大艦巨砲主義

「Sあり〼」


 佐田のホームページトップに薄っすらと、小さなフォントで書かれた一文は売り上げを一変させた。注文は裏ビデオを焼いたDVDの売り上げと共に跳ね上がり、日々扱う金額は倍になっていった。佐田と拓は日々注文のメールを受けては車の中でDVDを焼き、ファミレスや定食屋で飯を食い、車で移動して販売をし、また夜はDVDを焼きながら車の中で重なるようにして眠った。


 拓は実家に毎日欠かさず電話を入れた。

「そろそろ帰ってこい」と言われていたのは最初の一週間ほどで、それ以降は毎日律儀に電話をする拓に免じてか、体調はどうだ、ちゃんと飯を食っているのか、とか、そうした会話がほとんどを占めるようになった。拓はあまり多くを語らず、言葉少なに自分が元気だと言うことと、心配しないようにという事を毎日伝えた。


 拓は毎日アダルトビデオを見ながらダビングを繰り返し、たまに妙な買い手(Sを併売するようになってから増えた)のあしらい方も分かってきた。妙にラリっている客がアダルトビデオの感想を語りだしたり、知識のひけらかしを始める事はしょっちゅうだった。アレを扱えだ、コレもすごいだ、拓にはどうでもいい事だった。どういう訳か、客は拓に良い印象を持つようだった。髪は長髪に近い長さとなり、髭も伸ばしたままの端正な顔立ちをしていたし、ある種の人々、通常の社会生活から逸脱した人々には、寡黙な拓から正しい誠実さを感じたのだった。拓はそうした人達の語りかけに、最初は真摯に耳を傾けていたが、注文が殺到するにつれ、客との関係は金と商品を引き替えれば、後は用済みになった。そうしたぶっきらぼうな態度は、違法な品々を取引をする者として正しい振る舞いとして捉えられた。


 白バンの金庫からは万札がはみ出し、DVDを焼くスピードが販売に追いつかなくなってきた。


 合法漢方薬「S」の補充は連絡役のすずりの担当だった。佐田が電話を入れると、プラダのクラッチバッグにSを入れたすずりが待ち合わせ場所を指定し、売り上げ金を入れた同じバッグと交換した。すずりは自身が出演している裏ビデオを流通させる事と引き換えに、店で体を売る事を免除されたのだった。土市としても、すずりの商品価値が下がるような安売りは避けたかったから、お互いの利害が一致した、といったところだった。もちろん、すずりをずっと暇にさせるつもりは土市には無かったが。


 すずりの裏ビデオ、つまりモザイク処理がされていないマスターテープは土市の切り札だった。すずりの弱みであり、すずりが唯一自由になれない理由だった。


「売れに売れて、DVD焼くのが間に合わないっすわ」

 佐田が嬉しそうに言った。

「良かったわね」

 冷たく言い放つすずりの目の前で、裏ビデオがダビングされていた。拓がモニターの前で付きっ切りになっている。時刻は夜で、すずりがパケと売上金を交換しに現れたのだ。


「もうちょっと綺麗にできないの?」

 生活感が隠しきれない白バンの中を見て、すずりが顔を顰めた。


「忙しくてそれどころじゃないんです」

 佐田が頭をかきながら言った。


「ちょっと、汗臭い」

 すずりが苦情を言う。え、と佐田は身体の匂いをすんすんと嗅いだ。すずりはため息をついた。


「銭湯あるから、そこで風呂入ってきて」


「えー、まだやってますか?」


 佐田が嫌そうに言う。


「やってるわよ。お願いだから行って」


 すずりはバッグからくしゃくしゃの一万円札を出して乱暴に渡すと、佐田はごそごそと後部座席を漁り、自分の着替えやタオルを引っ張り出してビニール袋に入れた。


「じゃあ行ってきます」


「場所分かる?」


「あの商店街ですよね、分かります」


「行ってらっしゃい」

 冷たくすずりが言うと、佐田はすごすごと銭湯に向かって歩いて行った。


「次は小野寺君だからね」

 そう言っても、拓はモニターの前から動かない。


「全くもう」


 白バンに上がり込んで、拓の隣に座った。

 拓は突然、いい匂いがするすずりが隣に座って驚いた。集中していたから、全然気が付かなかったのだ。


「すずりさん」


「さっきからずっと居たんだけどね」

 すずりが呆れて言った。


「気付きませんでした。あれ、佐田さんは?」


「銭湯行かせた。あいつ匂うっしょ」


「分からないです」


「小野寺君の鼻はぶっ壊れてるのよ」


 そう言ってモニターを一緒に眺めた。

 自分自身が出演している裏ビデオが映っていた。


「自分自身が出てるAVって、何やら感慨深いわ」


 すずりが吐き捨てるように言った。


「全く、男ってのはどいつもこいつも糞バカチン」


「これ、すずりさん何ですか?」

 拓が不思議そうに聞いた。


「小野寺君って、時々すごく面白いわよね」


 すずりが真剣な顔をして言った。


「あなた、話を聞いてるようで何も聞いてないし、分かってる風で、何にも分かっていないわよね。そういうのって物凄く腹が立つんだけど、ちょっと羨ましいわ」


 拓はモニターに映っている後ろから乱暴に突かれているすずりの顔を見て、それから隣に座っている生のすずりを交互に見比べた。イヤホンからは小さく、規則的に嬌声が聴こえていた。


「え、マジで知らなかったの?」


 すずりが拓の顔を覗き込んだ。

 その瞬間、


「あ、痛ッ」


 拓が股間を抑えて俯いた。


「え、何? どうしたの?」


「いたたたた」


「大丈夫?」


「ちょっと分かんないです」


「手、どけて?」


 胡座をかいた拓の股間から、はち切れんばかりの拓自身のデイダラボッチが出現していた。それは分厚いデニムの上からでもはっきりと形が見える程の巨砲だった。


「うわ、え、ちょっと」


 すずりは狼狽えた。


「小野寺君、君はその、アレだったよね?」


 すずりは不能、だとか、インポテンツという言葉は使わない主義なのだ。


「常に平常心を忘れない、と言うか、いきり立つ若者をなだめ続ける精神力を持った教授というか、その、性欲がないというか」


 それからチラチラと拓の主砲に目を何度かやり、ため息をついた。


「うっわ……でっか……」


「すみません」


 拓が謝った。







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