第39話 氷の世界③
氷室に倒れこんでいる龍に語り掛けるも返事はない。
生命反応はあるようだがまるで死んでいるようだ。
「無駄ですよドットさん。
この氷龍には魂が入っていませんから」
「なるほど。これが俺にここまで来て欲しかった理由ですか」
精霊たちはドットが賢者の石を生成し、それで何をしてきたのかをクリスの目を通して知っているのだ。
確かにストレージ内には大量の賢者の石がストックされている。
しかしドットレプリカにはそれを使用する権限が与えられていない。
「それでなぜこんな状態になってしまったのですか?」
「本来この氷龍の中に入るのは氷の精霊のはずでした。
正しくはクリストファーが祝福の儀で【氷室】を獲得した際、氷の精霊と氷龍に分かれてしまったと言うべきでしょうか」
おそらく【氷室】は地球に由来するスキルだろう。
というのも氷の魔法があるこの世界で、氷室などという施設が生まれるはずがないのだから。
ではなぜ氷の精霊と氷龍に分かれてしまったのか。
それはこの世界での龍という存在が特別なものだからだろう。
制約の錬金術師が記した著書にはこう書かれていた。
古龍は神である、と。
つまりこの世界のシステムが、受動的に龍が誕生することを良しとしなかったのではないだろうか。
「-でお二人はこの氷龍に魂を錬成してほしいというわけですね?」
「氷の精霊と氷龍を再び一つの姿に戻すことが最良なのですが、それが叶わぬのであればそういうことになります」
「おそらくどちらも可能ですがここは一度もどりましょう。
既に気づいてるでしょうが俺はドット本体ではないので」
ドットレプリカと風の精霊は氷室を後にして来た道を引き返した。
▽
クリスの元まで戻ると、なぜか氷の精霊の傍らで倒れていた。
「おいクリス!?一体どうした!?」
抱きかかえると身体中至る所が凍り付いている。
指先など黒ずんで凍傷を起こしかけているほどだ。
「死にはせんから安心せい。
ただ氷属性の魔力をこやつの身体に流しただけじゃ」
「いやいや、死んじゃいますよ!?」
「私が治療できますので問題ありません。
辺りに風属性の魔力が立ち込め、そよ風がクリスを優しく包み込む。
風属性魔法で唯一の治癒魔法だ。
「あら、一度では回復しきれないようです」
癒しの風の効果が弱いのは、クリスが風属性魔法を習得していない影響だろうか。
「癒球!」
風の精霊に任せていては時間がかかって仕様がない。
クリスを中心に癒球をドーム状に展開する。
癒球を当てれば治癒をもたらし、癒球でその対象を覆えばその効果は更に増すのだ。
見る見るうちに回復していったクリスが意識を取り戻した。
「おいジジイ!俺を殺す気か!」
「魔法の鍛錬を嫌がるからこうなるんじゃ!
もっと楽な方法はないかと言うてきたのはお主ではないか!」
剣呑な雰囲気を和ませるためドットレプリカが間に入る。
「まあまあ二人とも落ち着いて。
それでクリスは氷属性魔法を覚えられたのか?」
「……何とか覚えたみたいだな……」
本来こんな強引な方法で魔法を習得することはできない。
しかし氷の精霊はクリスの魔力によって存在している。
同じ魔力を持つ彼らだからこそ出来る荒業なのだ。
もちろんそれは風の精霊も同様である。
「では、風の精霊さん。
ちゃちゃっとクリスに風属性魔法を覚えさせてください」
そう言ってクリスを羽交い絞めにするドットレプリカであった。
「放せドット!あんなことは二度とやらないぞ俺は!」
風の精霊はクリスの手を取ると一気に風属性の魔力を流した。
「おい!?や、止め……って何ともない。ジジイとは大違いだ」
「はい。終わりました。
これでクリストファーも風属性魔法を使えるはずです」
「おお!今日だけで二つも魔法を覚えたぞ!」
「調子に乗るでない!
これから鍛錬を積み上級魔法へと昇華させねばならんのだぞ!
わかっておるのかクリストファー!」
そう言って氷の礫をクリスにぶつける氷の精霊。
「痛ーなジジイ!何しやがる!」
この後クリスによって二人に名がつけられた。
氷の精霊がマーリン、風の精霊がクラウディアである。
▽
俺はゴブリンの森から王都へ帰ってくると一目散に寮の自室へと向かった。
「ただいま!」
部屋の中には分身体とクリスの他に二柱の精霊もいた。
「おう、お帰り」
「で、何があったんだ?龍神はどこにいる?」
「落ち着けよドット。こうすればいいだけだろ」
分身体はそう言って俺の一部へと戻っていった。
ドットレプリカの体験した情報が記憶される。
「理解した。
で、そっちの二人がマーリンとクラウディアか。
なるほど、【氷室】の外だと会話ができなくなると。
んじゃ、さっそく行きますか」
「おう。頼むぞ」
俺はクリスが開いた【氷室】へと足を踏み入れた。
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