妙な家族だな

 佐田が気持ちの良い昼下がりにコンビニ商品の品出しに精をだしていると、入店の音楽が聞こえた。


「いらっしゃいあせ〜」


 適当に声を上げ、せっせと菓子類の補充作業に戻ると、入り口あたりで大人が三名ほど、キョロキョロと店内を見渡していた。佐田は分かっていた。そういう動きをするのはトイレを探している行きずりの者の動きだ。中には、たまに礼として商品を買っていく者もいるが、返って迷惑だと声を大にして言いたかった。コンビニのトイレの使用は無料だし手間も掛からないが、俺にレジを打たせるのは立派な使役行為にあたる。コンビニの売上が上がったからと言って、俺の給料が上がる訳ではない。しかも、ちゃんとその手は洗ったのか、という不安もダイレクトでやってくる。イコール、とっとと小便をこいたらとっとと出て行けという図式が出来上がる。小便スーン、ゴーアウトスーン。佐田は英語が苦手だった。


「すみません、お忙しいところ。ちょっとお聞きしたいんですけど」


 はい、と佐田が顔をあげると、少し上品そうな身なりの良い女性だった。トイレの場所が分からなかったのだろうか。しかし入り口からすぐ目立つところに大きくトイレの矢印をぶら下げてある。佐田としては「使ったら何も買わずにそのまま帰れ」と付け足したいところだが、そういう訳にもいかない。というか、客は看板など見ない。すぐに店員に聞いてくる。そう、こうして作業中であっても御構い無しに。


「実は私の息子が、あなたからこれをもらったって言ってたんだけど……」


 女性の後ろには先日倒れて、介抱(というには乱暴すぎるが)してやった男の子と、綺麗な若い女性が無表情でこちらを見ていた。佐田はあの少年がネグレクトされている可能性を捨てていなかったので、やはりそうか、と一瞬事件を覚悟したが、声を掛けてきた女性は全然悪い人に見えなかった。困ったな、何て答えれば良いんだ。


「ええ、まぁ差し上げましたけど」


「そうですか」


 女性は安堵の顔をした。これで正解だったのだろうか。佐田には分からない。


「もしよろしければ、何故息子にこのパンをあげたのか教えてもらえますか?」


「えっと、それは」


 佐田は、何故そんな事を聞くのだろう、と訝しんだ。何かアレルギーでもあったのだろうか。それとも少年が何か分からない事情で疑われていて、その確認をしにきているのではなかろうか。例えば……カレーパンを持って帰ったせいで、アリバイ的な何かが崩れるとか? カレーパンが崩すアリバイって何だ? わからない。何となく、少年が倒れた事は伏せておいた方がいいような気がした。


「万引き犯を教えてくれたんです」


「え?」


「昨日の夕方くらいかな、少年が品出しをしてる僕のところまで来て、『あの人が万引きしてますよ』って教えてくれたんです。それで、その、万引きをやめさせる事ができました」


 我ながら厳しい言い訳に聞こえるかな、と佐田は内心汗をかいた。当然、女性は驚いた顔をしていた。少年は喋るのが苦手そうだったし、人見知りをするタイプに見えたから、滅多に人に話し掛ける事がないのかも知れない。失敗した。嘘がバレてしまう。そうなる前に塗り固めるのだ、嘘を。一度しかつかない嘘は単なる嘘だが、100万回続けた嘘は真実になる。確か、そういうような事を歴史の偉人は言っていた。ような気がする。気がしなくもない。


「確か、デラべっぴんだったかな、いや、桃クリ〜ムだったかな? とにかくそういう系統の雑誌をどっかの男性がバッグにこう、詰め込んでるところを僕も目撃しちゃいましてね。それで『コラ!』って言ったら、『ひえ』っつって、『ヒョエ!』だったかな、逃げて行ったんですよ。信じられませんよね、普通エロ本とか万引きしませんよ。だって見つかったら『ほうほう、君はスクール水着が好きなのか』とか『熟女か、分かってるね君ぃ』とか、交番でオマワリに性癖バレバレですよ。そんなリスクを負うくらいなら、バーン金払って思う存分おうちでお楽しみになった方がずっと良いと僕は思いますね奥さんはそう思いませんか?」


「デラべっぴんて何ですか?」


「成人雑誌です。いわゆる、エロ本です」


「あらっ」


 後ろで若い女性(姉だろうか?)が苦笑いをしていた。隣の男の子はポツネンと立っており、会話も聞いていないようだった。


「それで、お礼に廃棄のパンで申し訳ないけどって言ってその男の子にあげたんです。……な?」


 男の子が目をこちらに向け、コクリと頷いた。それで良い。


「事情が分かりました。変な事を聞いてすみませんでした」


 女性は礼を言って、何かを買おうとする素振りを見せた。


「いやいや、全然、全然構いません。お礼のつもりっていうなら、何も買わないでそのまま帰っていただいて大丈夫です」


「はぁ」


「レジ打つのが面倒なんで。本当にお気遣いなく」


 後ろで姉らしき女性が少し笑った。結構綺麗な顔立ちをしていた。そして3人はそのまま店を出て行った。佐田は何となく安堵のため息をついて、妙な家族だな、と思った。しかし自分には関係ない。痩せ過ぎの少年も、綺麗な顔をした女の子も、優しそうなその母親も。今日も明日も、そしてこれからも俺は薄給でコンビニバイトを続けるのだ。いつかビッグになる日まで。







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