずは身辺調査だ。アイツの生年月日から好きな男のタイプまで徹底的に調べあげてやる!」


「お兄ちゃん声大きいって。ジビエが起きちゃうよ」


そう俺に促すこいつは朝日翼(あさひつばさ)。

長髪のツインテール。「lovely」と描かれたTシャツにピンクのパーカー。膝が丸ごと見えるようなミニスカート。

どこからどう見ても可愛らしい女の子だが、俺のである。

ちなみにジビエとはうちで飼っている猫の名前。


「あ、ごめんな。つい気持ちが昂っちゃってさ〜」


「何かいい事でもあったの?さっきから随分とご機嫌だね」


翼は洗い物を終えると、俺が座るソファに腰掛けた。日頃からこうして家の手伝いをする、よく出来た子だ。


「ふふん聞きたいか?そうかそんなに聞きたいか〜。なら教えてやらんことも」


「出た、お兄ちゃんの早とちり。それ他所でやると嫌われるから、気をつけた方がいいよ」


「マジレスすんなよ〜ノリ悪いな。それにお兄ちゃんの外面がめちゃめちゃ良いのは、お前もよく知ってるだろ?」


「まあ、それはそうだけど。で、やっぱり何かあったんだ」


「聞いて驚け。実はな……」


俺は今日心和に受けた屈辱と、そこから勝負を申し込むまでの経緯を翼に話した。

話を聞き終えると翼は呆れた顔をしてはぁ、と溜息。


「お兄ちゃんって、変なところで変なスイッチ入っちゃうよねぇ」


「変なってなんだよ〜。これには、俺の沽券に関わる問題なんだ!」


「沽券って、ただのプライドじゃんそれ」


「そのプライドが、俺にとっては全てなんだよ」


「はいはい分かりました。でも、その心和さん?も、よく勝負を受けてくれたね」


「それは本当に奇跡だ。……いや待てよ。嫌いな俺の申し出をすんなり受け入れるってことは、もしかして今日の全部好きの裏返しだったりする?そう考えるとアイツ、案外チョロいな!ははは!」


「ま、まあ頑張って……」


(多分相手もお兄ちゃんと同じで、プライドが高いだけだと思うけど……言わないでおこ)


翼はなぜか目を逸らす。こいつが目を逸らす時は俺の話を聞き流している証拠だが……まあいいだろう。


「俺の手にかかれば、心和なんて一日足らずでメロメロよ!翼、明日の朗報を待っていてくれ!」




――――――――翌日 学校にて。


「朝日くん今日もかっこい〜」


「あっ、朝日様が眩しすぎて……がくっ」


空は快晴。澄み渡るように青い。俺に対する注目も声援もいつも通り。新しくはないけど希望の朝だ!

思い立ったが吉日。本日より、心和瑞月のハート迎撃作戦を決行する!本作戦を決行するにあたって、昨晩いくつか計画を立ててきたので、こちらの準備は万全だ。これで落ちなければ、俺のモテは偽物だと言っても過言ではない。

……おっと、噂をすればなんとやら。前方の下駄箱、外履きから上履きに履き替える心和を発見!俺は直ちに心和に接近する。


(まずは手始めに……)


シャラララーンキラキラ(心の中のセルフ効果音)


「おはよう心和さん!今日めっちゃ天気いいね!」


オペレーション1:『爽やか笑顔』

説明しよう!爽やか笑顔とは、イケメン特有の能力。笑った際、周りにキラキラのエフェクトが入るアレのことである。これにより、「え、私に声かけてくれた。どうせみんなに言ってるんだろうけど……キュン♡」

とライトなときめきを与えることが出来るのだ。またこれは笑うだけという至って単純な作業であり、同性や先生にも好印象を与えることが出来る。このように、初心者から上級者まで一石二鳥、いや三鳥くらい得できる超万能スキルだ。


(いやもう十分じゃね?落ちたっしょ完全に。やはり大したことな……んだと?!)


なんと、心和は俺を横目で見流し、そのまま素通りしていった。あれは好きな人にいきなり話しかけられて咄嗟に無視しちゃった系のそれではなく、完全なガン無視。


(チッ、オペレーション1は失敗か。まあいい。これは軽い肩慣らし程度の技だからな。次の作戦に移行する!)




――――――――― 午前11時45分。数学の授業にて。


オペレーション2:『標的観察ターゲットマーク

この技も至ってシンプル。なにせただの人間観察。しかしよく観察することで、相手の細かな容姿に気づくことが出来る。例として、髪が数cm短くなっている、メイクが昨日と違う、その人特有の癖etc……。これは女子にとって、気づいてもらえるとかなり嬉しいポイントなのではないだろうか。さらに、もし標的と目が合った場合、「あれ、朝日くんがこっち見てる。たくさん人がいる中で、私を……はうぅ♡」と舞い上がらせられるのだ!先程より難易度はやや上がるが、チャレンジとしては全然ありな手段。

心和は俺の斜め、席二つ分先の位置にいる。少し距離はあるが見えない位置ではない。じっと目を凝らして、心和ターゲットを観察開始。


(あの横顔、悪くない。あいつ、見た目は結構いいんだよなぁ)


身長は普通……より若干小さめ。 蜂蜜色のセミロング。大きめのやや垂れ目、シャツの第一ボタンは外しているものの、着崩れせずきっちりとした着こなし。しかし割と猫背で、丸まった背が絶妙に愛くるしい。美人、というよりかは可愛らしい印象だ。


(なんか、あれに似てるな。動物で言うところの……ひよこ?)


