第11話 二つの戦場


 「チッ!反応が良いな!」

振り下ろした薙刀を持ち上げ、無傷で攻撃を避けた陽神莉を睨みつけ、追の撃を飛ばそうと身構えるセト。

 「陽蘭莉!大丈夫か!?」

それをいち早く察知した陽神莉は二歩ほど後ろへ跳び退き、何故か固まったままで立っている陽蘭莉を呼び掛けた。

 「…ごめん、陽神莉。後は一人で戦って」

 「なに!?」

しかし、返ってくるのは諦観の混じった言葉だけだ。

 「はっ!流石に分かったか!!」

叫び、余っている柄を後方で思いきり横薙ぎするセト。

それでも動かずにいた陽蘭莉の右腕に命中する。

その途端だった。

 「…なッ」

彼女の右腕が綺麗な放物線を描いてはじけ飛んだ。

 「くっ…!あぁぁぁぁ!!!」

 「陽蘭莉!?」

腕は、それまでくっついていた部分からの出血を推進剤に使い、床へと落ちていく。

 「てめぇ……あの時か!!」

 「それ以外にねーからな!」

深紅に染めた鎧が、怒りに顔を歪めた鬼へと駆けてく。

 「殺す」

 「気が合うな、小鬼女」

勢いを乗せ振り下ろされる薙刀。臆することなく迎え撃つネイルの施された爪。

本来ならあり得るはずのない、爪と刃が、火花を散らしてつばぜり合う。

拮抗し合う両者の凶器。互いに押し倒し、息の根を止めようと藻掻くが、視線で殺意を語り続けるだけで開く口を持たない。

 「今のうちに…!」

セトが二人の注意を引き付けたのを確認し、森田は那須の下へと駆け寄る。

 「涼、涼!」

しゃがんで呼びかけるも返事はない。

臓物がこぼれた傷口を見れば、出血は既に止まっている。…だがこれは止血が済んでいるのではなく、もう溢れるだけの血液が無い事を示していると考えて間違いない。

僅かに開かれたまま色を失っている那須の瞳から察するに、恐らくは痛みによるショック死ではなく、大量の流血によって徐々に絶命していった可能性が高い。

脳が痛みを遮断し、苦痛で顔が歪んでいないのが唯一の救いだろう。

 「……ありがとな、今日まで俺に付き合ってくれてよ。

責任はきっちり取るから、安心して待っててくれ」

小さくこぼし、立ち上がった森田は辺りを見回す。

 「フー!」

そうして那須の遺体から少し離れた所で転がっていた銃ーー古空穂を見つけ、拾い上げる。

 「……あ、あぁ。森…どの…」

 「良かった、まだ離れてなかったか!」

途切れ途切れに言葉を発するフーは何かを探しているように押し黙ると、直ぐに口を開く。

 「やは、り…メでした…か。或いは……もって…すが」

 「…あぁ。だから、俺に憑りつけるか?」

 「……!正…気……か」

森田の提案を受けて僅かに明瞭に発言するフー。

本来、[妖怪に憑りつかれている]だけでも異常なのにも関わらず、更に別の妖怪を憑りつかせるというのはおよそまともな思考とは言えない。

妖怪が憑りついている状態とは、世間的な捉え方で説明するなら二重人格に近い。セトとフーの場合、[人間に憑りついた状態でありながら個別の体を持っている]ため比較的精神にかかる負荷は少なく、それぞれで意識を保ちながら行動・発言が出来ている。

そのため、彼らが一つの身体に二つの妖怪が宿ったとしても即座に精神が蝕まれる可能性は低い。けれど、妖怪側の人格が定着していけばしていくほど、依り代となった人間の自我は乱れてしまうだろう。

