第10話 呉越同舟
海風の無い倉庫街を警戒心の満ちた面持ちで歩くのは、およそ十分前に那須と二手に分かれた森田だ。
普段と同様の黒いスーツ姿の彼は手ぶらのまま沙紀美を攫うかもしれない不良たちのたまり場を探していた。
ーー倉庫は角を作っての五個か。さてと、セトが戻ってくるまでに目星くらい付けとかないとな。
周囲を見渡し怪しい影が無い事を確認しながら一つ目の倉庫へとたどり着く。
その側面に移動し、壁に耳を近づけて森田は中の物音を探る。
ーー触った感じそんなに分厚くはないな。
息を潜めて聴覚に意識を集中するがそれらしい音は聞こえてこない。
ーーいなさそうだな。……それなら。
一先ず耳を離し、森田は正面のシャッター側まで移動する。
「…あった。多分これだな」
独り言ちると、シャッターの面している壁側についているボタンを押し込む。
すると、若干耳障りな音を立ててシャッターが開いていった。
「こんなもんでいいか」
大人が少し屈めば通れるくらいまで隙間を作ると、押し込んでいたままのボタンから手を離して開扉を中断する。
「……ハズレか。アタリだったら隠れたりもできたんだけどな」
薄暗い倉庫内に陽の光が差し込む中、残念そうに肩を落とす森田。
本来なら汚く映るはずの埃が光で反射してどこか幻想的に見える倉庫内。
だが、それは逆を言えば、普段はあまり使われていない事を指す。
頻度こそ不明だが、不良たちのたまり場ともなれば週に一度や二度程度の使用率ではないだろう。
それに加え、置かれている荷物の配置がかなりしっかりと整頓されている。
人の出入りがあるのならばここまで整理されているのは少しばかり不自然だ。
「ま、しゃーないか」
気を取り直し閉扉を始める森田。
それとほぼ同時くらいだろうか。
「……何だ?」
隣の倉庫から微かに物音が聞こえた。
「…まさか、時間を把握してるわけじゃないよな?」
僅かに募る焦りを押し留めながら閉扉を完了し、何が起きても対応できるよう臨戦態勢を取る森田。
彼の考えでは、目的の不良たちが居る場所のシャッターさえ無暗に開けなければ、仮に開閉音が聞こえても業者の行動だと勘違いしてもらえるだろう、というものだった。
当然、倉庫を貸し出している家の人間が居るのだから把握していてもおかしくはないのだが、運び入れたりするのが人間である以上常に時間通りとはいかない。時には予定を変えなければならない時だってある。
今回もその例外と同様に扱われると見越して少々大胆な行動に出た森田だが、先ほどの物音が不良たちで、更には既に沙紀美を攫っていたとしたら。
「……マズったな。違うと思いたいが」
己の浅慮さに歯噛むも、直ぐに隣の倉庫へと移動する。
有り難い事に、辺りの見晴らし自体はいい。正面の出入り口から出てくるモノがあれば一目で分かる。
「開いてない、か。なら隠れたってところか…?」
若干息を切らせて隣の倉庫のシャッター前に着いた森田は、隙間がない事を確認する。
駈け寄る途中にも出てきた様子はなかったのでまず間違いなく中に居るままだろう。
「……これで、野良犬か何かだったら面白いんだけどな」
肩をすくめて冗談を言いつつ壁に耳をあてる。
聞こえてくるのは、鉄の棒か何かが擦れ合うような音だけだ。
ーー積み荷が崩れたのか?それとも……
倉庫内で反響している金属音に不信感を覚えながらも、森田は一度壁から離れる。
「入ってこれないように急いで積み上げたのか?にしては嫌な音を立ててるが…」
訝しみながら開閉ボタンに指を近づけていく。
何かが原因で積み荷が崩れたのか、それとも不良たちが人が入ってこれないように細工したのか、もしくはそれ以外なのかは分からない。
だが、この倉庫の中に何かがいる可能性が出たのなら、優先して調べるべきだろう。
そう考えた森田はシャッターが開いた時に姿が見えないよう、壁に背を預けながら開扉のボタンを押した。
金切り音を上げながら上へスライドしていくシャッター。
さっきまでいた倉庫のよりも開き方が遅く感じるのは気のせいか、それとも……
ーーこのくらいか。…少し、間を置いてから。
前回と同様、屈めば入れるくらいまでシャッターを開いた森田は奇襲が無い事を確認すると、中を覗くようにゆっくりと身体を移動させる
それと同時に鼻に付く鉄錆と埃の臭い。
そのあまりの濃さに森田は顔を歪めてしまう。
空気の通り道があるならいざ知らず、密閉された状態でこの中に居続けるのは無理だと直ぐに判断した彼は緊張を解いて壁から背を離した。
臭いに少しづつ慣れていった彼は、眼頭に本の少し溜まっている涙を拭いながら倉庫の中を見る。
僅かに歪んで見える視界に映るの長短様々な鉄パイプが無造作に積み上がって出来た鉄の山。
そして、その下で埋もれている。
「……子供?」
埃で服が汚れた少年らしき子供だ。
「あの子があいつらの仲間…?
