第20話 赤い月

 急遽覚えた【草むしり】を発動しながら森の中を進む。


 俺が歩くだけで周囲の丈の低い草木が抜け落ちていく。


 雑草の中に薬草も混じっていたので毟った草木はすべて収納していった。


 ストレージをコツコツと一マスずつ開放していたため、今では四つ目のタブまで使えるようになったので余裕があるのだ。


 「……なんかキモい」


 「便利なスキルだねー」


 「文字化けして見えないスキルの一つか……」


 それぞれの感想(悪口も混ざっているような気もするが)を無視して森の奥へと分け入ってゆく。


 しばらく進むと大きな岩が鎮座する場所まで来た。


 叩いてみたところ大分硬そうである。


 「ここなんて良さそうじゃない?-錬成!」


 岩に手をつき錬成陣を展開して一気に魔力を流す。


 迸る赤い魔力が頂上まで続く階段を螺旋状に造り上げていった。


 「「「……」」」


 瞬時に完成した手摺付きの階段を上っていくと、下からはわからなかったがかなり大きな岩場だったようだ。


 凸凹している山頂を足から魔力を流して平らにしていく。


 「こんなもんかな」


 頂上から森を見下ろす。


 近くには川が流れており他の班も周囲にはいないようだ。


 「よし!ここをキャンプ地とする!」


 「……」


 「お、おう」


 「お前……本当に何者だ……」


 そこへ偵察に行っていたヨルが戻って来た。


 「カー!(この森にはゴブリンと普通の動物しかいないのです!)」


 「魔物はゴブリンだけか。通りで冒険者が寄り付かないわけだ」


 王都から馬車で半日もかかる場所にいるのがゴブリンだけでは何の旨みもない。


 ゴブリンなどこんなに遠くまで来なくてもそこら中にいるのだ。


 「俺はここを居心地良く改造するから、ニーナとカルロは食料の調達をお願い」


 二人を送り出して寝床の確保に着手する。


 ディアナは俺が作った一人掛けのフカフカの椅子に座って、じっと俺を観察していた。







 「ふー、こんなもんかな」


 凝りすぎて時間がかかってしまったが大分形になってきた。


 ベッドを備え付けただけのバンガロー、トイレ、露天風呂は完成し、後はバーベキューができる焚き火台や椅子などのこまごまとした物を作るだけだ。


 「おいピリオッド、お前は村でも造る気なのか?我々は四人しかいないのだが?」


 日本のキャンプ場をイメージして作業した結果どうやらやりすぎたらしい。


 二、三十人は余裕で収容できそうである。


 「それにこれではサバイバルの訓練にならんだろう。

  まあ私にとっては好都合だがね。

  そもそも魔術科の教員である私が、何故騎士科の訓練に駆り出されなければならんのだ」


 機嫌が悪そうに見えたのは最後の一言が原因だろうか。


 『以前父君のために購入した王都土産のワインを提供してはいかがでしょう』


 作業の手を止めてストレージからワインとチーズを取り出しグラスへ注ぐ。 


 「皆が戻ってくるまでこれでもどうぞ」


 (なぜ生徒が教師を接待しなければならないのか……)


