第3話 ゲームの始まり

「おい心和!勝手に逃げようとしてんじゃねぇ!」


俺は大声で心和を呼び止めた。俺の中のプライドが、心和を見逃すことを許さない。心和はドアノブにかけた手を離し、こちらを向く。


「なんですか?これ以上話すことなんてありませんよ」


「お前に無くても俺にはある!まずお前、なんで俺がラブレター数えたり、告白に点数つけてること知ってるんだよ?!」


そう、俺はその事を友人はおろか、両親にも話していない。俺の中のトップシークレットだ。なのに何故、こいつはそれを知っているんだ?エスパー?テレパシー?なんだっていい。とにかく、こいつからそれを聞き出さないことには納得がいかない。


「はぁ……素が出てますよ。さっきまでのイケメンムーブはどうしたんですか?」


「俺を散々罵倒したお前に、今更取り繕ったって無駄だろ。いいから、早く理由を教えろ!」


「理由も何も、実際に見たから知ってるんです」


見た?いつ、どこでボロを出していたんだ?!


「み、見たって……証拠を出せ証拠を!」


これじゃ俺が犯人みたいだ。もっとマシな言い回しは無かったのか、と反省する。


「そうですね、一週間くらい前でしょうか。私、忘れ物を取りに教室へ行ったんです。そしたら中で朝日くんと、一人女の子が見えて……」



―――――――――――――――――――


「朝日くん……どうしてもダメですか?」


「うん、ごめん。俺、まだ恋愛とかはいいかなって」


「そう……でも、まだもう少し。好きでいてもいいですか?」


「一世一代の告白を断ったんだ。俺に止める権利は無いよ」


「ありがとう。やっぱり、好きだなぁ」


そう言って、女の子が走り去っていくのが見えました。その後、聞いちゃったんですよね。


「今の告白は……45点、かな。甘酸っぱく、切ない雰囲気が出てていいね!ま、振ったんだけど」


って言ってるの。


――――――――――――――――――――


「絶句しましたよ。世の中にこんな思考回路の人間がいるんだって。朝日くん、君に脳神経外科の受診を強くオススメします」


「なっ……あ、れは……その……」


まさか近くに心和が居たなんて。完全な失態である。あの時の自分をぶん殴ってやりたい。


「ちなみにラブレターに関しては、普通に下駄箱で目撃しました。よくあれでバレませんでしたよね、ほんと」


自分の汚職が次々と暴かれていくのは、こういった気分なのかもしれない。なんとかして弁解し、俺のペースに持ち込まなくては。


「お前の観察眼が凄いのは理解した。だが!もう一つ疑問がある。なぜお前は俺に惚れない?容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群なこの、俺に!」


俺は完成された人間だ。女子なら一目見た瞬間、「あ、朝日くんかっこい♡彼氏なってほし♡」と脳死で考える。実際外見だけじゃなく、勉強から運動まで、あらゆるスペックを磨いてきた。その俺に、惚れないなんてことあるだろうか。普通。否、そんなことない!あっていいはずがないんだ。

心和は凍てつくような視線で見つめている。まさに、ドン引きという表情。


「君、ちゃんと脳みそ入ってるんですか?これじゃ病院に行っても診察して貰えませんね」


「うるせぇ。人を頭のおかしいやつみたいに言いやがって」


「いや実際おかしいんですって。まだ分からないんですか?その異常なまでの自己肯定感が、君の全てを台無しにしてるんです。私がなぜわざわざ君を呼び出したか教えてあげます。人前で君と、こんな脳筋ナルシストと会話するなんて恥ずかしすぎるからですよ!」


「なあっ?!」


心和の言葉が俺の心にクリティカルヒット。俺は呆然と立ち尽くした。実際、真っ向から否定したくても、言い返す言葉がない。心のどこかで納得してしまっている。それがどうしようもなく悔しい。


「……話は以上です。満足しましたか?」


心和は俺を威圧する。過去にここまで、しかも女子に圧倒されたことはきっと無い。このままでは、自慢の男前が台無しになってしまう。頭を回せ。このお高く止まった女をギャフンと言わせるような策を考えねば!

……と、 俺の頭に、ひとつの天才的なアイデアが浮かぶ。


「満足だって?ああ、それはもうこれ以上無く。ようやく覚悟が決まったよ」


「なんの、覚悟ですか」


「賭けをしようじゃないか。俺は一年以内に、お前を全力で落としにいく。もしお前が俺のことを好きになれば、俺の言うことを一つ聞いてもらおう。だが逆に、俺がお前を好きになる、もしくは一年以内に落とせなかった場合、俺がお前の言うことをなんでも一つ聞いてやる」


正直、この提案を受け入れてくれるか自体賭けなのだが。

心和は目をぱちくりとさせた。


「いきなり何を言い出すかと思えば……却下です。しょうもなさすぎます」


やはり即答。だが俺は負けじと反論する。


「いいのか?お前にとっても悪い話じゃないはずだ。このムカつく最強美男子に、なんでも一つ命令出来るんだからな。こんな機会、なかなか無いぞ」


「私は君に命令したいことなんか」


「例えば、『今後一切自分に近づかないで欲しい』とかな」


「!」


「どうだ?少しは興味が出てきただろう?」


ここで一気に畳み掛け、形成が逆転する。したと思う。多分。我ながら誘導するのには自信がある。将来営業部のエースとかなっちゃったりして。

心和は少し考えた後、


「……分かりました。その賭け、乗りましょう」


「言ったな?一度受け入れたからには、取り消しなんて出来ないぞ。」


とは言いつつ、内心少しほっとしている俺なのであった。まさか本当に乗ってくれるとは。


「言っておきますが、ひとまずお試しで、です。それに、私は約束は守る主義ですから。あなたこそいいんですか?そんな易々と。そちらの条件の方がやや厳しそうですけど」


「男に二言はない。今回はお前にサービスしてやってんだよ」


「よく分かりませんが……やれるものならやってみて下さい。では、今度こそ私は行きますからね」


「ああ、また明日」


心和は屋上のドアをガチャン、と閉めた。

いよいよ面白い展開になってきた。ここに来て俺に惚れない女が現れるなんて、むしろチャンス。俺のモテ力、イケメン力の見せどころだ。この勝負、絶対に負けられない。

夕焼けの茜に藍色が差し掛かって、黄昏と夜の境界線が出来ていた。そして、俺はある事を思い出す。



――部活行くの、忘れてた。








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