第48話 戦姫①

 闘技場は街のおよそ中央に位置している。


 イタリアのコロッセオ然とした闘技場の舞台では、観客の喧騒に包まれる中剣闘士たちが決闘を繰り広げている。


 彼らも傭兵ギルドに所属しているのだろうか。


『ここにいる剣闘士たちは、傭兵たちの中でも問題行動の多い者や見目が悪く他国に派遣できない者などです。

 そして地下闘技場では曰く付きの人物や隷属魔法でさえ完全に制御できない者たちが、見世物としてより過激な戦闘を強いられています』


 地下へと続く階段を探すが、なかなか見つからなかったため床に穴を開けて下まで降りることにした。


 ガブリエル枢機卿は闘技場の地下で何者かと接触したとの報告をヨルから受けたのだ。


【ステルス】を発動した俺はヨルの魔力を辿って下へ下へと降りて行った。







 ヨルのいる階層は地上のものよりも幾分小ぢんまりとした闘技場のあるフロアだった。


 客は富裕層のようで上のような猥雑さはなく貴族と思しき者たちも散見される。


 客席中央上段に設けられているVIP席付近にいるヨルのもとへと向かう。


 ガブリエル枢機卿と密会していたのはまたもや日本人の少年のようだった。


【ステルス】を維持したままある程度の距離を保ち聞き耳を立てる。


「日本人の転生者か……」


 密会相手の少年は独り言ちた。


「僕らがこの世界へ来てから三百年、一度もなかったことだね」


「赤い月や奴隷王の件といい最近想定外のことが起こりすぎだな。

そしてその転生者は制約の錬金術師と古龍のことを嗅ぎまわっていると……

同郷だがいっそのこと始末するか……」


「イザナ因子キャリアのSランク冒険者だよ?

僕ら二人だけでは難しい。

寝ている全員を起こせば何とかなると思うけど」


「お前がそこまで言うほどか……

しかしそれも榊原さかきばらが行方知れずの現状ではどうにもならない。

あいつらの止まった時間を戻せるのは立花だけだ。

今は確かディアナ・ムーサと名乗っているんだったか。

いったいどこで何をしているのか……」


『ディアナ・ムーサ……』


(まさか日本人だったとは……)


 意外な人物の名を出され呆然としていると、そこへ追い打ちをかけるように少年の口からとんでもない事実が語られた。


「それにしてもザラマート王国民の転生者とは厄介だな。

軽々しく手を出せば潰されるのは俺たちだ。

あの国は強すぎる。

イザナ因子キャリアの割合が他国に比べて以上に高い。

王家に対する貴族たちの忠誠心も高く付け入る隙もない。

強大な軍事力と経済力を有しこの大陸の秩序を守っている。

まさに制約の錬金術師を具現したような存在だ。

奴があの国に潜伏しているのは間違いない!

数年前に仕掛けた大氾濫スタンビートも数日のうちに鎮圧された!

どうせあの女が陰から手をまわしたんだろう!」


(こいつは何を言っているんだ……)


『帝国でなく彼らの仕業だったのですね……』


「お、落ち着けって田辺。

幸いにも彼は今この街に滞在しているんだ。

もし殺せなかったら他の手段を考えればいい。

例えば戦姫のように奴隷に落とすとかね」


「はあ……、はあ……、

確かにそれが一番手っ取り早いか……」


「そうそう。ほら噂をすれば戦姫様のご登場だ」


 前の試合が終わり闘技場の舞台に一人の女性が登る。


 そこには初老の日本人と思われる女性がたたずんでいた。


 歳に似合わない引き締まった体躯をしている彼女はVIP席にいる少年二人を睨みつける。


「陽子……?」


 彼女に元の世界に残してきた元妻の面影を見た俺はそうつぶやいていた。


 







 

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