第6話 思わぬ奇襲

さて、地道に情報収集をすると決めたはいいものの、何から手をつければいいのやら。第一、心和はあまり人との交流を持たない。基本性質は一匹狼なのだ。


「せめて仲良い奴との交流があればなぁ……ま、手当り次第聞き込んでくしかないか」


「朝日くぅんどしたの?考え事ぉ?」


「まだ二時間目終わったばっかだよ。もっと頑張って♡」


(取り巻きABコンビ!ナイスタイミング!)


いくら交流がないとはいえ、女子なら多少なりとも話す機会があるはず。こいつらなら、何か知っているかもしれない。


「ねえ、二人に聞きたいんだけど、心和さんってどんな人?」


「え〜、心和さん?」


「朝日くん、もしかして心和さんのこと気になってる感じ〜?だとしたら、ちょっと嫉妬しちゃうなぁ」


「いや、そうじゃなくてさ。俺保健委員一緒なんだけど、なんていうか……嫌われてるっぽくて」


「え〜朝日くんが嫌われることなんてあるの?」


「あはは……気のせいかもしれないけどね」


ほんと、気の所為であって欲しかった。まさかこの俺が嫌われるなんて、夢にも思わなかったから。


「でも心和さんかぁ……うちあんま話したことないんだよねぇ」


「あーちょっと取っ付き難い感じだよね、あの子」


やはり女子にも近寄り難いイメージは持たれているらしい。実際、俺も近寄り難いとは思っている。それは多分、俺が心和に嫌われていることを知ってしまったからなんだろうけど。


(じゃあ、なんでいきなり勝負を受けようなんて思ったんだ……?)


「あ、でも。この前ちょっとだけ話した!先生に頼まれたプリント、うちの代わりに運んでくれたんよね〜。でもそれ以外は、特に。悪い人では無いと思うけど……」


どうやら、俺以外にはそれなりに優しいらしい。それもそのはず。アイツの真面目な性格上、話さないからと言って、初めから食ってかかるような奴では無いだろう。


「そっか……悪い、そろそろ部活行かなきゃだ」


「サッカー部大変だねぇ。応援、しにいってもいい?」


「もちろん。あ、でも俺この前無断欠席しちゃったから、顧問の先生に叱られてるとこ見せちゃうかも」


「も〜朝日くんったら悪い子」


「ほんとだな。それとごめん、いきなり変な質問しちゃって。答えてくれてありがと!」


「そんなぁ〜大げさだよぉ」


「ずるい!私も心和さんと話しとけば良かったぁ」


取り巻きABとの会話を早々に切り上げて、俺はグラウンドへ向かった。正直、あの二人と会話するのはめちゃくちゃ疲れる。



▫️▫️▫️


放課後のグラウンド。下校する生徒がちらほら見える中で、俺はただひたすらサッカーに打ち込んでいた。


「朝日!」


味方からのパスを受け取り、ゴールを目指す。待ち構えるはキーパー。奴は虎視眈々とボールを見つめていた。後方からは敵チームが迫ってきている。囲まれてしまえば、ボールを取られるのは時間の問題。しかし、なんと言っても俺はハイスペック。キーパーの目線から外れるであろう、ゴールの際。その位置にボールを蹴り飛ばす。


ピーッと、甲高いホイッスルの音が鳴り響く。試合終了の合図だ。


「ナイッシュー朝日!やっぱお前最高だわ」


「お前、なかなかやるなぁ。モテ男は伊達じゃないってか」


練習が終わると、チームメンバーが俺の所に集まってきた。こうして仲間と語らう時間は、嫌いじゃない。


「お前がパス回すの上手いからだって。あれ無かったらさすがにやばかったわ」


「お〜?言ってくれるじゃん」


「きゃ〜♡朝日くぅ〜ん!」


フェンスの向こうからオーディエンスの声が聞こえる。汗を拭きつつ手を振ると、その歓声はさらに増した。


「しっかしお前、マジでモテるな〜」


「なあ、ほんとに彼女いねーの?」


「あ?居ないよ。今は作る気無い」


「んーなこと言って。俺見ちゃったんだからな。お前がクラスの女子に『心和さんてどんな人〜?』って聞いてたの」


全くどこから見ているのやら。俺が女子のことを話題に出すと、いつもこういった旨の質問をされる。


「言っとくけどそうゆうんじゃないからな。委員会の時、なんか視線が怖いっつーか。嫌われてんじゃないかなーって。そういう、俺に対する不満みたいなの、聞いたことある?」


「お前に限ってそんなことあるか?心和さんに限らず、お前の悪口なんて聞いたことねーよ」


「てかまずそもそも話さん。心和さんって、なんかこう……誰ともツルまないイメージっつうか」


やはり皆心和に対して抱く印象は同じらしい。このままではちとやばい。なにせ有力な情報がまるで掴めていないのだ。


「お前ら、今日の練習はここまでだ。片付けが終わり次第、帰っていいぞ。」


コーチの声が響き渡る。やっとだ、やっと帰れる。サッカーは嫌いではないが部活は嫌いだ。先輩との上下関係やコーチの指導が実に面倒くさい。じゃあなんでサッカー部に入ったのかと言うと理由は簡単。モテるから。