いや、今はそんな場合じゃねぇ!!」
一瞬の忘我の後、すぐさま駆けだす森田。
「おい、大丈夫か!しっかりしろ!!」
倉庫のほぼ中心地点で鉄パイプの山に埋もれている子供に声を掛けながら、どうにか引っ張りだそうと模索する。
幸い、微かに肩の布が切れたりしているだけらしく、見えている部位に大きな怪我はない。血だまりが出来上がったりしていない事からも埋もれている部分にも重大な怪我はなさそうだ。
「おい!聞こえるか!?俺は森田だ、お前の名前は!?」
意識を失っているらしい子供に何度も呼びかけながら、重なっているパイプを取り除こうとする。
だが、少し弄るだけで大きく軋みを見せてしまい、下手に引き抜けば大惨事になりかねない。
「クソ!こんな時、セトが居てくれりゃ!!」
悪態を吐きながら崩れかけのジェンガをどうにかして攻略しようとする森田。
けれど、どこを弄ろうとも安心して引き抜けそうな場所は見つからない。
「おい、おい!待ってろ、直ぐ救急車を…!」
こうなってしまえば起きているかどうか分からない事件を優先してはいられない。
森田がポケットに入れてあるスマートフォンを取ろうと上着に手を伸ばした時。
「……大丈、夫。電話は、やめて」
「…!気が付いたか!!」
何処か幼さを感じる声が、子供から聞こえた。
「う、ん。…出れる、から、電話しなくて、いい」
「出られる…って、お前」
とても珍しい、ターコイズブルー色の右目をした子供は、緩慢に引き抜いた右腕で、鉄パイプの一つを握りしめる。
「お、おい、やめろ!崩れたら…」
「大丈夫。ぼ…おれの、こういう時の勘は、絶対に当たる、から」
子供が言うのと同時に引き抜かれる鉄パイプ。
……すると。
「…マジか」
パイプの山が耳障りな音と埃を立てて崩れていく。
だが、それらは全て、まるで子供を避けるように地面を転がっていき、残された数本のみがその子の背に乗っていた。
「…ね、言ったでしょ。平気だって」
腰などをさすりつつ、ゆっくりと這い出てくる子供はそう言いながら立ち上がる。
「……驚いたな。身体は平気なのか?」
「うん。ちょっと痛いけど、歩けるし、死んでないから」
子供の言うように、身体中埃まみれながらも血のシミなどは見当たらない。
猫背気味に立ってはいるが、鉄パイプの乗っていた背中などが骨折していない事は一目瞭然だ。恐らくはーー尋常ではない幸運の下ーー軽い打撲程度で済んでいるのだろう。
「けど、だ」
「…うん?」
安堵の息を漏らして子供の頭に手を置く森田。
「さっきのは感心しないな…!」
「あいた!?」
それから間髪入れずに、自身の手の上に落ちるよう拳を振るった。
「君の勘がどうかは知らんが、うまくいかなかったら大怪我してたんだぞ!」
「……でも、失敗しなかったし」
「結果論で語るな!」
「いたぁ!?」
再び掌越しに拳骨を喰らい、頭を押さえる子供。
森田の言うように、今回は幸運が味方してくれたから良かったものの、良くて大怪我、最悪死んでいたかも知れないのだ。彼が怒るのも当然だろう。
「次今みたいな目に会ったら、おとなしく救急車とか呼ぶんだぞ!」
「うぅ…分かったよ」
僅かに涙を浮かべた子供は頭部に置いていた手を降ろしながら不服そうに頷いた。
「……ところで君、その目、カラコンでも入れてるのか?」
目前にあった緊急事態が過ぎ去り、余裕を取り戻しつつある森田は、唐突にそんな事を子供に尋ねた。
というのも、子供の目の色が左右で違うからだ。
先ほど森田が確認できた子供の右目は日本人には珍しい宝石のような青色だったのに対し、左目は輝き方こそ同じく宝石のようだが色が黄色に輝いている。
一般的に生き物の目の色は左右で対象的なのだが、この子供はそうではない。となれば、趣味で使用されるカラーコンタクトなのではないかと森田は考えたのだが。
「何それ」