 「ああ。仇討ちを趣味にしようと思ってな。誘ってみたんだ」

当然、それを知らないほど森田もフーも妖怪に対しての知識が薄いわけではない。

 「…いい、でしょう。趣味…友、で…す…な」

故に、フーは提案を受け入れた。

腹を据えた人間には如何なる説得も無意味だと、彼は知っていたから。

 「…では、い…ます、ぞ」

 「ああ、来い」

頷くと同時、森田の中へ何かが流れてくる。

濁流や激流の類のそれは、一瞬にして彼の意識を薄れさせていく。

時も場所も、自身の事さえも、何もかもが押し流されていき、文字通り[からっぽ]になった己の心の中を覗き見た森田。

どこからともなく流れてくる知っている記憶を、空間で漂うようにただ茫然と見つめていると、自分には覚えのない言葉が視界に入った。

ーーー主。貴女と共にした二十余年。何物にも代えがた日々でしたぞ。

 「セトッ!」

 「あぁ!?」

凶器同士がけたたましい音を立てて響き合っている中、森田の声がセトに届く。

 「身体消せ!!」

 「なん……ばか、てめ!?」

呼ばれるがまま森田に視線を僅かに移したセトは理解が及ぶよりも早く姿をかき消す。

 「!?どこ行きやがった!!」

それまで剣戟を交わしていた相手がいなくなり、ほんの一瞬だけ混乱する陽神莉。

その次の瞬間。

 「鬼塵弾ッ!」

 「んな!?」

陽神莉に向かって、赤と黒の光を帯びた弾丸が飛来した。






 剣戟が響き渡り、男が亡骸の前で何かを口にしていた頃。

彼らとは少し離れた所で刃が引き抜かれていた。

 「待っててね、シエル。直ぐにこいつを片付けるから」

 「か、片付けるって…」

倉庫の電球の光でギラギラと刀身を反射させながら沙紀美に言葉をかけるノエル。

それに返答を求める意思は無く、至極当然に[目の前の男を排除する]とだけ含まれていた。

 「お、おいおい。物騒な事言うから何かと思ったら、そんなもんで脅そうって言うのか?」

見ているだけで身の危険を感じるほど研ぎ澄まされている太刀を前に、拍子抜けだとでも言わんばかりに山銀は口を開く。

 「え?」

 「…脅しのつもりはないけれど」

 「は、はははっ!」

ノエルの言葉を聞いた途端、急に笑い出した。

 「は、はは。いやー、悪い悪い。まぁ確かに、怖いのは怖いよな」

 「……何が言いたいの?」

男の行動があまりにも解せず、構えていた太刀を僅かに下ろすノエル。

それを見ると、山銀は小さく微笑んだかと思うと沙紀美を見やりながら更に続けた。

 「あのな、割と真面目な話、俺らは刃物とか見慣れてるんだ。むしろ使う側だったから扱えるし。……まぁ、流石にそこまでの大物は初めて見たけど。

それでだ、さっきのシャッター切ったの?あれ見た感じ相当の使い手だとは思うけど、人と物とじゃ切った時の感触が全然違うんだよな。なんつーか、生めかしいって言うか、気持ち悪いって言うかさ。

