第38話 氷の世界②

 人姿の風の精霊が淹れてくれたお茶(緑茶)を頂きながら卓を囲む。


 部屋はこっちの世界の建築様式なのだが、どことなく日本を感じさせる様子がちらほらと散見される。


 「日本の俺ん家となんか似てるかも」


 「当然であろう。

  お前の記憶から再現された家屋じゃぞ?

  -と言うてもこやつには届かんか……」


 何を言っているのか聞こえないクリスは氷の精霊を見て戸惑っている。


 「日本にあるクリスの実家を模して造られてるんだってさ」


 仕方がないのでドットレプリカは通訳するすることにした。


 「やっぱりそうか。

  家具の配置とかそのままなんだよな……。

  というかさ何でドットは爺さんの言っていることがわかるんだ?」


 「ただのゲストである俺がこうして話せるのに、クリスが氷の精霊さんの声を聞こえないのはなぜですか?」


 「簡単なことじゃ。

  わしらとこやつの間には魔力を媒介とする相互パスが繋がっておらん。

  【氷室】を依り代とするわしらから一方的に繋いでおるだけじゃ。

  ドット殿は氷と風属性魔法を習得済みなので、限定的ではあるが会話が可能となっておる」


 「つまりクリスも氷属性魔法と風属性魔法を覚えればあなたたちと意思の疎通ができると?」


 氷の精霊は鷹揚に頷いた。


 「え!?マジで!?俺火属性魔法しか使えないんだが……。

  風はともかくレアな氷属性魔法を俺が覚えられるのか!?」


 項垂れる爺さんもとい氷の精霊。


 「あのなクリス。

  二人の依り代は【氷室】、つまりお前自身だ。

  お前が氷と風の魔法を使えないはずがないんだよ。

  だからその二属性の魔法を覚えるところから始めるんだな」


 通常野良の精霊と契約するためにはその精霊と同じ属性の魔法を習得していなければならない。


 「わしが魔法を指南するとこやつに伝えてくれませんかな」


 「クリス、氷の精霊さんが氷属性魔法を教えてくれるってさ」


 「この爺さんが?

  ……こっちのお姉さんの方にお願いしたいんだけど、って痛った!」


 氷の精霊は小さな氷の礫をぶつけて、付いて来いと言わんばかりにクリスをねめつけると、家の外へと出て行ってしまった。


 渋々とその後を追いかけるクリスであった。


 風の精霊と一緒に部屋に取り残されたドットレプリカは気になっていたことを質問する。


 「ここは氷室ではないと言っていましたけど、あれはどういう意味ですか?」


 「そのままの意味ですよ。

  氷室は森の中にあるのでこれからご案内します」


 ドットレプリカは風の精霊に連れられて、若干傾斜のある小道を登って行った。







 『新しいクエストを受注しました』


 魔球でハイゴブリンの頭を吹き飛ばしていると、Qちゃんが突然アナウンスした。


 これからゴブリンの森のダンジョンを攻略しようというのに、何と間の悪いことだろう。


クエスト/氷の世界

報酬/SP1000

概要/王都へ戻り【氷室】の龍神と対面せよ。


 「龍神?これって古龍エンシェントドラゴンのことかな?」


 『違います。

  【氷室】とはクリスのスキルでしょう?

  古龍の眠る地はそんなところではありません』


 「冒険者ギルドのデータベースにも龍神の情報はありませんね」


 「んー龍神か……、

  もしかしたら古龍の情報を何か知っているかもしれないな」


 とは言いつつも、実際のところは報酬に釣られただけである。


 まだまだ欲しいスキルは沢山あるのだ。


 俺は【高速移動】全開で王都への帰路に就いた。







 【氷室】内の森の中をしばらく進むと、山の傾斜に半ばまで埋もれている石造りの建物まで着いた。


 どうやらここが氷室の入り口のようだ。石壁には木製のドアが取り付けられている。


 「この氷室の中に、氷とクリスの所有物が収められているわけか」


 「ドットさんもやはり勘違いしているようですね。

  【氷室】とはそもそも収納スキルの類ではなく固有結界です」


 「このただの森が固有結界だって?」


 ヨルの所持するスキル【ワルプルギスの夜】も固有結界である。


 【ワルプルギスの夜】は闇そのものと言って差し支えない。


 辺りを照らさない灯火の他はただただ闇が広がるばかりの世界。


 闇の権化ともいうべき存在のヨルにとっては、もっとも戦いやすいフィールドというわけだ。


 つまり自身にとって都合の良い環境を創造した世界が固有結界である。


 「狂戦士のクリスと森にどんな因果関係があるのか……」


 「【氷室】を使いこなせないクリストファーには何の意味もないでしょう。

  今の彼は狂ったように剣を振り回すしか能がないただの戦士ですから。

  しかし【氷室】を我が物とし覚醒した彼には特別な世界となる。

  ……はずでした」


 「はずでした?ということはそうはならないと?」


 「ええ。その理由はこの中にあります」


 風の精霊は氷室のドアを開けてドットレプリカに中へ入るように促した。


 氷室内に氷はなく、ただ石造りの床が広がるばかり。


 「……、な、なぜこんな場所に龍が……」


 ドットレプリカの眼前には、蜷局を巻いて静かに瞼を閉じた巨大な龍が横たわっていた。


 


 


 


 


 


 

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