数万の


 佐田はラップトップPCを開き、次に行く場所を拓に伝えた。拓は地図を広げ、ナビゲートをする。これから先、二人にはそうした分担が自然と出来た。時折佐田は公衆電話に立ち寄り、ラップトップPCを接続して情報を更新した。拓はその間車の中で、次の目的地へのルートにあたりを付けたり、途中のコンビニで買った温め過ぎたブリトーや、甘ったるい缶コーヒーを飲んだりした。深夜のコンビニはとても懐かしい気持ちになった。だいたいどこのコンビニも深夜は同じ匂いがするものなのだ。


 二人はその後、二名にDVDを販売し、業務を遂行した。二人は奇妙な素ぶりを見せるでもなく、スムーズに金と品物を引き換える事ができた。ネット上で佐田と親しかったのか、拓を除いた二人でAVについて談笑するというような事もあった。


「これで今日の業務は終了」


 佐田が車を発進させて宣言した。時刻は朝四時を回っていた。


「初日に三名に売って、合計10万ちょいってところだ。中々の滑りだしだろう」


 拓は助手席でウトウトと船を漕いでいた。普段の就寝時間は夜10時で、とっくに限界を超えていたのだ。


「拓、寝るなら後ろに寝袋あるから、そこで眠れ」


 佐田は拓を揺すって起こし、ドアを開けて後部座席に移動させた。拓は佐田が用意していた青い寝袋に潜り込むと、拓は本格的に寝息を立て始めた。佐田はその隣でラップトップPCを開き、保存していたメールで次の注文を確認すると、棚からVHSを選び、積んでいた生DVDを機械にセットし、手慣れた手つきでダビングを開始した。小さなモニターにアダルトビデオが映り、小さな声が接続されたヘッドフォンから漏れて聞こえた。暗い車内に薄明るいモニターのチカチカとした光がぼんやりと満ち、佐田は最初毛布を被ってそれを眺めていたが、その内ウトウトと眠り込んでしまった。運転で随分と疲れてしまったのだ。モニターは最初のインタビューを流していた。注意深く耳を澄ませば、小さな音声が聞こえなくもない。


「……ふふ、屋上だとかぁ、あと、鍵が閉まってないマンションのショウルームで」


「へぇ、燃えた?」


 ヤマンバギャルのようなメイクをした笑顔の女の顔がアップで映っている。


「超凄かった。やめろって言ってるのに結局彼氏が止まんなくてえ」


(笑)


「勢い中に出されてマジぶっ殺した」


 車内は静かで、二人は深く眠っている。


 ◆


 拓は目を覚ますと、もそもそと寝袋から出て、車の外へ降りた。縮こまって眠っていたから、身体を伸ばすと気持ちがいい。見知らぬ土地の雑木林の入り口といったところで空気は冷たく澄み、鳥たちの声が大きく聞こえた。ずいぶん田舎に来た事が分かった。


 拓は自分が持ってきた小さいバッグから歯磨きセットとタオルを出すと、近くの水道で丁寧に歯磨きをし、顔を洗った。水はどこまでも冷たく、あっという間に目が醒めた。佐田はまだ眠っているのでそのままにし、次の目的地までの経路を調べようと拓はラップトップPCを開けた。メーラーを開けば、ローカルに保存したメールがある事を拓は学習していた。五件ほど未読のメールが溜まっていたから、待ち合わせ場所をチェックし、地図帳に赤いペンで印を付けた。全て福島県内で済みそうだった。拓は知らなかったが、佐田はホームページ上で自分のだいたいの居場所を公開しており、客は足が届く、その周辺の人たちしか受けないと明記してあったのだ。




 朝食は安いファミリーレストランで食べた。


「中々の稼ぎだろう」


 得意げに佐田が得た金をテーブルに広げた。


「拓君のひと月分以上の金にはなってるんじゃないか?」


「すごいです」


「だろう。これを繰り返せば我々大金持ち間違いなしだ。DVDはまだ始まったばかりのメディアだからな、値段が多少高くても、マニアのニーズは高い」


 佐田は朝からハンバーグだ。ドリンクバーは付けず、水をゴクゴク飲んでいる。拓は黒カレー。朝から美味いカレーが食べられて嬉しい。初日の稼ぎに気をよくした佐田はペラペラとよく喋った。


「俺のAVライブラリーは二十二本。これを客の注文でDVDに焼いて、デリバリーするっていうのが営業形態って訳だ。先に焼いておくのも良いが、録画するメディア、いわゆる生DVDはまだまだお高い。信頼できる会社のものしか使えないからな。一枚500円なんかの生DVDじゃ、録画したふりをしてクロージングに失敗したり、ダビングしたものの何も入ってない何て事もある。拓君、客として楽しみにしていたDVDが、なあんにも録画されてなかったら君はどう思うね」


「すごくがっかりします」


「だろう。安くない買い物だ。みんなシコシコしたくてたまんないからわざわざ高い金出してんのに、DVDを読み込めないなんて事になったら信用ガタ落ちだ。食い物とアダルトビデオの怨みは恐ろしいんだ。あっという間に悪評がインターネットに拡散して、商売あがったり。ネットは思った以上に狭いから。悪口なんて秒だ秒。秒で広がる、マジで。だから俺は一枚3000円のメディアしか使わない。そう考えりゃ、レアなAVで、しかもお客様の手元にまでお届けして一枚2万円だなんて、とても良心的だと思わないか?」


 拓は曖昧に頷いた。


「でもな、あまりにレア過ぎるDVDもあるから、内容を知らない人も結構いる訳だよ。内容をこう、上手くプレゼン出来れば、ついでにもう一枚か二枚買ってくれるかも知れん。内容とか、その作品のウリみたいなのを上手に書いてホームページに載せればもっと、いわゆる、客単価が上がる筈だ。だがいかんせん、俺は紹介が下手だ。知識はあっても文章が書けない」


 拓が最後の一口を運び、水をゴクゴク飲み干した。










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