第13話 差別
訓練場を歩く。
一人ではない。騎士科一年の生徒全員で歩く。
隊列を組んで背筋を伸ばし、手の振りも歩幅も寸分違わずに合わせて行進する。
テレビでよく見る某国の軍事パレードに参加している兵士のように。
王立レブルエスト学園騎士科一年生に課せられる恒例行事だ。
入学してひと月の間はこの行進訓練しかしない。
それは最上位のAクラスになった俺やクリスも同様である。
教師の言によれば協調性と根性をこの一か月で叩き込むとのことだった。
魔術科を選択すればよかったと激しく後悔したがそれも今日で終わる。
隊列行進の訓練は今日が最終日なのである。
とはいえこの苦行も、ひと月も続けていれば流石に慣れた。
こつは頭を空っぽにすることだ。俺はこの状態をゾーンと名付けた。
訓練が始まってゾーンに入ると気づいた時には夕方になっているといった感じだ。
自在にゾーンへ入れるようになった頃、習得することができるスキルに【全集中】が追加されていた。
それがつい昨日のことである。
一覧にないスキルでも覚えることができると分かっただけでも大収穫だが、できればもっと早くに知りたかったものだ。
最終日の今日は朝から全集中をオンにしている。
スキル発動中は常に魔力を消費するのだが、無限に魔力を生成できる俺には関係がない。
『マスター、先ほどからクリスに呼びかけられています』
「おいドット、おーい」
クリスが行進しながらこちらへ顔を向けずに呟いている。
「ん?あー、クリス何?」
「ようやく気付いたか。ちょっと聞きたいんだけどさ、
イザナ因子のスキルレベルの上げ方って知ってるか?」
俺は頭を空にしてこの地獄の行進を切り抜けたが、クリスは思索に耽ることによって解決したのかもしれない。
『どうせ数でも数えていただけでしょう』
(Qちゃんってクリスへの評価低いよね。まあいいけど)
『イザナ因子のスキルレベルの上がる条件は判然としていません。
ですがマスターの場合はイザナクエストをクリアすると上がります』
世間では知られていないだけでQちゃんは本当のことを知っていそうだ。
だが、聞いても教えてはくれないだろう。
「いつの間にか上がっていたからよくわからないなー。
ただ、思いつく特別な事といえば
覚醒者を殺したことくらいだな」
クリスには適当にそう答えた。
「なるほど……、どちらも今の俺には無理か……。
それにしても俺たちはこの国に生まれて良かったよな」
「どういう意味?」
「ドットは知らないのか。
イザナ因子キャリアが差別の対象になる国もあるんだよ」
「え!?」
ピーーーーーーーーー!
ひと月続けられた行進訓練の終了を告げる笛の甲高い音が訓練場に鳴り響いた。
▽
「収容所だって!?」
「ああ。ヴォロフ帝国では祝福の儀でイザナ因子を発現した者は、
その場で拘束され強制収容所送りだそうだ」
寮に戻り会話を再開するとクリスの口からとんでもない実態が語られた。
「んー、それだと帝国にはイザナ因子のスキルを持った者はいないことになる。
イザナ因子はキャリア同士でないと判別できなくないか?
どうやって見つけるんだ?」
「高レベルの鑑定系スキル所持者が祝福の儀に立ち会うって話だ。
もっとも帝国貴族は収容所送りの対象外だから、
あの国にもイザナ因子キャリアはいるんだけどな」
「差別というよりは支配階級による既得権益を独占するためのシステムだね」
「まあそういうことだな。帝国の話をしたのは、
イザナ因子キャリアに対する扱いがもっともひどい国だからだ」
クリスの話によるとイザナ因子キャリアが差別される国は他にもあるらしい。
それに対し亜人が治める国では真逆の扱いを受けるところが多いという。
強さを貴ぶ獣人族の国では特にその傾向が見られるそうだ。
そして、この世界ではイザナ因子よりも職業差別のほうが激しいという。
それはこのザラマート王国でも同様らしい。
「例えば盗賊とかな」
「んー、盗賊やシーフは斥候役として定番の職業だと思うんだけど」
「ドットがそう感じるのはRPGのジョブやクラスのイメージがあるからだよ」
某人気シリーズのRPGでは盗賊が主人公のものもあるほどだ。
「だけど実際の盗賊は人を殺すことも厭わないような連中だ。
もし商人の家に生まれた子が盗人だったら周りはどう思う?
貴族の娘の職業が娼婦だったら?
そんなことが現実に起こるのがこの世界のシステムだ」
「自分に何の罪もないのにただ与えられた職業のせいで差別されるのか……
今まで考えたこともなかったな……」
祝福の儀で授かる職業は遺伝や育った環境が影響するとされている。
そんな中クリスに与えられた職業は
王家のなかでクリスがどのような立場にあるのかはよくわからない。
しかし、この問題を真摯に語ったことと無関係ではないような気がした。
俺にイザナ因子のスキルレベルの上げ方を聞いたのも、覚醒して別の職業へ進化したいとの思いからだろうか。
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