それに、物と人とじゃ全然罪の重さも違うんだよな。だからさ、悪い事は言わないから脅しでも刃物なんか使わない方がいいぞ?下手したらその綺麗な顔が傷物になっちゃうし」

つらつら言葉を吐き出し、ノエルに忠告を口にする山銀。

…恐らくは、刃物を使って事を起こした場合に起きるデメリットをあえて相手に伝え、躊躇いを覚えさせようとしているのだろう。

上手くいけば使わない、或いは振るった瞬間に脳裏に過り一瞬の隙を作れる。そう踏んだのだろう。

だが。

 「……そう。別に大した事じゃなかったわね」

 「お?」

不意に、山銀と沙紀美の鼓膜に風切り音が届く。

一瞬で消え入るその音は、もう聞こえないはずなのに、何故か耳の中で木霊したかのように響いている。

 「さ、外に出ましょう。ここじゃシエルに見られてしまうから」

言うと同時、重く軽い音を響かせ山銀の背後から太陽の光が差し込む。

潮の香りを含んで柔らかに差すその光は、直ぐ近くで立ち尽くしている山銀の肩で反射している。

紅い、光沢を帯びて。

 「……いいぜ。どうも、マジでヤバい女子高生みたいだな」

ほんのりとあふれている肩口の傷跡を見つめながら山銀は、壁だったはずの板をまたいで外へと踏み出す。

 「面倒がなくていいわ。ありがとう」

 「…どういたしまして。女王様」

顔色一つ変えず礼を口にしながら後に続くノエル。

二人はすぐ真横に海を臨みながら再び対峙した。

彼我の距離はおよそ三メートル

 「一応、聞きたいんだけどさ」

 「…何かしら」

 「見逃す気はある?」

潮風に髪を揺らしながら山銀は問いを投げる。

 「無理ね。シエルを攫っておいて見逃すわけないでしょう?」

その内容に、当然と言わんばかりに太刀を構えるノエル。

 「ま、そうだよなぁ」

肩を落としてため息を吐いた山銀は、ポケットに手を入れると、黒い棒状の何かを取り出す。

 「しゃーねぇ。久々に俺も使うか」

そう言うと、握ったままの手を軽く振るう。

その瞬間、小気味いい音と共に山銀の手元にナイフが握られていた。

 「……まぁ、見ても驚かねーか」

所謂、折り畳みナイフを展開した山銀は打ち砕かれた僅かな希望を口にして刃を構える。

 「………行くぜ!!」

言うと同時に駆けだす二人。

互いの獲物が煌めき合い、海の輝きに紛れた瞬間だった。

 「うわぁぁぁ!?」

 「シエル!?」

突然両者の耳に沙紀美の悲鳴が届く。

 「ラッキー!」

 「すぐ行くから!」

ノエルの僅かな硬直を見逃さず、即座に海へと飛び込む山銀。

それに目もくれず、ノエルは再び倉庫の中へと駆け行った。

 「どうしたの!?」

外に比べ薄暗い倉庫内で沙紀美を見つけたノエルは、その途端に身体を固まらせてしまう。

 「……貴女。そんなに死にたいのかしら」 

 「そんなわけねーでしょ。必死なんだよ、こっちも!」

怒りに満たされたノエルの言葉にさえ臆せず返すのは、右腕を無くした陽蘭莉だ。

彼女は、残された左腕で沙紀美を捉え、その首元にカミソリをあてている。

 「言っとくけど、眉剃り用だからって舐めてると本当に死ぬかんね!」

 「……チッ!条件はなに!?」

 「ここから逃げる事!それさえできるならこの子は返す!」

未だ血液の滴り落ちる右側の痛みに苦悶の表情を浮かべながら怒声交じりに条件を口にする。

彼女の言葉に嘘は感じられない。本当に、逃げられないのなら沙紀美を道連れにするつもりなのだろう。

 「…………分かったわ!行きなさい。ただし、次に会った時が貴女の命日よ!!」

 「冗談!二度と会うつもりはないから!!!