 『こういった手合いには酒で黙らせるのが一番です』


 「ふん、まあいい」


 -そう呟いてディアナは一人で飲みだした。


 その隙にキャンプ地の設営を終わらせた俺はこっそりとその場を後にする。


 このまま二人きりでいるといつ錬金術の話になるか分かったものではない。


 逃げてきただけだったが河原まで来るとニーナとカルロに出くわすことができた。


 「おーい、こんな所で何してるの」


 「……血抜き」


 「大物を仕留めたから時間がかかってねー」


 カルロの傍には川の中に首から上だけ沈められた牡鹿が横たわっていた。


 「血抜きなら俺がするよ。-錬成!」


 牡鹿の体内から血液だけを分離して川へと廃棄する。


 「「……」」


 血抜きした牡鹿を収納して俺たちはキャンプ地へと戻った。







 すっかり日も暮れ俺が灯した光球だけが煌々と辺りを照らしている。


 夕食の前にひとっぷろ浴びようということとなり、ニーナが入った後、カルロと一緒に露天風呂に浸かっている。


 「ちょっと温くなってきたか」


 熱めのお湯を錬成して風呂に足す。


 魔法でも同じことができるが錬成したほうが早い。


 「今のも錬金術か、便利なものだねー。

  サバイバルと聞いて憂鬱だったけどまさか風呂に入れるとはねえ。

  ここに戻ってきたら小屋までできてるしドット様様だよ」


 「そりゃあどうも」


 森の至る所で小さな明かりが見える。


 他の班は小さなテントで眠り、交代で夜番をしながら朝を迎えるのだろう。


 風呂から上がるとニーナが夕食の支度をしていた。


 焚き火台の上に敷かれた網の上では事前に購入していた野菜と牡鹿の肉が焼かれていた。


 鹿肉から溢れ出す肉汁が炭火に滴り落ちては芳ばしい匂いを辺りに運んでいく。


 「『あ……』」


 「ヨルはお腹がペコペコなのです」


 我慢できずに影の中から出てきてしまったヨルは、食べ物を前に「待て」をされている犬のように涎を垂らして肉を凝視している。


 「!?……誰!?」


 「ドットの影の中から飛び出してきたような……」


 「こいつは昼間のカラスに化けていた精霊か。

  ここまで人の姿に近づけるとは大したものだ」


 ディアナが胡乱そうにヨルを見つめている。


 いらぬ突っ込みをされる前に話を逸らす。


 「お!そろそろ食べ頃じゃないかなー!いただきます!」


 「おいひいのえす!」


 「ヨル、食べ物を口なのかに入れて喋るのははしたないぞ」


 「おいひいのえす!」


 「……」


 「ハハハ……、変わった子だね」


 「ふん」


 こうしてサバイバル初日の夜は更けていった。







 皆が寝静まった真夜中。それは突然のことだった。


 俺はベッドから飛び起き周囲を警戒する。


 ヨルは黒い精霊の姿で既に臨戦態勢に入っていた。


 「なんだこの強大な魔力の波動は……」


 外に出るとディアナも同時に部屋から飛び出してきた。


 見上げると空を覆いつくすように巨大な赤い月が浮かんでいた。


 『賢者の石……、最後の最後で失敗したようですね。

  強大な力を抑えられず圧縮しきれなかったといったところでしょうか。

  あれほど膨れ上がってしまっては賢者の石として使用することは不可能です』


 「賢者の石だと……」


 あの大きさになるまで一体何人犠牲にしたのか見当もつかない。


 「ピリオッド、あれを見て瞬時に賢者の石と判断できるということは、やはりお前賢者の石を創ったか。

  ふふふ。やはりそうか。

  【錬成】スキルを上げきるには賢者の石の生成が条件か」


 「お前だと?」


 「ああそうだ。もっとも私は失敗したがね。

  -でだピリオッド。お前はどうやって賢者の石の生成を成功させたのだ?

  何か特別な製法があるのだろう?

  お前にあの量の血液を集めるのは不可能だ!」


 ディアナは赤い月を指差し狂喜に満ちた笑みを向けてきた。


 「お、俺は何も知らない!知らないぞ!」


 「答えんか。まあいい。直接手に入れればいいだけだ」


 遅れてやってきたニーナとカルロも呆然と空を見上げている。


 「あの方角は帝国か。まったく狂った連中にも程がある。

  何人殺せばあれだけの血を集められるんだろうな!

  私は帝国へ行くぞピリオッド!

  あの賢者の石は私が手に入れる!

  はっはっはっ!」


 ディアナは高笑いを残し帝国へ向けて飛び立って行った。




 



 


 


 

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