ぶら下がってるもの
拓は、銭湯で念入りに自分の体を洗った。
重たい射精の感覚が自分の中に残っており、それを思い出すとまた固くなってしまいそうだったので、意識を集中して泡だてたスポンジを身体に走らせなくてはならなかった。
顔射の謎が解けた、と拓は思った。
拓は、あのような現象が自分に起こるとは思ってもいなかったのだ。今では分かる。男という男は概ね全員がそれをぶら下げていて、排尿以外の場合はそれを固く長く変貌させる事が出来るし、しばしばそれは制御不能の現象下で射精を伴う。白濁を顔に掛ければ顔射、膣内に出せば中出し、口に出せば口内射精。全てが繋がった。
拓は隣で身体を洗っている老人の股間を凝視した。タオルで覆ってはいるが、不吉な闇に覆われた歴戦の勇者の影がそこにはブラブラとしている筈なのだ。思わず唾を飲み込むと、それに気付いた老人が咳払いをし、一つ席を開けて場所を移動した。拓は視線をあたふたと外し、シャワーを頭から掛けた。
◆
佐田は完璧に拓とすずりが「した」と思い込んでいた。
「羨ましい、どうだったのかお前は俺に説明する義務がある」
深夜のファミレスで佐田が言った。拓はいわゆる性行為には及んでいない、ただ手で出しただけなのだ、という事を説明したが、佐田はその言い分を信じなかった。
「いいや、お前はやっている。前とは面構えが違う」
「だから、何か急に硬くなって、痛くなって」
「うんうん、そうだろうな! あんなに可愛い子がボインボインの、ロリボイスだからな! そりゃお前、硬くもならあな!」
「で、出して、自分で処理できるかって」
「チュウは、チュウはしたのか」
「チュウ……」
拓はしばらく考えて、以前店でキスをした事を思い出した。
「した」
「うおおあーー!!」
佐田の雄叫びが響いた。
拓はそれからその記憶が以前の事だと気付いた。
「前にした」
「おいおい、舐めてもらったりもしたんか?」
拓はまたしばらく考えて、頷いた。
だがそれも前の記憶だ。
「マジかよ……嫉妬で気が狂いそうだ……殺してくれいっそ、殺してくれ!」
あ、と拓が気付いた。
「挟まれたりもしたけど、前にお店でやったやつだった」
佐田がワナワナと震えて塞ぎ込み、話を途中から聞いていなかった。
「神はどこにいるんだ、俺はこんなに頑張って働いているのに、拓のようなボンクラばかりいい目を見て、俺はドブネズミのように使役されゴミのように眠るだけ……神さま仏さま、俺にもロリボイスムチムチAV女優とエッチできる機会をください……」
拓はため息をついて、オニオングラタンスープを一口食べた。二人は稼ぎも良くなり、ドリンクバーを付ける事にも躊躇がなくなっていた。
「俺、土下座してみるわ」
佐田がバクバクと黒豚合挽きハンバーグを食べながら言った。
「お願いです、一発やらしてください!ってな。そうでなければもう、とても販売など出来ません! 一ミリたりとも、車を動かす事さえ出来ません! いっそのこと俺を殺してください! っつってな」
拓は首を傾げた。
「情けないと思うか?」
佐田は睨むように拓を見た。
「男っていうのはな、エロさを0コンマ1秒の世界で常に追い求めてるんだ。風が吹きました、パンチラはいそこに目線! 高校野球、はいチアガール良し! コミケですか、コスプレミニスカはい良し!」
熱っぽく佐田が語った。
「社会ってのはな、つまり男がイレイレしたくて金を稼ぐ為にあるようなものなんだ。エロが無ければ誰も勉強して権力を持って金を稼ごうなんて気にはなりゃあしない。エロ=金だ。金があれば綺麗なチャンネーを好きに出来る。ちょっとスクール水着を着てくれ、だとか、全部剃ってくれ、とか、身体中舐め回してくれ、だとかな、何もかもが思いのままだ」
拓が曖昧に頷く。
「そこでだ拓。俺たちには何がある?」
「最近、お金はある」
「拓、お前は社会を舐めてる」
がっかりした顔で佐田がうな垂れた。
「たかだか500万、600万は俺の言う金や権力の内には入らねえんだ。何か始めるにはいい金額だし、当面の生活には困らないだろうよ。だが、金持ちと言われるにはこう、もっと引力みたいに金を引きつけるシステムの構築が必要なんだ。俺たちにはそれはない。だが、いい女とやりたい。若さがある。そう、若さだ」
佐田が力説し、拓が頷いた。
「金も権力もない、ただの若い男が持ちうる最強の武器が、土下座だ。若者の権利だ。基本的人権だ。なにしろ土下座の素晴らしいところは、何度使っても金が減らないって事だ。それってすごくないか?」
すごい、と拓は同意して、デザートを頼んだ。
「プライド? 馬鹿野郎。プライドで女の子とにゃんにゃん出来るかっつーの。俺は土下座を信じる。いや、逆に言おう。土下座以外、信じない」
佐田のプランは早速実行に移された。
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