どうやらこの子はそもそもカラコン自体を知らないらしい。
「って事は、アレか?オッドアイってやつか」
となれば考えられるのは、一つだけ。
先天的或いは後天的な異常だろう。
「…!凄い、おじさんって賢いんだね」
その考えはどうやら当たっていたらしく、子供は少し驚き気味に頷いた。
「おじさ……ま、まぁいいか。
あぁ、最近は漫画とかでもそういうキャラ多いからな。なんだかんだみんな知ってるんじゃないか?」
引っかかりを覚えるも何とか笑顔で返答する森田。
「そうかな?結構不気味じゃない?」
しかし、子供の方はどこか伏目がちに口を開く。
「そうか?中々イカしてると思うけどな。真似したがる奴だっているみたいだし」
「そりゃあ、なってない人はそうだろうけどさ」
「……ま、そうかもな」
「でしょ」
以前その目が原因で何かあったのだろうか。
子供は、森田の言葉に否定的な態度でしか答えない。
「だとしても、自暴自棄になるのは違うんじゃないか?」
「え?」
けれど森田は、言葉に困ることなく続きを口にした。
「何が合ってこんなとこに居るのかは知らないし、聞こうとは思わないけどさ。
やっぱ、わざわざ怪我するような真似するのは違うだろう?」
「………パイプのこと?」
「あぁ。あれで取り返しのつかない大怪我でもしてみろ。一生寝たきりになった可能性だってあるんだぞ?この国じゃ安楽死は認められてない。だからどれだけ死にたい境遇にあっても、自分で動けなくなったんじゃどうにもならない」
「自殺するなら確実に死ねるのにしろって?」
「しないのが本当は一番いいんだけどな。人の世はそこまで簡単じゃない。だから俺は否定も肯定もしない。ただ、どうせするなら、今までの苦しみを忘れるくらいあっさり簡単にしないとな。それまでの苦しみに帳尻が合わねぇ」
「……変な人。普通[死ぬな]って言うんじゃないの?」
「俺は君の一生を見守れるわけじゃないからな。そんな無責任な事は言えないさ」
「…ふふふっ」
[この世に苦しくない自殺なんてものはない]そう理解した上での森田の発言は、恐らく彼なりの激励なのだろう。
だが、そのあまりにも不器用な物言いは子供の琴線に触れたらしく、少しの間笑っていた。
「…あぁ。なんだか久しぶりに笑った気がする。
ありがと、おじさん。でもね、おれはまだ死ぬつもりは無いから安心していいよ」
「へ?」
「パイプのだって、絶対助かる自信があったからやったし、一つだけやり残した事があるんだ。だから、まだ、死ねない」
微笑みを浮かべたまま口元を結び、決意の込められた瞳を向けるその子供は森田に背を向けて歩き出す。
「さよなら、変なおじさん。次に会えたら、お礼をするよ」
「あ、おい!」
森田の呼び止めを意にも返さず子供は倉庫の出口へと向かっていく。
「…じゃ、じゃあ、沙紀美っていう子に何かあったら助けてやってくれ!俺たちだけじゃダメな時もあるかも知れないから!!」
最後の呼びかけにも足を止めず、気が付けば何処かへと消えてしまったその子供。
けれど、姿を見失うその一瞬、僅かに振り向いたように見えた。
「……不思議な子だな」
「だな、変なおっさん」
「おわっ!?」
子供との記憶の余韻にいた森田の耳に突如届く男らしい女性の声。
驚いて距離を取ってみると、隣にはセト立っていた。
「お前、ずいぶん遅かったな」
「あぁ。ちょっと野暮用でな。それより、刀女を見なかったか?」
「…いや?何であいつだ」
「何、ちょっとしたいきさつがあってな。一時的に手助けしてくれることになったんだけどよ…」
倉庫内を見渡し、辺りに誰もいない事を確認したセトはどこか安心したように息をつく。
「いくら身体能力が高いっつっても、流石に質量を無視できる状態になったオレよりはおせぇか」
「ここの場所教えたのか?」
「そりゃあな。
途中でも見なかったし、大方、オレと行く道が違かったんだろ」
