第1話 初恋の貴公子

朝とは憂鬱なものだ。仕事や学校へ行くためにわざわざ早起きして、支度を整えて、味わう暇もなく朝食を済ませたら家を出る。そうして眠気を堪えながら通学通勤……これを憂鬱と言わず何と言うのか。だが、しかし。人は目の保養になるものがあれば、「今日も一日頑張ろう!」と少しだけ前向きな気持ちになれるものなのだ。

例えばそう、「イケメン」とか。







「ねー見て見て!あれが噂の……」


「え待ってめっちゃかっこいい!」


「今日も美しすぎる!」


「彼女とかいるのかな?」


「俺、性別変えてくるわ……」



午前8時30分。一筋の光の如く舞い込んだ、一人の男子生徒。薄茶色の緩い癖毛が、朝の風に揺れる。人々はその容姿とオーラに釘付けにされ、目線を離せない。彼が一歩一歩進む度に、賞賛の言葉が浴びせられる。

その男子生徒がこの俺、朝日空あさひそらだ。


「朝日くん、おはよ♡」


「今日もかっこいいね♡」


おっと、早速取り巻きA、Bがやってきた。 こいつらはここぞとばかりに色目を使ってくる、カースト高めの女子。


「おはよう安藤さん、鍋島さん。かっこいいなんて、そんな。嬉しいこと言ってくれるね」


……なんてことを言ってみるが、自分でもそれは嫌という程実感している。


「またまたぁ謙遜しちゃって。ほんとは分かってるクセに〜」


「ねぇねぇ、今日の放課後一緒にカラオケ行かない?」


「カラオケなんかよりウチとアイス食べいこ?」


「いやアイスより……」


このように、取り巻きAB間で俺の争奪戦が繰り広げられる。結構な事だ。


「ごめんね、俺今日部活あるから」


「もう、それこの前も言ってたじゃん」


「残念。じゃあまた後でね」


そうして取り巻きは去っていく。毎日こう忙しないと、息をつく暇もなくて困る。

俺は靴を履き替え、下駄箱を開いた。

その瞬間、ドサドサっと何かが落ち、俺はそれを拾い集め、数を数えた。


「7、8、9……10枚か。今週の最高記録だな!」


それは俺宛に届いたラブレターの山。俺は毎朝この数を数えるのを日課にしている。初めて告白する、という子もいるが、基本リベンジする子の方が多い。特に凄い日は、俺に告白するための行列が出来る。そうしてついたあだ名は、「初恋の貴公子」。


「いいよな〜モテ男は。朝から幸せそうでさ〜」


と、後ろから僻む声が聞こえてくる。俺はモテているだけに、嫉妬されることも多々あるのだ。そういう時は……


「お前にも好いてもらえたら、俺はもっと幸せになるんだけどな」


「!な、なんだよ急に……」


「いや、俺としては、お前とも仲良くしたいって思っててさ。でも、今のままじゃダメみたいだし。俺、いつかお前に認めて貰えるよう、もっと頑張るから」


ここで渾身のウィンクを発動。これをすることによって、相手は硬直し、目が離せなくなるのだ。

そうして颯爽と教室へ向かう。これが一連の対処法である。これで小さないざこざも、万事解決。


「なんだそれ……クソっ、中身までイケメンかよっ!」


完全に落ちた。同性ですら魅了するなんて、俺ってばなんて罪な男。ごく稀にだが、俺は男子にも告白されることがある。なのでそこらへんの耐性はついているのだ。

階段を登りながら、貰ったラブレターを鞄に閉まっていく。と、ハートやレースの柄がついた可愛らしい封筒が多い中で、それらとは違った一つが目に付く。

真っ白な封筒に、四葉のクローバーのシールで留めてある、至ってシンプルな手紙。


「宛名は……心和瑞月こよりみづき?!これまた随分と意外だな」


心和瑞月は同じクラスの女子だ。あまり他人と関わらず、いつも一人でいることが多い。なかなか愛らしい顔をしているが、基本無口なため、比較的クールビューティな印象。なので心和が俺に好意を寄せているのは、少し意外だった。


「遂にあの心和も俺に……俺ってば罪な男だ。……ま、振るんだけどな」

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