モワモワンと、ひよこの着ぐるみを来た心和を連想する。まるでどっかの袋麺のマスコットキャラみたいだ。


「ふはっ」


小さな笑いが声に出る。と、周囲の視線が俺に集まった。


「こら朝日、何笑ってるんだ。授業に集中しなさい」


数学教師のハゲおやじに注意される。実はかなり苦手な先生だ。一応成績を上げるために媚びてはいるつもり。


「はいっ、すみません」


「朝日くんかわい〜」


教室の端々から取り巻きの声がする。こういうお茶目要素も取り入れるのが、最近のモテる秘訣。これ豆知識ですテストに出ますよ。


(さあ心和、俺に気づけ。そしてさっさと惚れろ!)


俺は慈しみの眼差し(適当に考えたかっこいいだろ)で心和を見つめる。しばらく見つめていると、心和は俺の視線に気づき、目を合わせた。


(よし、そのまま俺にキュンとし……ないだとっ?!)


目が合ったと言っても、本当に一瞬。しかも心和は鋭い眼光で俺を睨みつけた。さながら縄張りに迷い込んだうさぎを威嚇する狼の如く。ひよこ要素はどこへやら。俺の中で「ギロッ」という効果音が似合う女暫定一位に選ばれている。この一瞬で俺の背筋はすっかり凍りついてしまった。怖ぇっす心和先輩。


(いや、こんな所で怯むな俺!次だ次!)







―――――――――放課後 教室前にて。


下校時刻。それは最もロマンチックな時間だ。茜色の空、鳴り響くチャイム、教室に二人きり。よくある設定だが、他人がいない分安心してドキドキを味わえることだろう。え、矛盾してる?馬鹿野郎!その矛盾だらけの感情から『好き』を見つけるのが恋ってもんだろうが!

さて、心和はしばし自習をしてから帰るようだ。テストはまだ少し先だが、真面目な奴はこうして一人図書室に残って勉強している。俺は毎回直前になって追い込むタイプなので、まあ何が言いたいかと言うと、現時点では何も手をつけていない。

……話を戻そう。今回実行する作戦は、

オペレーション3:『君を待ってた』

これは相手が帰ろうとする時までひたすら待つ。簡単そうに見えるが、実は結構な高難易度。

まず相手の用事がいつ終わるか分からなくても、それが済むまで待っていなきゃいけない。これが中々に退屈なのだ。それに加え、付き合ってもない相手に「待ってたよ」なんて直球で伝えてしまうと、はっきり言って引かれる。なので偶然を装わなきゃいけないのだが、これまた難しい。相手を観察しながら隠密し、それを標的に気づかれてはいけない。もはや暗殺者の気分。そして、これは完全に運ゲーなのだが、空が夕焼け、自分と標的以外誰もいない。この2つが最低条件となる。これが本当に厄介。


(しかし!今回はその条件が揃っている!勝った、勝ったぞ!世界は俺に味方したっ!それにここは図書室から死角になっていて丁度見えない。待ち伏せするには最適なポジショ……ってあれ?)


心和の姿を視認しようと図書室に目をやる。心和ターゲットが、いない。

もし奴が移動したのなら、俺の存在に気づかれ


「何してるんですか」


「ひっ!」


時すでに遅し。背後から心和の声。驚きのあまり、史上最強に情けない声を出す。


「な、なんでお前……勉強してるんじゃなかったのかよ?!」


「最終下校時刻近づいてるのでもう帰りますよ。君こそ、さっきからなんなんです?今日一日やけに視線がうるさいと思えば、こんなとこで待ち伏せって。完全にストーカーのやることですよね、それ」


「なわけねぇだろ。誰がストーカーじゃい」


「犯罪者予備軍が……今日一日、通報せず君の奇行に耐えきったせいで、凄い疲れてるんです。もう帰ってください」


「ここまで待って、はいそーですかって引き下がれるかよ。ターゲットが目の前にいるんだぜ?口説きのひとつでもかまさなきゃ、俺の気が済まん」


「へぇ、あれ本気だったんですか。てっきり冗談かと」


「何言ってんだよ、当たり前だろ。お前もそれを承諾したじゃねぇか」


「む。それはちょっと困ります。学校生活に色々支障が出るというか……」


(あれ、なんか昨日と言ってることが違うような)


「だってお前、勝負受けるって」


「いや言いましたけど……もしかして真に受けてました?」


なにやら、昨日と言ってることが違うような。


「君、結構純粋なんですね。人の言うこと素直に信じちゃうなんて。あれは、ああでも言わないと、君はしつこく迫ってきそうな勢いでしたから。適当にあしらっただけです」


「……マジ?」


ということは、心和がチョロいわけでも奇跡が起こったのでもなく、ただ粘着されるのが面倒臭かっただけ。つまり、本気だったのは俺だけ。


(何それ。めっちゃ恥ずかしいやつじゃん!?)


いっちょ前にオペレーションなんとかって言ってた自分が馬鹿みたいだ。

ダメだ。惚れさせるどころか、舐められてる、俺!






























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