「……よくわからんが、面倒事が増えそうだな」
いまいち話を飲み込めていない森田は肩を落としてため息をついてしまう。
極端な話、最終的に戦わなければならない最も恐ろしい敵なのだ。そいつが一時的とは言えいきなり味方になったと言われても簡単には飲み込めないだろう。
「仕方ねーだろ、そうするしかなかったんだし。
それより、那須たちはどこにいんだ?」
話の流れが若干不穏さを帯びた気がしたからか、セトは半ば強引に話題を変える。
「っと、こうしてる場合じゃないな。早く次の倉庫の確認しないと」
「連絡とかは来てねーのか?」
「いや、どうだったかな」
セトに言われ、森田はポケットのスマートフォンに手を伸ばす。
「……ん、一通だけ来てるな」
液晶に映し出された宛先の出ていない、通知のみを知らせるバナー。
どうやら、それが来たのはあの子供を助けていたのと同じ頃だ。
「嫌な予感がする」
「なんでもいいから早く開けっての」
苦虫を噛み潰したような顔をして液晶を睨みつける森田を他所に、セトがバナーをタップする。
……そうして、開かれた内容を目にした二人は、脇目も振らず倉庫から駆けだした。
「那須さん…?」
重力に抗う力を失った身体が、赤黒い飛沫を上げて倒れていく。
その光景は、まるで映画かドラマのように現実味が乏しく、沙紀美の目にはスロー映像として映ってしまっている。
「あーあ。血飛沫かかっちゃったじゃん」
「うるせーな。近くにいるのが悪いんだろ」
「はー?来てあげなかったら危なかったくせに」
頬を拭いながら傍に立つ陽神莉を睨みつける陽蘭莉。
二人の会話があまりに普通に進行しているせいもあるだろう。それを見ても、沙紀美には現実として目の前の光景が受け入れられていない。
「なー、お姫様?」
「な、なに?」
沙紀美が逃げないよう、隣で見張り役をしていた山銀が指さす先。
そこにあるのは、当然の如く血だまりの中で横たわったままの那須がいる。
「……あれって、はらわただよな?」
そのすぐ真横。腹部の辺りから顔を覗かせる細長いナニカが、倉庫の照明に照らされ、ぬめりのある光沢を示す。
「………うん、多分」
ドクリドクリと脈打つそれは明らかに生物みを帯びていて、どこか温もりを覚えてしまう。
…だが、それも一瞬前の事。
急速に熱を奪われていくそれは、気が付けば酷く冷え切った異物にしか思えなくなってしまった
「って事はさ。あの女、■んだのか?」
「え?」
「だってよ、内臓が出てるんだし」
言っている意味が分からず、沙紀美は聞き返してしまう。
知っている。内臓が、腸が飛び出ているのは目を擦るまでも無く見えている。
分かっている。臓器が飛び出れば生き物はどうなってしまうかくらい考えるまでもない。
それでも、沙紀美は受け入れたくなかった。
那須が、那須 涼が、沙紀美(じぶん)を助けるために訪れたせいで■でしまった事を。
「あれ?どーしたの山銀。もしかしてびびっちゃったの?」
「……陽蘭莉」
すっかり血を落とした陽蘭莉が固まったままでいる二人の方へ声を投げる。
やはりそれも非日常を思わせる色を帯びてはおらず、出先で出会った友人をからかうような、そんな自然さだ。
「お前ら、いつもこんなことやってんの?」
「んー、まぁ、いつもって事は無いけど、陽神莉があーなっちゃった時は大体そうかな」
静かな問いに、微笑みながら答える。年相応で、恥じらいの混じった愛らしい笑みで。
「…そっか。そうなのか」
「ん?どーかした?」
何度も何度も頷き、山銀は噛み締めながら陽蘭莉の言葉を反芻する。
そして、ピタリと止んだかと思えば。
「……サイコーじゃんか」
「へ?」
「サイッコーじゃんかよ!」
両拳を握りしめ、ゴールを決めたサッカー選手さながら喜びを吠えた。
「すげぇ、すげぇすげぇ、すげーよ!サイコーにすげーよお前ら!!
