サービスエリア

 佐田が眠い、と言い出したので、サービスエリアで休憩をする事にした。


「何でも食いなよ、今日は俺が奢ってやる」


「ありがとうございます」


 拓もずっと座って、曲がり続けていた腰を前に伸ばしながら礼を言った。


「ここのサービスエリアはな、麺類が美味いんだ」


 食券機に札を数枚入れ、佐田は天ぷらうどんの大盛り、拓はしばらく悩んで、カツカレーを頼んだ。


「俺、麺類が美味いって言ったろう?」


 佐田は不満そうだった。拓はカレーライスが大好きなのだ。


 席に着くと、二人は食べ始めた。既に夕方となっており、大きなサービスエリアだから多くの人が夕食や軽食を求めて訪れていた。


「どうよ、美味いか」

 佐田が拓に聞いた。


「美味しい」

 拓は腹が減っていたので、ガツガツと食べて、水を飲んだ。


「そうだろう。サービスエリアの食い物っていうのはな、何だか知らねーけど美味いんだ。高いし、食器は囚人みたいなやつだし、煙草臭いし、正直ロクでもない場所だしロクでもない食いもんだ。だが、美味い。何故か分かるか?」


 拓は首を横に振った。


「非日常と空腹が俺たちのスパイスなんだよ。いつもと違うことをする、いつもと違う場所で何かを食べるってだけで、もうそれは一つの思い出なんだ。これから拓、お前はサービスエリアを通る度に『ああ、あのカツカレー、美味かったな』って思い出すんだよ。それが旅の醍醐味ってもんだ」


「なるほど」


「てな訳で俺はちょっと寝るぜ。少しばかり早起きしたせいで、瞼が閉店閉店〜つって、早めの店仕舞いだ。ちょっと眠ったらすぐスッキリするからよ、適当に見て回っててくれ。ちゃんとこの席に戻って来てくれよ、連絡手段がないんだから。インフォメーションで呼び出すような恥ずかしい真似はさせんなよな」


「わかった」


 拓は頷くと、トレイを持って席を立った。

 小便がしたくてたまらなくなったのだ。


 食器を戻し、長い小便を済ませると、サービスエリアの入り口の前に立って人々を眺めた。大勢の人達で賑わっており、車はひっきりなしに右から来て、また左から去って行った。夕陽を受けて、車のボンネットはキラキラと綺麗であったし、大勢の人達をつぶさに見ているだけで、拓はいくらでも時間が潰す事ができた。


 それからふと、アダルトビデオの事を思い出した。

 眺めている景色には大勢の男女、子供がいた。年代も幅広く、若いカップルから熟年の夫婦まで、バラエティに富んでいた。


 拓は試しに、目の前を歩いているカップルが裸になって、ベッドの上で抱き合っている姿を想像した。男性は中肉中背、女性は背が低いが、胸が大きい。拓は目を瞑って、一生懸命アダルトビデオの内容を思い出そうとしたが、しかし、目の前のカップルが歩き去る間、どうしてもその二人が仲睦まじく、重なっている場面を想像する事が出来なかった。


「こういうのはね、みんなそれぞれが隠れて見たり、その、する事なのよ」


 不思議なものだ、と拓は思った。


 それから突然あれがやってきた。

 周囲の景色が色彩を失い、顔が冷たくなり、唇が軽く痺れた。脳裏にフラッシュバックする悲鳴と、大人の怒鳴り声。アスファルトに滴る黒い血。拓の視界は既に暗い。激しい動悸がする。いくら空気を吸っても、酸素が体に行き渡らない。吸って、吸って、肺がパンパンになってもさらに体が空気を求める。苦しい。


 拓はその場でしゃがみこみ、発作のような苦しみに耐えた。

 誰かが何度か声を掛けてくれたような気がするが、分からない。


「ねぇ、大丈夫?」


 特徴のある女性の声と共に、冷たい手のひらが首筋に差し込まれた。額にも手を当てられ、心配そうに正面にしゃがみこむ雰囲気があった。拓は固く目を閉じ、体育座りの自分の膝の間に顔を埋めているので顔は分からない。アニメみたいな声だ。


「ほっとけよそんなの」


 面倒くさそうな男の声もする。

 拓はそういう扱いになれているから、どうも思わない。


「駄目よ苦しそうじゃない。パニック障害かな?」


「知らねえよもう放っておけよ行こうぜ早く」


 苛立ちを露わにする低い男の声。


「あー、どうしよう。うーんと」


 ガサガサと音がする。


「これ、口に当ててゆっくり息吸って」


 膝の間から無理やり口に何かをあてがわれる。反射的に拓がそれを支える。


 桜と香ばしいパンの匂いがする。


「行くぞおら」


「待ってもう、これ食べてよ持てないから」

 正面の影がなくなり、女性が立ち去る雰囲気がある。


「いらねえよ、さっき食ったばっかりだろ」


「ねぇ、お願いったら」


 二人の声が遠くへ行ってしまう。

 拓は紙と桜あんぱんの匂いがする紙袋を口に当て、ゆっくりと息を吸ったり吐いたりした。脳の奥から聴こえていた重低音が徐々に止み、じんじんと唇も温度を取り戻してくるのが分かった。


 紙袋を外し、だらしなく手足を伸ばしてハァハァと息を整えていると、佐田がぶらりとやってきた。


「よ、探したぜ。そろそろ行こうや」


 拓が何とも言えない表情で地面から見上げた。


「お、桜あんぱん買ったの? ここの名物だけどイマイチなんだよなぁそれ。高いだけで」



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