第55話 制約の錬金術師④

 四季たちがネテスハイムに来てから二年ほど経過した。


 その間に彼らは一角の冒険者になっており王都でも指折りの冒険者集団となった。


 今では宿屋暮らしを卒業して二軒の屋敷を購入し男女に分かれて生活している。


 彼らに与えられた職業は戦闘職、生産職と様々だが、陸上部顧問の教師を中心にして、いつからかある目的のために活動するようになった。


 その目的とは端的に言うと日本への帰還である。


 日本で文明の利器を享受していた彼らがネットもない前時代的な生活に耐えられるはずもない。


 そして向こうに残してきた家族や恋人、友人と会えない日々が少しずつ彼らの心を蝕んでいった。


 それはドットやクリスも同様なのだが、二人は一度死んで転生しているため彼らの置かれている境遇とはまた異なるのだ。


 そんな中、授かった職業に関係なく大半の生徒はスキルLv上げに勤しんでいた。


 日本へ帰るための手段をスキルに求めたのである。


 彼らは月に一度行われる定例会議でその結果を報告しあう。


「転移をようやく覚えたけど日本へ帰るのは無理そう……。

飛べる範囲はこの世界限定らしい……」


「こっちもお手上げだ。

魔導具でど〇でもドアを創る計画は頓挫したよ」


 最も期待されていた【空間魔法】【魔導具作成】のスキルをもつ二人の生徒からもたらされた悪報に場が静まり返る。


「そう……。二人ともご苦労様。

しばらくはゆっくり休んでね」


 進行役の女子陸上部顧問の女性教師は二人を労った。


 定例会議が行われている屋敷の食堂に一人の男子生徒が遅れてやって来た。


「今鈴木を眠らせてきました」


 【時間操作】を所持する後のディアナ・ムーサこと榊原直人さかきばらなおとは、自身に与えられた役割に辟易した様子でそう答えた。


 このスキルは完全に時間を停止させることはできないが、相手に抵抗されなければ限りなくゼロに近づけることができるのである。


 彼は既にこの世界へ一緒に来た三割ほどの生徒に【時間操作】を使用している。


 時が経つにつれて精神が不安定になる生徒が増えてきたのだ。


 無気力になり反応を示さなくなった者や発狂する者、しまいには自傷行為に及ぶ者まで出てきたための措置である。


 しばらく黙っていたその榊原が口を開く。


「もう限界じゃないのか?」


「またその話?」


 私は彼が次に口にするセリフがわかっている。


 それは定例会議で何度も行われてきた議論だからだ。


「古龍の血液さえあれば猶本なら賢者の石を創れるだろ。

世界の理さえ捻じ曲げてしまうというその賢者の石があれば日本への帰還も可能だ」


「それは憶測にすぎないし、古龍の討伐なんて現実的ではない」


 私と榊原がこのやり取りをするのは一度や二度ではない。


「リンの言う通りよ!危険だわ!

それに古龍ユランはこの世界の神と崇められているのよ!

あなたは神を殺すというの!?」


 四季が擁護してくれるが他に賛同する者はいない。


 私たちはいつからかこの集団から孤立していた。


「何の関係もないこの世界の住人よりも我々自身のことを優先するのは当然だろ?」


「古龍は創造の産物としての神ではなく実際に存在しているのよ!

神のいなくなった世界がどんな災厄に見舞わられるのか予測できない!」


 四季がヒートアップするのはいつものことである。


「それこそただの憶測だろう。

何度も言うがこの世界がどうなろうと我々には関係がない」


「暴論だわ!」


「そこまでよ!」


 女性教師が言い争いを止めてその日の定例会議は終了となった。


 私はこの後古龍が彼らの手によって討伐される事実を知っている。


 実際に未来で古龍はただの御伽噺の中の存在とされており世界は普通に廻っていた。


 だから四季ほど熱くなることはない。


 しかし気掛かりはある。


 四季が奴隷に落とされるのを私が止められなかったのは解せない。


 そして三百年後に私が存在しないのはなぜなのか。

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