第45話 護衛任務④

 ティアの話を要約するとこうだ。


 悪徳貴族に狙われたので自分が囮になった。


 騎士たちを撒いて護衛対象の後を追いかけたが、勢い余って置き去りにしてしまった。


 皆とはぐれてしまったため、日が昇るのを待つことにした。


 街道脇で寝ていたのはそういう事情らしい。


 ちなみにティアは、怒られると思いエリクサーの件を話していない。


「とりあえず他の連中を捜すか。ヨル、頼んだぞ」


「ヨルに任せるのです!」


 ヨルはそう言い残し森の中へと消えていった。


 月明かりだけが周囲の輪郭を辛うじて映し出している。


 その微かな明かりさえも届かない森の奥は、まさに彼女の領域といっても差し支えないだろう。







 森へ逃げ込んだのは失策であったとフランクは後悔していた。


 この大森林が開拓もされずに放置されていた理由を、もっと注意深く考えるべきだったのだ。


 まだ明るいうちは魔物の気配すらなかったというのに、日が暮れた途端その様相は一変した。


 辺りが暗くなるにつれアンデッド系の魔物が徘徊しだしたのだ。


 そして奥へ行く程高レベルの魔物が増えると気付いたときには既に手遅れだった。


 光属性魔法の【ライト】を使用しながらの戦闘に慣れていなかった聖騎士を庇って、PTメンバーのビルが負傷したのだ。


 冒険者には必須のスキルである【暗視】を聖騎士たちは習得していなかったのである。


 道中、ティアがフランクたちに気付かずに、すぐ傍を木を薙ぎ倒しながら走り抜けていったのが悔やまれる。


 彼らは移動を諦め岩場を背に夜営の陣を敷き、かがり火を焚いて、夜が空けるのを待つ他なかった。


 せめてもの救いは聖騎士の持つ剣がミスリル製であったことぐらいだろうか。


 ミスリルは聖銀とも呼ばれる金属で、アンデッド系の魔物に特効を持つのだ。


 今では脱いでいた鎧も着込んで辺りを警戒している。


「ビルは助かるだろうか┅┅」


 同じくフランクのPTメンバーであるフレディとマイクは、心配そうにビルを覗き込んで呟く。


 ガブリエル枢機卿が提供してくれたハイポーションで一命は取り留めたものの、まだビルの意識は戻っていない。


「な、何か、何か来るわ!」


 カミラが魔物の気配を感知したようだが、酷く動揺しているらしくその形相は恐怖で歪んでいる。


「は、早く逃げないと!」


「落ち着けカミラ!一体何が来るっていうんだ!?」


 フランクたちには辺りに徘徊しているアンデッドと近づいてきている何かとの区別がつかなかった。


「逃げる!?あれから!?

あれは闇┅いや夜そのものだよ?

君は夜から逃げられると思うのかい?」


 これまで顔色一つ変えることのなかったガブリエル枢機卿まで顔をひきつらせている。


「まさか教国の目と鼻の先に、あんな化け物が潜んでいるとは┅┅」


 カミラとガブリエル以外誰もその何かを感じることができなかったが、二人のただならぬ様子に感化された他の者たちも警戒を強める。


「来るわ!」


「皆は僕の後ろへ下がれ!

来い化け物!

この闇夜ごと燃やし尽くす!」


「!?」


煉獄の息吹インフェルノ!」


 ガブリエル枢機卿は、自らの最大火力である最上級火焔魔法を、宙に浮かぶ漆黒の何かへと放った。


「ワルプルギスの夜!」







 辺りの景色が一変した。


 かがり火だけが唯一の光源だった大森林は消え失せ、足元には等間隔に敷き詰められた灯火がどこまでも続いている。


 これだけの灯りがあるのだから、先程までより明るくなければおかしいはずなのだが、なぜか闇がいっそう深まった気がする。


 そして、ガブリエル枢機卿が放った魔法はかき消された。


「無駄なのです!

この世界で魔法を使うことが出来るのは魔女だけなのです!」


「固有結界┅┅」


 固有結界を習得している者はこの世界でも珍しいわけではない。


 しかし、魔法の発動には膨大な魔力を消費するため、扱える術者はほとんどいないのが現状だ。


 ヨルはドットから無限に供給される魔力を用いることによって、この大魔法を難なく使うことが出来る。


 クリスの【氷室】も固有結界だが、あれは古龍の亜種である氷龍が内包する魔力によって維持されているもので、いわば自家発電のようなものである。


「お前は非常識なのです!

森の中で火属性魔法は厳禁なのです!

そんなことより訂正するのですよ!

ヨルは化け物ではなくヨルなのです!

酷いのです!悪口なのです!」


「あ、あれ!?女の子!?んん?」


 先程までの圧が消え失せて戸惑うガブリエル。

 

 彼らが感じていた圧とは、ヨルが周囲のアンデッドを始末していたときに漏れ出ていた殺気である。


「あ!あんたはあの時の!」


「む、そこにいるのは裸族なのです。

名前は確か┅カミーユ?」


「カミラよ!カ、ミ、ラ!」


 我に返ったフランクだったが今の状況に理解が追い付かない。


「お、おいカミラ、知り合いなのか!?」


「この子はティアの仲間よ」







「ん?ヨルがワルプルギスの夜を使ったみたいだな。

一体何と戦っているんだ?」


 ヨルの今いる場所は、ティアが森を駆け抜けたときに出来た通り道沿いに近いようだ。


「よし!どうせならここにも街道を通してしまうか!」


 この時に造られた交易都市へと繋がる街道が、後にアデーラ王国ボッコ領に富をもたらすことになる。


「錬成!」


 ただの土だった地面は、ティアが薙ぎ倒してきた大木諸共石畳へとその姿を変えていく。


 そして左程の時間もかからずあっという間に立派な街道が出来上がった。


「行くぞティア!付いて来れなかったら置いてくからな!」


「駆けっこで僕に勝てるとでも?」


 二人は新しく出来た街道を走りだした。







 ヨルは【ワルプルギスの夜】の結界を解いて周囲を見回す。


「この辺りにいた魔物はさっき狩り尽くしたはずなのです!」


「誰だか知らないけど助かったよ」


 ガブリエルが感謝と共に差し出した手をヨルは払い除ける。


「カミラ、こいつは誰なのです?

こいつはヨルを殺すつもりで魔法を使ったのです!

カミラの仲間なのです?

二度目の襲撃をドットは許さないのです!」


 事情を説明しようと焦っていたカミラは、何者かが近づいて来ていることに気付かなかった。


「お!ヨル発見!俺の勝ちだなティア!」


「まさか駆けっこで僕が負けるなんて……」


場にそぐわない空気感を醸し出す二人に、若干引き気味の面々(カミラを除く)であった。


「-でヨル、何があったんだ?」


「こいつらがヨルに攻撃してきたのです!」


「誤解よ!ドット・ピリオッド!

ちょっとした行き違いがあっただけなの!」


「またお前かカミラ……。

俺の身内に手を出せばどうなるかわかってるよな?」


 なぜカミラがこんなにも怯えているのか理解できない一同だったが、ガブリエルが助け舟を出す。


「すまない。彼女に対して魔法を放ったのは僕だ」


「お前……」


 黒い髪に黒い瞳をした者ならばこの世界にもいるが、顔立ちは欧米人に近しい者たちである。


 しかし目の前にいるのはどう見ても日本人の少年だった。


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