突撃

「ありがとうございます」


 と言った瞬間、佐田は思い切り横にガラスの引き戸を開け放った。


「おらあ!!」


 虚を突かれた黒服が力づくで壁に抑え込まれる。


「動くな!」


 左腕で黒服の喉を抑え、鋏を目に突きつけ、佐田が叫んだ。


「拓、中行け!」


 拓が中に入っていく通路で、騒ぎに気付いたタコ頭と相対した。


「これはこれは」


 タコ頭がニヤけた。


「手間が省けた」


 後ろからすずりが這って出てきた。


「小野寺君! 何しに戻ってきたの!」


「すずりさんを助けに来ました」


 拓がすずりの血まみれになった顔を見て、怒りを抑えながら言った。


「すずりさんを解放してください。僕たちは、すずりさんと一緒に帰る事に決めたんです」


「帰るっつったって、どこに」


 タコ頭がヘラヘラと笑い、大声で黒服を呼んだ。


「小池!」


「はい!」


 玄関から声がした。


「余計な事言ったら、刺すぞ、目」


 佐田が鋏をさらに目に突きつけて脅した。


「一生、見えなくするぞ」


「お前、そのままじっとしてろ!」


 タコ頭が叫んだ。はい、と黒服が答えた。


「さて少年」


 タコ頭がパキパキと指を鳴らし、スーツの前のボタンを解いた。


「ヤクザ舐めんなよ?」


「待ってください、暴力は……」


 拓の口上虚しく、鋭いタコ頭のボディブロウが拓の腹に突き刺さった。そのまま口から何か液体が出てしまう。食らった事がない衝撃。そのまま頭突き、タコ頭の必勝パターンだった。この石頭で福島界隈の天下を取ったと言っても過言ではないのだ。


 拓は目の前が真っ暗になり、自分の血をたっぷりと味わった。怒りのような気持ちが沸々と湧いてくる。殴られた痛み、圧倒的な暴力、理不尽な空気。血の匂いが拓に思い出させる。あの何気ない通学路の一日を。


「あぁー!」


 拓は我を忘れてタコ頭に挑んだ。両手をむちゃくちゃに振り回して、まるで子供の喧嘩だ。タコ頭は冷静に距離を取ると、拓の左足に激しいローキックを叩き込み、体勢を崩したところにもう一度頭突きを叩き込んだ。鼻へのが一番戦意を喪失させるのをタコ頭は知っていた。血が流れ、見た目も派手だ。


「何だお前」


 タコ頭が襟を整え、倒れた拓に唾を吐いた。


「病弱か」


 その瞬間、タコ頭に大きな炊飯器が勢いよく振り下ろされ、さらに蓋がパカッと開いて熱々の白い飯が降り注いだ。


「あ、熱ッ! あっつ!!」


「何てことすんのよ!」


 すずりが倒れたタコ頭に馬乗りになり、炊飯器を何度も振り下ろした。


「ご飯を無駄にしないで!」


「無駄にしてんのはお前だろうが!!」


 タコ頭が熱々のご飯を振り払いながら、何とかすずりの炊飯器攻撃を交わした。


「小池!! 小池!! 助けろ!!」


 ◆


 佐田は鋏で黒服を威嚇した。


「動くなっつってんだろ! 目に刺すぞ!」


 はぁ、と小池と呼ばれた黒服はため息を吐いた。


「刺してみ」


「は?」


 身長はどちらも180を超えるが、筋肉に差があり過ぎた。おまけに佐田はここしばらくの不摂生な生活で、痩せてしまっていた。


 小池は胸板も厚く、腕っ節が強い。高校を退学させられる前は、先輩であっても柔道部の小池に敵う者はいなかった。順調にいけばエースになれるはずだった。しかし、教師のストレス解消とも思える理不尽な体罰に合い、それが恒常化し、ついにブチ切れた小池が反撃し、教師に半年の重傷を負わせてからは、ドロップアウトする一方の人生だった。


「刃物を人に向けたら、相手が死ぬか、自分が死ぬかでやらないといけない。刺すつもりがない刃物は動きで分かる。特に目の前にある場合はな」


 小池が佐田に言うが早く、膝が佐田のみぞおちにキマり、鋏が小池の目の下を少し傷つけて脇に落ちた。くの字になった佐田の首を叩き折る勢いで肘を振り下ろす。佐田は呆気なく倒れてしまう。


「だから、ヤクザに喧嘩とか売りたくなかったんだ……」


 佐田は悲しい独り言を呟きながら、仰向けに倒れた。


「悪いが、刃物を向けられた者は、きちんと向けた者に落とし前を付けてもらわにゃならん。目がいいか? 耳がいいか?」


「許してください……勘弁してください……」


 佐田が顔を腕で防御して懇願した。


「あっつ! 小池! 早く来い!! 助けろ!! アッツ!!!」


 奥から土市が自分を呼ぶ声がする。

 二人掛かりになってしまったのだろう。あの石頭の頭突きに叶うものはいないが(小池も頭突きを食らって失神した事があった)、惜しむらくは、頭が一つしかない事と、正面に居る相手じゃないと効果が発揮できないという事だ。

 小池は小さくため息を吐いた。


「すまんな」


 小池は鋏を手にすると、佐田の耳たぶを少しだけ斜めに切り落とした。佐田が絶叫する。


「ピアスは一生無理だが、これだけで済んでラッキーだと思え」


 小池は耳たぶの欠片を捨てると、通路に戻っていった。兄貴を助けなければならない。













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