「片付け、俺がしとくから。お前ら先帰れよ」


「え、いいのか?」


「朝日くんおっとこまえ〜!んじゃお言葉に甘えて……」


そそくさとグラウンドから去っていく仲間達の背中を見つめる。温い、春の柔らかな風が吹き付けた。





「あ〜……ねみ。早く帰って寝るか」


着替えを済ませ、夕暮れの道を歩く。運動の後はいつもこうだ。とてつもない眠気が襲いかかってくる。

大きな欠伸をし、今日一日を振り返った。


(結局、なんの情報も掴めなかった。唯一分かったのは、あいつは周りと一線引いてるってこと。でもそれは前々から分かりきっていた事だし……どうすればいいかなぁ)


そもそも本人と親交を深めなければ意味が無い。今更お友達から。なんて言っても、勝負をしかけた手前、下心ありきなのはすぐバレるだろう。


「はてさてどうしたものか……」


校門の前に差し掛かった時。俺は、見てしまった。


瞬間。時が止まったかのように、景色が静止したように、ゆっくりと世界が動いて見えた。校門の傍でしゃがみ込む一人の少女。少女の前には一匹の三毛猫。少女は嬉しそうに頬を綻ばせながら、三毛猫の頭を撫でている。

――そしてその少女とは。他でもない、心和瑞月だった。


「こ、より……」


俺が心和の側へ近づくと、それに気づいた猫が早足でどこかへ行ってしまった。


「あ……」


「えと、その……悪い。邪魔するつもりは」


心和は不機嫌そうに顔をむすっとさせる。


「……なんでしょう」


先程の様子は遥か彼方。いつもの仏頂面に戻ってしまった。悔しい。本当に、吐きそうなくらい悔しいけれど。

コイツは、笑顔が死ぬほど可愛い!


「よ、よお!奇遇だな。お前、今日も自習してたんか」


「そうですけど……」


思わずぎこちない反応をしてしまう。別に、キュンとしたわけではない。断じて!


「また待ち伏せですか?そのストーカー気質、何とかして下さい」


「してねぇから!部活帰り、なう!」


(クソっ、上手く目が合わせらんねぇ!これは思わぬ奇襲だ!武士として一生の不覚。いや武士じゃないけど)


「さっきから何ジロジロ見てるんですか。変態からド変態にジョブチェンでもするんです?」


「朝日くんは、れっきとしたイケメンでーす。その辺のヤバいやつと一緒にしないでくださーい。そ、それよりもだな。お前に聞きたいことが……」


やはり情報は直接本人から聞き出すしかないだろう。当たって砕けろ。まず行動しないことには意味が無い。


「私とあの子の邪魔をしてまで聞きたい重要なことなんてあるんですか無いですよねさようなら」


どうやら猫との時間を邪魔したことを根に持っているようで、俺の前から即座に立ち去ろうとする。逃がすまい、と心和を追いかけた。


「あのさ、俺お前のこと全然知らねぇなって思って。色々聞きたいことあんだよ。誕生日とか、好きなものとか、男性のタイプとか……それ知った上で勝負に望みたいじゃん?だからさ、お前のこと、もっと教えてくれ」


「……」


「ということで、まず手始めに!一緒に帰ろう?こんなイケメンと下校出来るなんて、お前も運がいいな〜」


「……」


「おいガン無視はねぇだろ!」


「うるっさいですねこの野郎!着いてこないでください!」


余程邪魔だったのか、俺は野郎呼ばわりされてしまった。普段の口調を乱すほど、鬱陶しがられているようで、少し傷つく。


「言っときますけど、これツンデレでもなんでもないですから。私はほんとに朝日くんのこと苦手なんです。体が受け付けないんです!」


「じゃあ尚更、なんで勝負受け直したんだよ!気が変わったってのも嘘だったのか?」


「一週間経ったら保健委員をやめる条件を飲んでくれたので。その間君の奇行に耐えるだけなら、まあ。いいかなと」


「それはお前がキュンとしなかったらの話!俺はお前をキュンとさせるし、なんならゾッコンにする。『朝日くんちゅきめろ♡』って俺に執着するお前を見るのが、今から楽しみだよ!」


「ひょっとしてそれ私の真似してます?私そんな気持ち悪いこと言いませんから」


ダメだ。全く靡かない動じない。お前は不動明王かってくらいほんとに落ちない。そりゃあまあ、すぐに落ちてしまったらゲームにはならないけど。少しくらい照れる素振りとか見せてくれても……と思わずにはいられない。今のところ、心和の取り柄が笑顔だけしか見つからない。


「それに私、結構負けず嫌いなんです。ちょっとムカつく奴に一泡吹かせてやりたいなと思いまして」


「んだよそれ。俺のどこがムカつくってーの?」


「そういうところですよ。ほんとに学習しませんね君は。というか、帰り道こっちで合ってるんですか?私もう電車乗りますよ」


気がつくと既に最寄り駅の前まで来ていた。俺の家の方向とは真逆である。


「全然合ってない。俺なんで反対方向来てんだ?」


「はよ帰れ」


心和さん、お言葉遣いがなっておりませんことよ。仕方なし、今日は帰るか。結局成果は上げられず、撃沈。


「今日のところはこのくらいで勘弁してやる!だが、明日は俺も本気を出す。俺に惚れずして一週間後の朝日は拝めないと思え!ハハハ!」






――――――――――――――――――


と思っていなのだが。よりにもよってとんでもない奴に捕まってしまった。


「貴方、うちの後輩に随分と漬け込んでるみたいじゃない」


今俺は、最悪な状況下にある。一体、どうなってしまうんだ―――!?

















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