ほら、来て!」

 「う、うぅ!」

互いににらみ合いながら、怯える沙紀美と共にジリジリと切り抜かれた壁へと歩を進めていく陽蘭莉。

そうして陽蘭莉の身体が完全に外へ出ると、沙紀美を押し飛ばして駆けだした。

 「シエル!!」

押された勢いのまま地面に倒れてしまった沙紀美のもとへ駆け寄るノエル。

 「ねぇ、無事?怪我は!?」

 「う、うん。大した事は無い、です」

 「…そう、良かった」

沙紀美の安否を確認し、ノエルは安堵の息を吐く。

 「でも、どうして僕を……?」

だが、そうまでして助けてもらえる理由を理解できていない沙紀美は、彼女にそんな事を問うた。

 「そんなの、家族だからに決まってるでしょ?バカね」

 「けど……」

涙を浮かべながらも満面の笑みをで答えるノエルに、どこか辛そうに俯く沙紀美。

 「……良いの。今はまだ、許してくれなくていい」

 [え?」

それを何と思ったのか、ノエルは沙紀美を抱きしめ更に続ける。

 「おねぇちゃんの事はきっとずっと許してくれないと思う。でも、いつか許せると思えたならその時はもう一度…」

再会を喜ぶように、失ってしまった時を確かめ合うように、深く強い抱擁を求めるノエルは涙声でそう語る。

けれど、沙紀美の手は嘘でも彼女を想いを受け止めてはあげられなかった。

 「……そう、よね。うん、分かってる。

おねぇちゃんも、許してもらえるように努力するから。だから」

抱き締めるのをやめ、立ち上がるノエル。

彼女が振り向いた先にいるのは、今まさに銃口を陽神莉に向けている森田だ。

 「もう少しだけ、傍に居させて」

 「それは…」

銃口から射出される、赤と黒の光を帯びた弾丸。

それは離れていても分かるほどに威圧的な力が込められている。

 「……あれとやり合うなら、こっちも考えておかないとダメね」

小さく漏らし、ノエルは彼らの戦いの行く末を見守る事にした。

   





 ーーちきしょう、避けきれねぇ!!!

迫り来る弾丸を、スローモーションのようにとらえてしまっている陽神莉は、その意識の速度についてこれる部位を総動員して回避行動を取ろうとする。

だが、陽神莉に憑りついている妖怪ならばいざ知らず、コントロールは得ていてもあくまで動かしているのは生物としての下にいる人間の身体だ。当然、弾丸を避けるなどという超回避は不可能だ。

