てな訳で

 白いバンは高速に乗って、快調に飛ばした。

 少し高い運転席と助手席からは見晴らしが良く、二人のテンションは上がりに上がった。


「いやたまんねえなおい!」

 煙草を咥えたままハンドルを握る佐田が大声で叫んだ。


「俺たちは、自由だ!!」


「自由だ!」


 拓も大きな声で叫んだ。

 開け放しの窓からびゅうびゅう風が入ってきて、流石にくわえ煙草も危なくなったので窓を閉めた。拓もそれにならって、窓を閉めた。上がりっ放しだったテンションもそれと共に収まった。


「拓の姉ちゃん、綺麗だったな!」


「そう?」


「中々の上玉だ! 俺、ちょっと好きになっちゃいそうだったもん」


「ふうん」


「興味無さげだな。まあ俺だって友達のお姉ちゃんに手を出すような鬼畜じゃねーよ」


 拓は景色を眺めて、疑問を口にした。


「これからどうするの?」


「良い質問です!」


 佐田が大声を出した。

 明らかに楽しんでいる。旅を、今という時間を、という風に。


「僕たち・私たちは、エロDVDの移動販売をします!」

 そう、卒業式の口調で宣言した。


「エロDVD?」

 拓が軽く首を捻った。


「アダルト・ヴィデオを販売するのでーす!!」


 HHOOOOOOO!!


 もはや立ち上がる寸前という風にめちゃくちゃに頭を振り回し、佐田のテンションはMAXに到達した。あぶない、あぶない、と小さな声で拓がハンドルを押さえた。


「拓ぅ! 飯島から借りたAVは持ってきたかぁ!?」


「ここにある」


 拓は小さなボストンバッグを開き、大切そうにビニールでくるんだVHSテープを出した。


「YES!! そいっつぁ世にも珍しい『南條ホタル』デビュー前つまり! 素人時代に流出した貴重なVHS! VHS!」


 イエーーイ! と腹の底から咆哮する佐田。


「そいつを機械に入れて、入れ入れ、焼き焼き、をすれば何と、俺たち、大金持ち! ザ・リッチマン!? エーンド、リッチメン!!」


「入れ入れ? 焼き焼き?」

 拓にはさっぱり分からない。


「後ろのカーテンを開けてみな」


 振り返って、後部座席に続くカーテンを開けてると、後部座席は全て取っ払われており、小さなブラウン管モニターが二つ、オーディオコンポのようなメカメカしい機械が鎮座していた。周囲には棚、そしてそれを埋め尽くす黒いVHSビデオ。ご丁寧に座椅子と寝袋も奥に見える。簡易的居住スペースと言ったところだった。


「すごい」

 思わず拓が呟いた。


「だろう?」

 煙草を吸いながら得意げに佐田が言った。


「中々のコレクションだろう。全部飯島から仕入れたレアもののエロビデオだ! 今はもうVHSは古い! 散々ダビングするから画質は落ちるわ、保存も黴びてしまったらもうおしまいだ。この保護すべき文化遺産を我々は残さねばならない! 子供から孫へ、そしてひ孫へと!」


 拓は呆気に取られている。


「どうする拓ちゃん? 保存したいの、どうするぅぅ?」


 苦しげに佐田が聞く。


「分からない」


「そう! 9年間引き篭もった小野寺拓には分からないのであります! VHSから進化した、DVDという文明の利器を! ジャジャーン!」


 拓は少しイラッとした。


「DVDって何」


「拓ちゃぁん! DVDっていうのはCDみたいな形をした映像を記録できるメディアの事さぁ! 今、PS2がガンガン出て、もう時代はそう、DVD」


「ふうん」


 拓には興味が湧かなかった。


「拓ちゃあん! これから君にはガンガン焼いてもらうから! VHSをDVDに! 寝ずの当番になるやも知れないが、これも我々が億万長者になる為の試練。美味しいエピソード作りの一環! 想像してみろ拓。お前が十年、いや二十年後、NHKか何かのインタビューを受けんだよ。


『小野寺社長! 破竹の勢いですね!』


 そこで拓はこう答えるんだ。いいか、間違えるなよ。


『ハタチ前、エロDVDを苦労して売り歩いた甲斐がありました。え、具体的なタイトルですか? 激烈爆乳! 南の国の痙攣鬼畜揉み! 初めての白濁シャワー!です。当時レアでしたから、飛ぶように売れましたね』


 完璧だ!」


 拓は呆れて座席に背中をつけ、至極真っ当な疑問を口にした。

「野菜みたいに『DVD〜、エロDVDいかがっすか〜』って売るの?」


 佐田は真面目な顔をして拓の顔をみた。

「拓、それホント天才。頭良い。そのアイディアもらい。って……」


 しばらく溜めたあと、


「 ──んな訳ねぇー!! 野菜や物干し竿じゃないんだから、んな訳ねぇー!!」

 大声で喚いた。拓は両耳を指で塞いだ。


「拓ちゃぁん! 俺と一緒に来てよかったな! そんなんじゃ、あっという間に社会の豚に食われて死んでたよ!」


「ちょっと声の大きさ下げてください」


 拓はお願いした。


「インターネッツ!」


「インターネット?」


「そう。まさにこの世の中は産業革命以来の大改革! 情報革命! ユビキタスの時代! パソコンさえあれば、お店など不要不要、不要ー! 既に数名の客とコンタクトを取ってある! 今はまさにそこへ向かっているぅ!」


「静かにしてください」


「拓ぅ、俺たちは時流に乗って、最速・最短で大金持ちになって帰るんだ! 持ってきた生メディアを全部焼き尽くせば、そして売り尽くせば一千万円はかたい!」


「一千万円……」

 拓にはよく規模が分からない。しかし大金である事は何となくわかる。


「俺たちで山分けって事だよ拓ぅ。500万だか600万だか知らねえが、それだけ元手があれば何か始められるだろ、な」


 バンバン、と佐田が拓の背中を叩いた。


「見ろ拓! この先の道は、俺たちのビクトリー・ロードだ!!」


 車は快調に飛ばす。




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