ぐるぐる

 高速道路から降り、ぐるぐると辺りを車で走った。入り口周辺のラブホテルの建物を過ぎ、国道から一つ脇道に入ると、住宅街と田んぼが広がっていた。


「四丁目三番地の公園って言ってた」


 拓は地図を広げ懸命に場所を探した。高速を降り、二つ信号を通り過ぎてから、ミニストップを左に曲がって国道を……


「次、右」


「やるじゃん拓少年」


 夜も更け、人通りがない住宅街の道路をゆっくりと曲がる。

 確かにそこには公園があった。


「初めてのお客さんだ。拓、一緒に来い」


 白バンを道の端に寄せると、エンジンを切って佐田が降りた。手にはファミリーマートのビニール袋を持っている。


 ◆


 公園は小さく、ひっそりとしていた。シーソーと滑り台、ブランコが街灯に照らされて黒い影を地面に落としている。奥のベンチに人影があった。


「こんばんわ」

 佐田が声を掛けた。


 小柄な男に見えたが、暗がりではっきりとは分からない。

 キャップを被り、モコモコとしたジャンバーを着て、両手をズボンのポケットにいれたままこちらをじっと伺っているように見える。


「クリーニングお持ちしました」

 佐田が続けて言うと、男はゆらりと立ち上がった。やはり背が小さい。こちらへ歩いてきて、手を差し出してきた。


「お金が先ですよ」


「商品先見せろやぁ!」


 突然大声を出したので、拓と佐田はビクリと身体を震わせた。


「商品が先! 金は後! 常識じゃろがい!!」


「といってもDVDだからパッケージは」


「先見せろやぁ!」


 渋々佐田が商品を差し出すと、男は引っ手繰るように袋を奪った。


「中身は間違いないんか」


「牛田もこ・昇天天使の果てなきチン器なき闘いと、桜井瑠夏淫乱教師夏の陣草むらおろちょんど迫力ファックです」


 スラスラと佐田が言うと、男はじっと袋の中を眺めた。


「匂い嗅いでええか」


「構いませんよ」


 男は袋に鼻を付けると、スーハースーハーと匂いを嗅いだ。


「13000円ですけど」


 男は匂いを嗅ぎながら右のポケットに手を突っ込むと、剥き出しの札を差し出した。佐田はそれを受け取って、パチンと数えた。


「ありがとうございました」


 男はまだ無心で匂いを嗅いでいる。


「拓、行くぞ」


「う、うん」


 ジリジリと二人で後ずさって、公園を後にした。

 道路に出たら、二人は走った。すぐに乗り込む。


「何なんだよあいつ! 気持ち悪!」


 叫びながらエンジンを回す佐田。


「匂いって何ですか? DVDから匂いがするんですか?」


 疑問を口にする拓。


「する訳ねえだろ! ずらかるぞ」


 白バンは急発進した。


「は、は、まあいいや、金は取り敢えずもらったからな」


 スピードを上げて公園から遠ざかると、少し落ち着いた声で佐田が言った。


「何か大切なものを失った気がします」


「あ? 金がありゃ何とかなんだよ! 何も失ってないわ!」


 車はしばらく田園の中を走り、車内は沈黙に覆われた。


「やべ。お前家に電話しないと」


「あ、そうだった」


 拓が思い出した。


「家族に心配かけちゃいけねーからな。その後次の場所行こ」


「次の場所?」


「結構予約入ってんだよ。レアDVDを取り揃えてるからな。まだ十時だし、時間の余裕はある。電話ボックス探せ」


 電話ボックスは畦道の真ん中にあった。

 街灯が隣に立っていて、まるで舞台の装置みたいに見える。

 白バンを止める。

 佐田は外でしゃがみこんで煙草を吸い、拓は電話ボックスに入って小銭を入れ、番号のボタンを押した。外から見ると青かったが、中は蛍光灯が黄色かった。


「もしもし」


 数回のベルで姉の声が聞こえた。


「もしもし、拓?」


「そう」


 拓は答えた。


「旅館は着いた? ご飯食べた?」


 拓は周囲を見回した。田んぼしか見えない。隣でうんこ座りをしてタバコを吸っている佐田が見える。


「食べた」


「何食べたの?」


「お父さんとお母さんは元気?」


「あ、元気よ。変わろうか」


「 ──拓? 拓?」


「うん」


「ちゃんと暖かい格好してるの? 道迷わなかった?」


「うん」


「良かった。楽しんできてね」


「うん」


「じゃあそういう事だから。佐田さんによろしくね」


「うん。おやすみなさい」


「おやすみ、拓」


 受話器を置くと、小銭が落ちる音がした。拓はそれを大切に取って、パーカーのポケットに入れた。少し冷える。


「終わったか?」


 電話ボックスから出てきた拓に佐田が声を掛けた。


「終わった」


「どうだった」

 タバコの煙を吐き、足踏みをしながら聞いた。


「みんな元気だって」

 初めて電話線越しに聞く姉の声が、他人のように聞こえた。公衆電話の受話器が耳に当たると冷たかった。電話ボックスの中は落ち着いた。何となく、旅館に着いたって嘘をついた。そうした事を拓は言いたかったが、何となく言わなくても良いような気がした。これは、自分だけのものだ。


「そりゃそうだろ、まだ出発して一日も経ってない。突然入院とかされてたまるかっつーの」


 ピン、とタバコを田んぼに飛ばして、佐田は立ち上がった。


「じゃ、次行こか。そしたら飯食って、どっかで休もう」


「どっか?」


「どっか。何のために大きな白バンを借りてと思ってるのかね、君ぃ」









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