戦士
拓はコンビニのバイトに邁進した。誰かの役に立てるというのは拓にとって新しい世界をもたらした。出勤をすれば定められたルーチンワークをきちんとこなし、制服は可能な限り清潔に保った。ひとつひとつ、決められたことを、順番を抜かすことなく、正しく処理していく事は楽しかった。窓を拭くのも、品物を補充する順番を考えるのも、スナック類をフライヤーで調理するのも得意になった。アルバイト同士の間で連絡事項を引き継ぐノートで、曜日や時間の関係で、顔を合わせたこともない人の落書きを見るのも新鮮だった。こんな具合に。
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11月●日(×) 特に連絡事項はないですが、懸案の常連キャバ嬢Mと今度ディズニーへいくことになりました。とても楽しみですざまあみろ灰色の道程くん達wwww
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やつは整形病気もらってどうぞ
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かわいそう(憐れみ)
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ディズニーとかベタ過ぎて逆にお前が道程
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店長にコンドームパクった件チクっておくから
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11月●日(*)
■日、パチンコ女王で新装開店だから休みだれか変わって
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人間のクズ
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クズでいいからかわって頼む
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いやです死んでくださいどうぞ
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11月▲日(●)
・●●さん、冷蔵の温度点検と定期送信やってありませんでした。今後気を付けてください。つか何度言えばわかるんだカス
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今度やらせてください頼む
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死ね ←ご褒美 ← シネ
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先っぽだけ ←先っぽ、だと思ったら全部でした← コロス
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死ね。全員死ね
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11月▲日(●)
新人が入るらしい。新人×日シフト代わってくれ!!
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新人君ちゃん気にしなくていいですこいつクズだから
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マジころす
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などと言うテスト
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11月▲日(×)
運送遅延です悪いけど雑誌よろ
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サボんなカス
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サボってねーわ
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11月◎日(●)
客こねー(ドラえもんの落書き)
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(ドラえもんの落書きに巨根を付け足した形跡)
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うわリアル
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「お前も書いてみたらいいじゃん」
佐田が興味深そうに連絡ノートを眺めている拓に言った。
「連絡事項は何もない」
「よく見ろよ、そのノートのどこらへんに連絡事項が書いてあんだよ」
佐田が笑いながら言った。
「みんな暇つぶしにテキトーに書いてんだよ。シフトも固まってるし、顔あわせないやつも多い。知らない間に辞めてた、とかもしょっちゅうあるしな、書き捨てだ書き捨て」
「何を書けばいいんですか」
生真面目に拓が聞いた。
「そうだな、新人だし自己紹介とかでいいんじゃねーの。便所掃除終わらしたか?」
「あ、はい」
「よしよし。両替は?」
「やってあります」
「よーし、少年。ほんじゃ糞労働するか」
腕を回しながら佐田がバックヤードから出て行った。拓はしばらくノートを眺め、周囲を見回し、胸ポケットからボールペンを出して書き始めた。
◆
11月●日(×曜日)
はじめまして、小野寺拓と申します。
ご挨拶が遅れまして大変申し訳ございません。
初めての労働なので、日々佐田さんの元で勉強をさせていただいております。何か不備がありましたら、教えて下さい。今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。
◆
拓は何度も自分が書いた文章を読み返し、妙なことを書いていないか確かめた。漢字は大丈夫だろうか。しかし確かめる術はない。時折、ローカルラジオにメールを投稿する以外、身近な誰かに向けて文章を書いた事がなかったから、拓はモジモジとしたこそばゆさを胸に感じた。誰かがこれを読み、返事をくれるのだと思うと、何度自分の文章を読み直しても飽きなかった。
拓はしばらくそこでじっと文章を読み返していたが、やがて業務に戻った。コンビニのアルバイトに暇という文字は無い。
◆
上がりの時間になり、ロッカーで着替えてもう一度連絡ノートを確認すると、拓の似顔絵が描かれていた。かなり誇張したリアルな陰影を付けた似顔絵で大汗をかいており、その下には「小野寺拓(19)」、漫画風の吹き出しには「初めてなので優しくしてください」と書かれていた。拓は顔が真っ赤になるのを感じた。これを描いたのは佐田で間違いない。佐田から見た自分は、こういう顔をしているのだ、と思った。自分では気付かなかったが、必死だったから知らない間に汗をかいていたのだろう。口がへの字になっているし、目は死んだ魚のように黒い。真顔が真顔に過ぎる。面接の時に店長に言われたのは「笑顔、笑顔」だった。笑顔さえ見せていれば何とかなる、と、拓は思い出した。拓は笑顔を作ってみた。
最初は口元からだ。
口の両端を上げる。とても重たい。普段使わない筋肉だから、目の下がピクピクと痙攣するのがわかる。上がらない。左の口の端からあげてみよう。いける。こういう顔をしている芸能人をテレビで見た事がある。次は右。鼻と一緒に上がってしまうが、止むを得ない。眉はどうする? 眉尻を下げるのが正解のような気がする。参考にしようと、壁にポスターを探すが、無い。カレンダーに美少女アニメ調のキャラクターが描かれている。その目は閉じて、眉は目尻と同じくらいのところまで垂れ下がっている。これだ、と拓は思う。やってみよう。顔の痙攣がすごい、止まらない。
そこにガラッとドアを開けて佐田が入ってきて、拓の笑顔の練習を目の当たりにした。拓は慣れない筋肉を使ったせいで急に戻せないままでいた。
「うわ、キモ!」
◆
後日、拓が書いたノートに返事がついていた。
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労働、ウケる
佐田くんの責任は重い
新人くん、シフト代わってくれ
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