すまない


 倒れた土市の上に跨って、狂乱したかのように炊飯器を振り下ろすすずりを思いっきり一蹴し、小池は事態を収束させた。


「イタタ……この野郎、ヤクザを舐めやがって……」


 起き上がった土市が凍りついた。


「動くな!」


 拓が立ち上がって、両手で銃を構えていた。


「動くと撃つ!」


 撃鉄を上げる。拓は鼻血を出し、鬼気迫る顔で銃口をタコ頭に合わせている。その一寸も動かない動きに、拓の言葉に嘘がない事が全員に分かる。


「あーあ」


 タコ頭が頭や顔に張り付いた飯粒を払いながらわざとらしいため息を吐いた。


「おもちゃだろうが何だろうが、そいつをヤクザに向けるっていう意味が分かってるんだろうな」


 咄嗟に動こうとする小池を手のひらで制して、土市が言った。


「命のやり取りって事なんだが!?」


「分かってる」


 据わった目をして拓が言った。


「すずりさん、こっちへ来て」


「やめろ、少年」


 小池が諭した。


「このままじゃ誰かが死ぬぞ」


「うるさい!」


 拓が銃口を小池に向けた。

 その瞬間、タコ頭がスーツの内側に忍ばせていたドスを目にも見えない速さで抜き、腰に構えて体ごと拓にぶつかっていった。拓の腹にちくりとした衝撃が走る。


「あ……」


 拓が自分を見下ろすと、腹に刃物が刺さっているのが見えた。異物が自分から生えているように見えた。


「へへ」


 タコ頭が邪悪な笑みを浮かべた。


「素人には手を出さねえトイチこと俺様も、銃を向けられたとあっちゃあもう勘弁ならねぇ。すまねえがそのまま倒れて、死ぬか生きるかてめえで決めろ」


 拓は引き金を引いた。


 乾いた破裂音がし、銃弾がタコ頭の足の甲を貫いた。


「痛え!」


 タコ頭が片足を抱えてぴょんぴょんと跳ねた。


「うわ、糞! いってええ!」


 拓の腹には確かにドスが刺さっていたが、それを抜き去り、セーターを上に捲ると分厚い札束がその侵入をいくらか阻んでいるようだった。


「拓、良かった……」


 すずりが心から安堵した声を漏らした。


「すずりさん、行きましょう。僕たちと一緒に来てください」


 すずりが頷き、ふらふらと立ち上がった。


「痛え、いてえよ、救急車、救急車だ小池! 早く呼べ!」


 小池がすずりの後ろについた。


「俺の不手際で兄貴が撃たれたとなっちゃ、もう俺がやる事は一つだけだ。申し訳ないと思っている」


 すずりの耳元で、小池が小さな声で囁くように言った。

 その小池に、拓が抜かりなく照準を合わせている。

「うん」とすずりが小さく言った。

 二人の声は拓には聞こえない。


「俺はお前を愛してた。正直言うと、今も愛している。だからこの先、俺がどうなろうと、我々がお前達を追うことはない。だから」


 ゆっくりと刃物がすずりの背後から吸い込まれていく。


「うまく生き延びろ。頼むから、生きてくれ」


「うん」

 目を瞑って、すずりは受け入れた。小さく唇が震えている。痛みはない。


「小池、救急車、救急車ぁー。血が止まんねえよ、糞!」


「すずりさん、行きましょう!」


「慌てなくていいのよ拓くん」


 すずりがゆっくりと踏みしめながら一歩ずつ歩いた。


「もう大丈夫」











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