けれど、この弾丸が直撃してしまえば、恐らく死は免れない。

ーーならば、と。陽神莉は考え方を変えた。

 「ぐ…がぁぁぁぁぁ!!!!」

咆哮にも似た悲鳴を上げ血液を撒き散らす陽神莉。

肉片がはじけ飛び、辺り一帯が血の海と化す。

しかし、彼女の膝は屈していない。

 「…何という輩だ。そうまでして生にしがみつくか」

 「ッは!テメェも育った時期が同じなら分かるだろうが。生きてりゃ丸儲けだってなァ!!」

額に血管を浮かばせながら猛る陽神莉の両腕は無い。

彼女は、先ほどの弾丸を避けるのをやめ、死なずに済む致命傷に留める事にしたのだ。

両腕で阻まれた鬼塵弾は貫通することなく腕の中で能力を発揮し、見事に陽神莉に致命傷を与えた。だが、それだけではこの鬼を殺す事は出来ない。

両腕がはじけ飛んでもなおこの鬼は微笑む。

 「安心しろって…!人間殺すのに大層な獲物なんざいらねーんだからよォ」

ずらりと生え揃った、真っ白な歯を見せて。

 「流石は鬼と言ったところか。人の身体でよくやる…

どうします、森田殿」

一分も立たずに出血が止まりつつある陽神莉に注意を向けたままフーが森田に問うと同時、彼らのすぐ傍にセトが現れる。

 「どうするもこうするも、首を切り落とすしかねーだろ」

 「……不本意ながら、私もそう思います」

薙刀を担ぎながら口にしたセトに同意するフー。

二人の話を黙って聞いていた森田は直ぐ背後にある那須を一瞥すると、陽神莉に銃口を向けた。

 「だな。このまま助けたところで憑かれてる子は普通に生きていけない。それに、仮に妖怪を取っ払ってやったところで、結局は沙紀美君を襲うだろうからな」

 「あぁ、同感だ。こういう時のお前ほど、凡人でいてくれて嬉しい時はねーな」

 「はっ。どれだけ苦しいか分かってんのか」

 「さぁな」

 「そろそろ来ますぞ!」

結論を下し、再び全霊の緊張を巡らせる三人。

彼らが処理すべきとみなした標的は今にも駆けだしそうなほど目を血走らせていた。

 「……行くぞ」

 「「了解」」

返事を合図に駆けだす森田たち。

 「っは!流石にそこまで日和っちゃいねぇか!!」

同時に陽神莉も動き出した。

彼らは十秒もかからずかち合う。

振り下ろされる薙刀を避け、打ち込まれるはずの弾丸の標準を蹴りで狂わせ、勢いのままに攻撃後の硬直に甘んじているセトを蹴り飛ばす。

対面上は一対一の形に持ち込まれてしまった森田とフー。直ぐに間合いを取って撃鉄を鳴らそうとするが、陽神莉は決してそれを許さない。

一歩下がれはその分近づき、右へ動けば即座に鏡合わせに移動する。

二人に余裕を作らせるためにすかさず回り込み刃を叩きこもうとするが、陽神莉は間髪入れずにセトと森田たちの間に割り込んでくる。

乱戦の最中でコバンザメのようにぴったりと行動を共にされ、手元が狂えば味方にさえ致命傷を与えてしまうかもしれないセトは安易に攻撃を繰り出せない。

 「避けてるだけならこっちから行くぞォッ!!」

吠えると同時に蹴り上げられる森田の腹部。

彼の喉元へ胃酸が逆流していく。

 「ぐ……ぅぅ!」

 「次ィ!!!」

激痛に顔を歪める森田の脇腹へ、陽神莉は更に蹴りを叩き込む。

 「な!?」

しかし、それを森田は避けようともせず直撃を許す。

口の端から血を流しながらも攻撃を受け止めた森田は、陽神莉の右脚を固く押さえつける。

 「セトォ!!」

 「あいよ!」

 「しまっ……!」

森田の意図を理解した時にはもう遅い。

 「年貢の納め時だッッ!!」

狙い違わず振り下ろされる薙刀。その先は陽神莉の膝だ。

だがそれでも。

 「こ…なくそがァッッ!!!」

 「何!?」

決して離れないよう固く押さえているのを逆手に取り、陽神莉は放たれたままの脚に更に力を込めて森田を蹴り飛ばした。

 「ぐああぁぁ!」

 「森田ァ!!」

不快な音を腹部から上げ、慣性のまま吹き飛ばされ壁へぶつかってしまう森田のもとへ即座に駆け寄るセト。

 「鬼の怪力、甘く見過ぎなんだよタコ!」

 「けど、その割りには息が上がってんじゃないか?」

 「死に体がよく吠えるじゃねぇか、あぁ!?」

それでもまだ立ち上がる森田は、僅かにふらつく銃口を陽神莉に向けた。

 「森田殿、これ以上は……!」

 「気にすんな。まだ生きてる」

 「しかしっ!」

フーの忠告も無視して引き金に力を籠めるも、肝心の後一押しまで届かない。

既に人間の意識で受けてもいいダメージ量を超えている森田は気絶寸前だった。

