じゃあ、おいで

 拓はそのようにして謎を解き明かしたが、仕事に支障が出る事はなかった。注文を受けてダビングする際、動画をチェックしてもエレクトするような事態にはならなかった。実際のところ拓はその心配をしていたのだが、いざモニタ上でくんずほぐれつの闘いを観ても、拓の中心はウンともスンとも反応を示さなかった。あの異常なまでの興奮は恐らく一生に一度の確率で何かが噛み合った、偶然の産物に過ぎなかったのではないか。


「土下座作戦、成功だ」


 佐田が拓の背中を強く叩いた。

 拓は作業に没頭していて、気が付いたら佐田と、その後ろにすずりがいる事に気が付かなかった。


「見ていてくれたか? 俺の土下座作戦」


 佐田が自信満々に言い放ったが、拓はもちろんそんなのは見ていなかった。


「見てなかった」


「だろうな」


 クシャクシャと佐田が拓の頭を撫でた。上機嫌だ。


「これから、すずりさんのご自宅へ行きます」


「え?」

 拓が驚いた。


「だって仕方がないでしょ。やらせてあげるって言ったって、こんな汚い白バンの中じゃ絶対嫌よ。そんなの侘しくなるだけじゃない」


 よいしょ、っとすずりが車に乗り込んできた。安い、くたびれた白バンが揺れる。生活感溢れる白バンは足の踏み場もない、生乾きの洗濯物や、コンビニの袋、レシートが散乱している。


「さ、とっとと行きましょ」


「アイアイサー!」


 佐田が車を発進させた。時刻は夕方で、既に今日の予定は全て終わらせており、白紙のスケジュールとなっていた。もちろん、捨て身の土下座攻撃を予定していた佐田の計画通りだった。


「あ、ついでに、スーパー寄って。どうせまともに食べてないんでしょ」


 すずりが後部座席から乗り出して指示を出した。


「俺たち、ちゃんと食ってるよ。なぁ!」


 佐田が拓に同意を促した。


「ドリンクバーも付けてる」


「ファミレスの料理なんて栄養もクソもないわよ。何よ得意げに『ドリンクバーも付けてる』って。当たり前でしょう」


 拓がシュンと落ち込んだ。

 拓はドリンクバーが大好きなのだ。


 スーパーマーケットで降りると、しばらくしてからどっさりと食材を両手に抱えたすずりが戻ってきた。


「はい。じゃ、後は教えた通りに行って」


「はいはい〜」

 上機嫌な佐田が軽やかに発進させた。


「はいは一度でいいから」


「はい」


 佐田と拓が同時に応えた。


 ◆


 すずりの家は閑静な住宅街の端っこにある平屋の古民家だった。小さな庭があり、駐車場もある。庭はきちんと手入れがされており、小さな鉢植えが四、五個、縁側に置いてあった。


「結構遠いですね」


 佐田がハンドルを切り返しながら言った。


「海の方がむしろ近い」


「海に近いところがいいのよ」


 すずりが言った。


「あれですか、海岸で叫んじゃったりするんですか」


 佐田が茶化す。


「夕暮れの海で」


「殺すわよ」


 すずりが荷物を置いて先に降りた。佐田と拓がスーパーで買った品物を持って降りた。表札には「浅野」と深く掘られていた。浅野すずり、と拓は小さく胸の中で読んだ。いい名だ。


 玄関を上がると二つ部屋があって、どちらのドアも閉められていた。奥には食堂兼キッチンがあり、決して綺麗ではないが、ボロい外見に比べてみれば暖かく、快適そうに見えた。その奥には風呂場とトイレも見える。一人暮らしには広すぎるくらいだ。


「適当に荷物置いて」


 テーブルにドサドサと拓達が荷物を置くと、すずりはとっととコートを脱ぎ、たっぷりとしたセーター姿になった。床が冷たいのか、フカフカなスリッパを履いて、大きな冷蔵庫に食材を詰め始めた。


「じゃあ風呂でも入ってて」


「あ、はい」


 呆気にとられた佐田が手持ち無沙汰、という風に答えた。


「暖房も効かせておくから、体を綺麗にして、ご飯を食べてから始めましょう」


「えっと、何をですか?」


 佐田が一応確認した。


「何って、セックスでしょ。それしに来たんでしょ?」


 すずりが食材の下ごしらえをしながら、当たり前のように言う。ピーラーでジャガイモの皮を向きながら、明日の天気を言うみたいに。


「え、あ、そうなんですけど」


「風呂、二人で入っちゃって。結構広いから」


「え、拓と二人でですか」

 困惑気味に佐田が言う。


「そ」


「ちょっとなぁ……銭湯とかならいいけど……」


「何を恥ずかしがってるのよ」


 すずりが大きな胸を張って、佐田の方を向いて言った。


「これから三人でご飯を食べて、三人でセックスするってのに」


「え、えぇ……」


 佐田はドン引きしていた。拓はよくわからないが、風呂場へ行って、とっとと服を脱ぎ始めていた。


「すぐ暖かくなるから、ね。よろしく」


 佐田も、すごすごと脱衣所に入り、服を脱いだ。


「寒い」


 拓が震えていた。


「湯、出せ。回せ、レバー」


 佐田が脱ぎながら指示した。


「押しながら回せ。こっち見んな!」



 ◆


「俺たち、何やってんだろうな」


 佐田がようやく温まった湯に浸かりながらボソッと言った。拓はワシワシと泡だてた髪を揉み洗いしていた。


「あったけーなー、風呂」


 すずりが料理をしているのか、ガスの音がついたり、消えたりする。その度に拓が声を出さずにビクッとするので、冷たい水が出ているのが分かる。


「どうしよう、この後タコ頭が突然出てきて『おめーら俺の商品とタダでやれると思ってんのか100万払え!』って出てきたらさ」


 拓は洗髪していて聞こえていない。ビクッとする。水だ。


「でもさ、なんかすずりさんは悪い事しなさそうな気がするんだよな。おっぱい大きいし、可愛い声の雰囲気に騙されてるのかな。そういう、雰囲気で物事を見誤るって、よく有りがちだよな。本当は裏で人とか殺してるのかもな」


「何が?」


 拓がようやく佐田の独り言に気付いた。


「何でもねえよ! そろそろ代われ。茹だっちまいそうだ」


「うん」


 立ち上がる拓。前を隠していない。


「おい! ……ってお前、顔のわりに……」


「?」


「勝ったと思うなよ!?」


 拓は湯船につかり、身体が解けるような暖かさにため息をついた。









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