第37話 氷の世界 ①
ゴブリンの森から戻って来たクリスの様子がおかしい。
柄にもなく物思いに耽っている。
寮の自室で待機しているドットレプリカは不審に思い尋ねた。
「どうしたんだクリス、レベル上げが上手くいかなかったのか?」
「いや、そっちの方はLv100も超えて順調だったよ。
ただ自分のスキルについて考えていただけだ。
実はさ--」
“【氷室】について理解していない”
クリスはナデシコから言われたことを反芻しながら事情を話した。
「そんなことがあったのか。
んー、自分の精霊と意思の疎通ができないのはおかしいな。
ドットは自分の眷属の精霊たちと普通に話をしているし念話まで出来るよ。
【氷室】の件については何とも言えないけど、まずは精霊と話せるようになるところから始めてみたら?」
「どうやって?自分の意志で精霊を呼び出せないんだぞ」
「それは厄介だな……。
ステータスの【氷室】のテキストには何て書いてある?」
ステータスは【鑑定】を使えなくても、自身のものならば内省することによって見ることができる。
「文字化けしてるから読めないんだなこれが」
「それでよくスキルの使い方がわかったな。
たしか【収納】スキルの亜種なんだろ?」
「氷室っていうのは、昔の氷を保存する部屋だ。
つまり現代でいうところの冷蔵庫だな。
だから冷蔵庫をイメージしたら物の出し入れができたってわけ。
こんなふうにな」
そう言ってクリスはおもむろに手を突き出す。
するとその先にあった空間が歪み、クリスの右腕が吸い込まれるようにして消えた。
再び彼の右腕が現れた時、その手には剣が握られていた。
「え!?今クリスの手が一瞬消えたよな!?」
「【氷室】に入れてあった物を取り出すんだから当然だろ」
「いやいや、【収納】に生物は入らないぞ?
つまりお前が手を入れることもできないはずなんだが?」
「何言ってんだ?これは【収納】じゃなくてただの冷蔵庫だぞ」
「……」
クリスが自分の精霊と意思の疎通ができないのは、依り代を冷蔵庫扱いされた精霊が臍を曲げて無視されているだけなのでは?と思うドットレプリカであった。
「ま、まあいい。
-で【氷室】の中はどうなってるんだ?
手を入れることができるんだから中へ入ることもできるだろ?」
「……、その発想はなかったな……」
「その剣を戻すついでに【氷室】の中に入ってみてよ」
クリスはしばらく逡巡したのち、再び【氷室】の中に手を突っ込んだ。
が、そのまま頭を入れようとしたところでピタと動きを止めてしまった。
「なあ、頭を入れて首から上が千切れたりしないよな?」
「今更何言ってんだ。
これまでに何度も手を出し入れしてきたんだろーが」
「そうなんだが……、頭だぞ?頭?」
「じゃー俺が見てみるよ。
俺は頭が無くなったぐらいでは死なないからな。
だけど、その手だけは絶対に【氷室】から出すなよ。
いいか?絶対だぞ?絶対だからな?」
「それはどっちの意味で言ってるんだよ!?」
「今のは俺も悪いが……、本当に止めてくれよな……」
ドットレプリカはそう言い残しクリスの腕周辺の歪んだ空間に頭を突っ込んだ。
彼の頭が消えてしばらくすると、そのまま【氷室】の中へと入って行ってしまった。
「え……」
一人取り残されるクリスであった。
▽
「あれ?全然寒くないじゃないか」
氷を保存しておくための施設だから当然寒いと思い込んでいたドットレプリカの正直な感想だ。
「ここは氷室ではないですから」
「え!?人がなぜここに!?」
気付けば緑色の髪の街娘然とした女性がたたずんでいた。
ドットの眷属の精霊たちも各属性に合わせた髪の色をしていたことを思い出すが、鈴蘭亭で襲撃を受けたときに見た風の精霊はここまで人の姿をとってはいなかった。
「えーと、もしかして風の精霊さんですか?」
しかし【氷室】の中にいる緑色の髪の女性がただの人であるはずがない。
「その通りですドットさん。
私たちはあなたがここにいらっしゃるのを待っていたのです」
「あの馬鹿垂れとわしらは話ができないのでな」
青い髪と髭を蓄えた氷の精霊と思われる爺さんが風の精霊の背後から現れた。
落ち着いて周りを見てみるとここはただの部屋のようだ。
そして窓の外には青々とした森が見える。
ここは【氷室】内で間違いないが、風の精霊は氷室ではないという。
「中へ入っても平気ですか?」
「ちゃんと帰れるから安心せい」
「それではお邪魔しまーす」
ドットレプリカはそのまま【氷室】へと立ち入った。
「さて、こいつも中へ入れてしまいましょう」
「お、おい!手を放せ!……ってなんともないな」
宙に浮いている腕を掴んだドットレプリカは、クリスを無理やり【氷室】へと引きずり込んだ。
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