抜いちゃダメよ

 三人で何とか車に辿り着くと、佐田は車を急発進させた。


「ちきしょう! 痛えよ! 俺の耳たぶ、半分ねえじゃねえか!」


 泣き声を上げながら佐田がハンドルを操った。


「僕も目の前がチカチカします。あのタコ頭、すっごい硬かったです。首が吹っ飛ぶかと思いました」


「ちげえねえ! 銃の撃ち方、調べておいて良かったな! ビバインターネット! インターネットさえあれば核爆弾だって作れるっちゅー噂は本当だったんだな!」


 緊張が解けた佐田がガハハと笑った。

 左耳たぶが欠損し、血も佐田の上左半身を濡らしていたが、興奮からか痛みはそれ程感じなかった。あの状況で生きて帰ってこれた事が奇跡に思えた。


「さあ帰ろう」


 佐田が気の毒なほどこき使われたエンジンに、さらにアクセルで喝を入れた。


「帰って何がしたい少年。いや、拓さん、と呼ばせてもらおうか」


 拓は鼻血を拭い、腹の切り傷にタオルを当てがって、少し考えた。


「 ──お母さんに会いたい」


「はぁ?」


 佐田は一瞬、拓が何を言ってるのか分からなかったが、それから大笑いした。


「ちげえねえな! じゃあ帰って、あのお母さんとお姉さんに、たっぷり土産話でも聞かせてやんな。あ、俺の事は悪く言うなよ。それは男と男の友情だからな」


 後部座席では、すずりが静かに座っていた。


「すずりさんは、何がしたいですか?」


 拓が振り返って聞いた。


「あたし?」


 すずりの顔が青白い。


「あたしは、病院へ、行きたい」


「行きましょう。その綺麗なお鼻が折れていたら、地球のいや、宇宙の損失です! 速攻で行きましょう!」


 佐田が大声を出して言った。


「いや、そうじゃなくて……」


 すずりが小さな声で反論した。


「刺されてるの、あたし」


 拓が振り返り、無理やり後部座席に移った。


「おい、バカ! 危ない!」


 拓はすずりの背後に目をやり、腰の少し上あたりから、ひょっこりとナイフの柄が飛び出しているのを発見した。白いニットのセーターにはその柄の部分だけ赤く滲んでいる。


「抜いちゃダメよ」


 すずりが弱々しく、目を見開いて動かない拓に言った。


「抜いたら血が止まらなくなるから。それから、出来るだけ遠くの病院に……」


 そのまま気を失ってしまった。


 拓が絶叫し、佐田が慌てて近所の病院を探し回った。







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