第29話 父来たる

 「お前ら、今日呼び出された理由に心当たりのある奴はいるか?」


 次兄のマルス・ピリオッドは俺たちを睥睨する。


 ここへ呼び出されたのは、俺とケイト、リリアンにリズだ。


 マルスは四年以上の生徒だけが参加できる闘技大会で、二年連続優勝を果たした学園最強の男だ。


 ちなみに長兄のオットーは俺の入学年に卒業して、現在父の傍で時期領主として見習い中である。


 「実はな、父上と叔父上が王都まで来られるそうだ」


 帝国と国境を接する辺境伯領のトップとNO.2が揃って国元を離れるのは異常事態だ。


 しかも帝国がキナ臭いことになっている最中にである。


 「もう一度聞くぞ?ドット、そしてケイト、お前ら何をした?」


 心当たりがありすぎてどれだかわからない。


 ケイトも同様らしく何やら考え込んでいる。


 「お、叔父上も来るならリリアンたちじゃないの?」


 「リリアンとリズに限ってそれはない」


 二人はうんうんと頷いている。


 そんな中ケイトが口を開く。


 「親友のオクタヴィア殿下を冒険者登録させた挙句、レベル上げに連れまわしたことかしら……。

  それとも言い寄ってきた公爵家の跡取りを模擬戦でボコボコにしたことかしら……」


 姉よ。お前は一体何をしているんだ。


 「お、俺は何もしてない、と思う……」


 「本当に心当たりはないのかドット。

  では聞くがな、お前がいつも連れているこの娘たちは何だ?」


 家族会議が行われているのはいつものスイーツ専門店で、眷属たちは空気も読まずに食事をしている。


 「我々はピリオッドの下僕」


 頷くシスターズ。


 「ヨルとドットは一心同体なのです!」


 食うか喋るかどっちかにしようなヨル。


 「主とはいろんな意味で常に肌を接する関係だ。なあユキ」


 「ふふふ、そうですわね」


 お前らは武器だからな、肌身離さず携帯するのは当然だよな。


 「僕は鈴蘭亭でドットのお世話になっているんだ」


 もじもじしながら言うんじゃない。


 「ドットは子供のころ、わたしをお嫁さんにすると言っていた気がするのだけれども……、わたしの勘違いだったのかしら?」


 俺の記憶が確かなら先に俺の嫁になると言い出したのはリズのはずなのだが。


 皆の視線が突き刺さる。


 「こいつらは俺が契約している精霊たちだよ」


 契約しているわけではないが賢者の石で創ったと言うよりましだろう。


 「食事をする精霊なんて聞いたことがない。

  彼女たちが本当に精霊だというのなら証明しろ。

  簡単だろ?」


 「みんな一旦俺のところに戻って」


 食事の最中だった彼女たちは、ぶー垂れながらもそれぞれの依り代へと帰っていった。


 「ほら。俺の言ったとおりでしょ?」


 「一人残っているようだが?」


 『ティアを忘れていますよ』


 戻れと言われたティアはどうするか考えた結果俺の後ろに控えることにしたようだ。


 「……、彼女は俺の従者だ……よ?」


 「僕はドットの従者です!」


 空気を読んで俺の嘘に合わせてくるとはティアも成長したものである。


 しかし満足そうに破顔するのはいいが少々演技が過ぎるのではないだろうか。


 『きっとティアは無職から従者へとクラスアップして本当に嬉しいのでしょう』


 どうやらティアは自分が無職なのを気にしていたようだ。


 とにもかくにも皆を無理やり納得させてその場はお開きとなった。







 数日後、王都へ到着した父と叔父から呼び出された。


 そして二人が王都まで来た目的を聞かされた俺たちの反応は様々だ。


 リリアンはその知らせに欣喜雀躍し、マルスはピリオッド領のより一層の繁栄に思いを馳せ、俺はというと絶望していた。


 リズは嬉しいような悲しいようなそんな曖昧な表情をして何も口に出さなかった。


 まだ内密の話だが、次期国王である第一王子と聖女リズの婚約が決まったのだ。


 リズが学園を卒業後正式に発表されるとのことだった。


 父と叔父は登城する支度に忙しいらしく、俺たちは二人が泊っている高級宿を後にした。


 リリアンを連れて寮の自室へと戻る。


 「クリスは話を聞いているか?」


 「あー、婚約の件?」


 「それそれ、-で第一王子はどんな奴なんだ?」


 「そーだな、一言で言うならクソ真面目、だな」


 リリアンはホッとしたように頷いている。


 「んー、見た目がキモいとか?」


 「絵に描いたような王子様って感じ」


 「酒癖が悪くて暴力を振るうとか?」


 「ないな。実に穏やかな人だ」


 「実は極度の女好きとか?」


 「それはお前だろ?」


 「くそ!今のところ欠点はないな。リリアンはどう思う?」


 「王族、しかも次期国王の正妻、最高の縁談じゃないか」


 リリアンは満足そうに自室へと帰っていった。


 「ドットは反対なのか?」


 「んー、というか日本生まれの身としては、十代で婚約するとか想像できないんだよ」


 「まあ気持ちはわかる。

  でもここはそういう世界なんだよな。

  あー、日本が懐かしいなー」


 俺とクリスはこの部屋の中でだけ日本語で会話している。


 「クリスは日本へ帰りたいのか?」


 「え!?ドットもそうだろ!?」


 「俺は……、どうなんだろうか……」


 俺は日本では結婚していた。


 仮にこの姿で帰っても、妻と娘とは一緒に暮らすことはできないだろう。


 既に元の俺とは別人なのだ。


 だが、もし日本へ戻る方法が見つかったとしたら俺はどうするのだろうか。







 その頃、王城のとある一室で重要な会議が行われていた。


 そこには国王や国の重鎮たちが勢揃いしている。


 辺境伯は王都へ姪と皇太子の縁談の話だけをしに来たわけではなかったのだ。


 「陛下、これが奴隷王からの書状です」


 その書状は国王の手から次々にまわされ情報が共有されていく。


 「例の奴隷王がヴォルフ家の者だとは俄かには信じられんが……」


 国王が誰に言うともなく呟く。


 「冒険者ギルドの調査では、ユーリー・ヴォルフは既に病死しているとか」


 「王族が強制収容所送りになるものかね」


 「ユーリー・ヴォルフの職業が奴隷だったため廃嫡されたという噂があったな」


 「奴隷王の正体についてはこの際関係ないだろう」


 「そもそも専守防衛を国是としている我が国が、奴隷王と示し合せて帝国を挟撃するなど出来ない相談だ」


 「すべての差別をなくすという理念は理解できるが同盟を結ぶ理由としては弱い」


 会議は夜遅くまで続けられ、最終的に国王は同盟を拒否する決断を下した。


 この決断がのちに帝国との戦争が再開される切っ掛けとなる。


 


 


 


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