第60話 制約の錬金術師⑨

 この世界のあらゆるものには魔力の素となる魔素が含まれている。


 大気中だけでなく土や水、動植物に至るまですべてにだ。


 人や魔物はそれを体内で魔力へと変換し活用している。


 そして魔素にはスキルや魔法を使用した際にそれを増幅させる燃料となるものでもある。


 田辺のインフェルノの威力が弱く感じたのも、私の闇球を維持するための魔力制御が甘くなったのも魔素が減少していたためだろう。


 現に周囲を魔力感知しているが魔素は減り続ける一方だ。


「これがこの世界の管理者である古龍が消滅した影響なのか。

つまり古龍は魔素を供給する役割を担っていたということか」


「すべての魔素が消え去った後、人は生命を維持することはできると思うか?」


 ことの重大さに気付いた榊原が問うてきた。


「直截的に人に害があるとは思わない。

だが魔素を含有しない土や水で植物は育つのか。

大気中の魔素が空になっても植生を維持できるのかはわからない」


 日本の管理者に言われた「だいたいお前らはスキルや魔法に頼りすぎなんだよ」というセリフがふいに頭を過った。


 スキルや魔法は魔力、つまり魔素と言い換えることができるだろう。


「この世界の人々は魔素に依存している……か」


 ストレージに仕舞い込んだ古龍の遺骸をゴーレム化させようかとも考えたが、この世界すべてに魔素を供給するほどの個体をゴーレムで創れるかは疑問だ。


 私が古龍の代わりに【万能細胞】を使って魔素を生成し続けるという手もあるが、おそらくそれだけではこと足りないだろう。


 もし魂の錬成に制限が掛けられていなければ、新たな管理者の古龍を生み出すことも可能だったかもしれないが、今それを言っても仕方がない。


 こうしている間にもネテスハイムの崩壊は刻一刻と迫っている。


 現状賢者の石の使用に枷を掛けられたままこの難局を乗り切る手段は一つしか思い浮かばない。


「剣技・千本桜!」


 私は不意打ちで榊原の身体を死の一歩手前まで切り刻んだ。


「き、貴様!?気でも触れたか!?」


榊原を痛めつけたのは下拵えのためだ。


「制約の錬金術師の二つ名に懸けて契る!

お前を代わりに【憑依】の権能を弱体化させる!

錬成!」


 榊原のスキル【憑依】だけはこのままにしておくわけにはいかない。


「わ、私に何をした!?」


 本来であればスキルごと削除したかったが、殺さないという制約だけでそこまですることはできないだろう。

 

 私の【スキルクリエイション】が他人に使えないことが悔やまれる。


 いっそのこと殺してしまえればどれだけ楽だっただろうか。


 だが四季の前でそれだけはできない。


 私は四季を抱き寄せピリオッド領エイデンの街まで転移した。







 すぐさま四季に科せられた隷属の首輪を【崩壊】で消し去る。


 四季をここへ連れてきたのはザラマート王国でもっとも治安のいい街であるからだ。


 この後再び秋山に拘束されてしまうのはわかっている。


 それでもここを選んだのは私の故郷を見せたかっただけなのかもしれない。


「いったい何が起こっているの?」


「ネテスハイムは間もなく瓦解し人の住めない世界となる。

私はこれからその運命を変える作業に入るからしばらくお別れだ」


 本当は四季だけでも日本へ送り届けたかった。


 しかし彼女を連れ帰ってすぐにこっちの世界へ戻ってこられる保証がない。


 とにかく時間が足りないのだ。


「それならわたしも手伝うわ!」


「いや。これは私にしかできないこと」


 私は自身の胸に手を当てる。


 ドット本体からは賢者の石を使って魂を錬成することは制限されており、元分身体としてはそれに抗うことはできない。


 しかし、私自身の肉体、そして魂に手を加えてはならないという指示は受けていないのだ。


 スキル【制約】を発動し、私のすべてを代償にしてこの世界と一つになる。


「錬成!」


 私の身体は足元から光の粒子となって消えていく。


「リン!?」


「三百年後にまた会おう四季!」


 最後のセリフを言い終わると私は大気の中へと溶けていった。


 これからはこの世界の一部となり、魔素を生成するだけの機械的な管理者として生きていく。


 まだ私の意識がはっきりしているうちにやらなければならないことが山ほどある。


 まずは冒険者ギルドから手を付けるとしよう。


 


 




 


 

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