第51話 戦姫④

 氷龍がユラン聖教国へ向かう道すがら、四季はまずこっちの世界へ来た時の状況を極々簡単に説明してくれた。


 彼女が高校で所属する陸上部が国体へ参加することになったそうだ。


 陸上部員たちを乗せたバスは高速に乗り国体の行われる会場まで向かっていた。


 そしてそれは突然の出来事だったらしい。


 高速道路のトンネルに入って気づいた時には見知らぬ森のただ中にいたという。


 日本から転移してきた彼らにとってこの世界で生きていくための糧を得る選択肢は少ない。


 仕方なく冒険者になった彼らだったが次第に頭角を現していく。


「冒険者になって生活に余裕ができるにしたがって望郷の思いが強くなっていったの。

でも日本へ帰る方法は見つからなかったわ。

そしてわたしたちは古龍を狩るという過ちを犯してしまった。

どんな不可能をも可能にしてしまうという賢者の石を作るためにね」


 四季の言葉は三百年経った今でも慚愧に堪えないといった様子で最後のほうは段々と尻すぼみになっていった。


「ちょっと待って。

転移してきたばかりの君たちがどうやって古龍を倒したの?」


 俺でさえ氷龍を相手にするのは難しいというのに、転移してきたばかりの彼らに古龍を倒すことなどできるだろうか。


「普通にスキルで倒したわよ?

わたしたちに宿ったスキルは強力なものだったから。

当時はね」


「当時は?」


「ええ。

今この世界の人たちが使っているスキルは弱体化された後のものよ。

わたしの親友だった錬金術師がスキルシステムごと作り変えたの」


「……」


 スキルシステムごと作り変えるだと?それはこの世界の理の一部を改変することと同義だ。


 賢者の石を使えばそんなことまで可能だというのか……。


 そしてそれを成したのが制約の錬金術師なのだろう。


「賢者の石を使えば日本へ帰ることもできたんじゃ?

なぜ帰らなかったの?」


 俺は日本へ帰還しようという意識が希薄だったため考えたこともなかったが、賢者の石を使えばそれも不可能ではないのではないだろうか。


「それは―」


 氷龍との間に魔力を介してパスが繋がったことにより念話が可能となったクリスが、俺たちの会話を遮るようにして口を開く。


「ヒムロがそろそろユラン聖教国に着くってさ」


「……。そ、そうか了解した」


 彼女から話を聞くことも大事だが、古龍そして龍人について詳らかにすることも俺にとってはまた重要なことである。


「というわけだからこの話はいったん中断しようか」


「わかったわ。

ところでドットさんは双子なのね。

まったく見分けがつかないわ」


 隣に腰かけている分身体と見比べながら四季は俺たちを矯めつ眇めつ眺めている。


「こいつは分身体だよ」「俺は分身体だよ」


「「あ!いいこと思いついた!」」


「……な、なにかしら!?」


「「君に護衛を付けよう!」」


 同じことを思いつくとはさすが俺である。


 せっかく娘と再会できたのだ。


 二度と奴隷になどされないようにしなければならない。


 俺は分身体を精霊化させて四季を守ることにした。


 訝しむ彼女から髪の毛を受け取り、それを賢者の石と以前作ったオリハルコン製の腕輪と共に分身体に持たせた。


 賢者の石を見た四季が目を見張る。


「そ、その赤い宝石はまさか!」


「錬成!」


 分身体が赤い閃光に包まれた。







「……」


 ドットはなぜか立ち上がっている自身を訝しむ。


「俺は何かをしようとしていたような……」


「ユラン聖教国に着いて【氷室】から外へ出るところだろ?

まったく、四季さんに見とれて俺の話を聞いてなかったな」


「ち、ちげーよ!何言ってんだ!」


「あら、こう見えてわたしはお婆ちゃんよ!?」


 三人はクリスが開けた【氷室】の出口を駄弁りながら通り抜けていった。


 こうしてドットが分身体を錬成したという事実は忘れ去られた。

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