拝啓


「旅に出ようと思ってる」


 拓が夕食を食べながら切り出した。

 両親と姉・優子は一斉に拓を見やった。


「旅って、あれか。どっか行くやつ」

 父が動揺して普通の事を言い放った。


「どっかって、どこよ」

 姉・優子も少し動揺している。


「旅ね、うん。旅はいいわよ、旅。ね、うん」

 母も動揺して、笑顔が引きつっている。


 そのまま食事はカタカタ、かちゃかちゃという食器の音だけを発して進んだ。


「明日出る」


『明日!?』

 拓を除いた全員が大きな声を上げた。


「ずず、ずいぶん急だな、うん」

 父が狼狽えた。


「誰と、どこへ行くの?」

 姉・優子だけが現実的に捉えていた。母は口から魂が抜けかけているように立ち尽くすだけだ。


「佐田さんと、北のほう」


「ざっくり過ぎる」

 姉が呆れたように言った。


「佐田さんが行こうって、拓を誘ったの?」


 コクリ、と拓が頷いた。


「何泊するの?」

 母が辛うじて質問した。


「二泊三日?」

 拓はあらかじめ佐田に「いいか、二泊三日って言うんだぞ」と言われた通りに言った。


「アルバイトはどうするの? 最近たくさん入ってたじゃない」

 姉は現実的だ。


「休む。他の人が入ってくれる」


 拓の脳裏にはあの連絡ノートが浮かんだ。


 ◆


【拝啓、糞どもへ】


 おはようクソども。

 元気にクソしてクソ出勤か?

 ご苦労。


 このクソコンビニ最長老・最長勤務として君臨していたアルバイトの佐田だ!

 おいお前ら、よくも俺の事をこき使ってくれたな。

 掃除だの返品だの両替だのあんだのかんだの。

 思わず真面目に勤めちゃったよね・・・ありがとう・・・


 じゃねえんだよ、ボケが!!!!

 すっげえ暖かかったじゃねえか・・・みんなとの交流が・・・


 じゃ、ねえんだよ、クソが!!!!!

 NHKか!!!!


 オーナーが、よりによってこの俺様に「レジから金抜き取り疑惑」の聴取をしやがりつかまりました。いやぁ、人間あそこまで醜くなれたら本望じゃねえかってくらい口が臭かったです!ドブとかの方がマシだわ。


 暖かい君たちのチクリに超絶感謝です!!!


 お前らだってちょこちょこやってんじゃねーか。

 俺様はそういう卑怯で姑息なカス野郎と一緒になりたくねーから



 全部ゲロしてきたわ!!!



 ざまぁーーー!!!!!!

 ●崎がコンドームパクった事も

 ●島が募金の金ちょろこました事も

 ●山が彼氏連れ込んでバックヤードでずっこんバッコンしてた事も


 ありとあらゆる情報を全て垂れてきてやったぜ!!!!!

 オーナー顔面ブルーレイだったよね。

 これから電話するとか言ってたから、ざまぁって言っておくから。

 汚物ちゃんたち、警察に捕まったら差し入れしに行くね!!!!!

 アディオス!!!!!!(大きな巻きグソの絵)


 PS 死ね●山!

 ブーース!!!!!



 小野寺拓です。

 短い間でしたが、とても楽しく、有意義な労働でした。

 寒くなりますが、みなさんどうか身体に気を付けてお過ごしください。

 本当にありがとうございました。


 ◆


 後日、この連絡ノートにはひとつだけ返信が付いていた。


「↑こういう事なんで×川頼む。シフト代わってくれ」


 ◆


「お金はあるの?」

 姉が眉をひそめて心配を見せる。


「もらったお給料は一円も使ってない」


 封筒をポケットから取り出して、テーブルの上に出した。


「9万8千423円」


「よく頑張ったな、拓、えらい、偉いぞ」

 父が薄っすらと涙を浮かべて拓を褒めた。


「確かに頑張ったけど、友達と一緒に旅行へ行くって……」

 姉は口をつぐむ。正しいことか、正しくないことか、判断が付かない。急過ぎるのだ。


「友達……?」

 拓がポカーンと口を開けて姉を見た。


「友達でしょ? その佐田さん?、とか言うコンビニバイトで知り合った人」


 拓はしばらく真顔で姉の顔を眺めていたが、それから少し嬉しそうに

「ともだち……」

 と小さな声で呟いた。

 姉はその様子を見て不安に名前をつける事が出来た。つまり、


「佐田という人物が、弟を悪い事に引き摺り込む悪いやつだったらどうしよう」


 という事だ。声に出してはっきり言う事だって出来る。だが、拓にとって、社会に出て初めて出来た友達をあからさまに疑う事は良くない事のような気がする。


「拓、お姉ちゃんに、その佐田って人を会わせて」

 父と母は何も言わずに聞いている。姉はこの家庭で一番のリアリストだし、何かがあればすぐに仕切る頼り甲斐のある長女なのだ。


「いいよ」


 拓はすぐに答えた。

 姉はホッと胸を撫で下ろした。

 あたしは社会生活がそれほど長い訳じゃないけど、人を見る目は少しはあるはずだ。 ──一瞬、不倫相手の祐介が頭をよぎる。あいつは別。心が無防備なところに付け込まれたに過ぎない。いわば事故、そう、事故だ。


「明日の朝、うちに来る」


「は!?」


 家族全員が大きな声を上げた。

 拓はお金を仕舞って、湯呑みに注がれていた茶を両手で飲んだ。熱くて、うまい。





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