 「…っは。いいねぇ。ちょっとはこっちに傾いてきたか?」

再び彼らの距離が開く。

けれど、状況は先程の衝突時とはまるで意味が違かった。

両腕がないとはいえ未だ力を行使できる陽神莉と、人数差こそ変わらないものの依り代である森田が死んでしまえばその時点で決着がついてしまう三人。

当の森田は既に死に体だ。仮に彼がこのまま意識を失ってしまえば実質的な人数差さえ無くなってしまう。

 「…どうだ?取引しねぇか?」

セトたちにとっての最悪の事態ーー森田の死を、このまま戦えば確実に訪れると確信した陽神莉はある提案を口にする。

 「このまま見逃がしてくれるなら、戦いはおしまいだ。そっちもこっちも、ちゃっかり生きていられんだ、そう悪い話じゃねぇだろ?」

ーー見逃してくれ

森田たちにしてみれば、最も現実的な落しどころだった。

このまま戦えば森田にかかる負担は、二重憑きを加味せずとも、限界を超えてしまうだろう。

そうなれば死は必然的に訪れる。憑き従っているセトとフーにとっては何としても避けたい現象だ。

しかしそれはあくまでも憑りついている二人にとってでしかなく。

 「却下だ。沙紀美君のためにもここで死んでもらう」

決断する森田には最初から撤退の二文字は眼中になかった。

 「……はぁ。ま、そう言うわな」

呆れ気味に小首を傾げ、陽神莉は三人を睨みつける。

 「じゃ、行くぜ!!」

陽神莉の言葉を合図に三度激突が始まる。

 「セトッ!!」

陽神莉と森田たちが駆けだす瞬間、何かを受け取るセト。

出鼻を挫かれてしまったセトが手の内に収まったそれを理解した時には、もうすでに森田は陽神莉と衝突していた。

 「なんだぁ!?肉弾戦もやれんのか!?」

 「あぁ!まぁな!!」

先程までの距離を置こうとした戦い方とは打って変わり、森田は接近して拳を繰り出し始める。

右、右、左、と、典型的なボクサーの攻め方をするも、陽神莉はそれらを全て危なげなく躱す。

 「なるほど。わざわざ種子島を捨てるだけはあるな」

森田の拳が遅いわけではない。寧ろ、普通なら避けきる事は難しいほどだ。

威力とて劣っているわけではない。人の身体であるこの鬼になら、相応の痛手を与えられる程度には驚異的だ。

 「だけどよ、そんなもんじゃやれねーぜ!?」

 「分かってるよッ!」

挑発に回し蹴りをもって応えるも蓄積されたダメージが響いたのか威力も高度も低く、曲げられた右足で難なく防がれてしまう。

 「っはは。人間の割にはいいもん持ってるな!

けどよ、蹴りってのはこうじゃねぇとなッッ!!」

僅かな硬直を見逃さず、すかさず陽神莉の蹴りが飛ぶ。

今度は先ほどのような脇腹目掛けてではなく、森田に向け一直線に放たれる。

 「ぐぅ…!」

 「おっと!今度は掴ませねーぜ?」

威力も、速度も段違いなそれは見事に森田の鳩尾に命中し、伸縮するばねのように即座に自身の元へ帰っていく。

 「しかし、テメェも大概頑丈な奴だな。なんでまだ生きてんだよ」

胸部付近を抑えながら後退し嗚咽を漏らす森田に対し、陽神莉は無い肩をすくめ鼻で笑う。

 「ま、いいや。そろそろ終いにするか!」

そうして陽神莉は駆けだす。

たった二歩の距離を一息に詰め、勢いのまま蹴りを放つ態勢をとる陽神莉。

速度・威力共に最高と言えるその一撃を喰らえば、まず間違いなく森田は行動不能になってしまう。

つまり、彼にはこれを避ける以外の選択肢はない。

横跳びであれ、後方に避けるであれ、絶対に受けてはいけない攻撃だ。

無論それを理解していな陽神莉ではない。どう避けられようと放てる追の一撃を彼女は当然用意していた。

ーー故に、彼の行動が陽神莉には理解できなかった。

 「なっ…」

生々しい音を立てて森田の胸部に着地する陽神莉蹴り。

決して許してはいけなかった一撃は見事に森田の身体を貫通し、死に直結するダメージを与えた。

だが。

 「…!?コイツ!!」

がっちりと、脚を掴まれる陽神莉。

最早呼吸さえ朧げとは思えないほどに硬く強く握りしめられた脚は悲鳴を上げながら身悶えしかできていない。

 「…ト、フ…撃、て」

 「分かってるよ」

 「委細…承知」

擦れた森田の声は、撃鉄に打たれ放たれた鬼塵弾によってかき消され。

 「う、がぁぁぁああああ!?!?!!??」

理解の混濁と己の破滅が綯い交ぜになった絶叫に塗り替えられた。







to be next story.

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