俺らもよく拉致って袋にした事はあるけどよ、ここまでやった事ねーんだわ!いやさ?俺は全然やりたかったんよ。拉致ってボコって普通の生活できなくなった奴なんてザラだったしさ、そこまでやるんだったらいっそ死ぬまで遊んでやるべきジャン?その方が楽しいし、見せしめっつーか、遊び相手厳選できるし!
けどさー、アイツら、良い奴らだったし、あっちゃんも優しかったしでツルむのやめようとは思わなかったんだけどさ、そこだけはどーしてもヤだったんだよね。
みんな病院送りにするだけで満足しちゃうしさ。あんだけやってたら殺してやった方が温情ってもんなのに、なーんかそこだけは変な顔するし!
だからさ、すげーうれしーんだわ!殺しをものともしないどころか普通のものにまでしてて、その上誰彼構わずじゃない。こんなの、サイコーだろ!!」
陽蘭莉の両手を握りしめ、はしゃぎまわる子供のように今にも跳ねそうな勢いで想いを告げる。
「…まともじゃないね、アンタ」
「まさか!これからそうなるんだって!」
瞳を輝かせたまま陽蘭莉を見つめる山銀。
喜びと羨望に満ちたその視線は、けれど陽蘭莉の目に同じ色はない。
「ま、いいや。私も人の事言える性格じゃないし、あっちに関しては実行犯だしね。どーでもいいか。
それより陽神莉。それ、どうするの」
「あん?」
顎で那須を指す陽蘭莉に呼ばれ、陽神莉は小首を傾げる。
「……後ろに海あるし、そこの木箱に詰めて棄てときゃいいんじゃねーか?腹裂けてっから魚が食ってくれんだろ」
「まー、そうなっちゃうか。触りたくないなーーー」
心底面倒くさそうに返事をした陽蘭莉はそのまま空の木箱を探しに倉庫の端の方へと歩き始める。
それとほぼ同じくらいだろうか。
唐突に、閉扉されているシャッターから横一文字に光が走った。
「……なんだ?」
人工的な明かりの中に居続けたせいで自然光に眩しさを覚えた陽神莉が本来の入り口に目をやった瞬間。
「私の弟に何するつもりなのかしら」
シャッターが幾つにもバラバラに切り裂かれ、騒々しい音を立てて崩壊した。
「涼ッ!!!」
「……もう、次から次になんなのよ」
新鮮な空気と共に駆け込んでくるのは初めに聞こえた少女とは似ても似つかぬ男の声だ。
「森田さん!那須さんが、那須さんが!!!!」
「沙紀美君!無事か!?」
「ぼ、僕は…!けど!」
沙紀美の言葉で視線を那須へと移す森田。
そうして視界に入ったのはーー
「そうか、お前らがやったのか」
「んー、ていうか、陽神莉?」
「半分はオメーもだろーが」
「っるせぇ!!」
何の事も無く言い放つ、赤いシミの作られた服を着る二人に怒声が向う。
「……おい、刀女。さっきは悪かったな。謝るから、沙紀美君を助ける手伝いをしてくれないか」
「もともとそのつもりだけど、まぁいいわ。私は男をやるけど良いかしら」
ノエルへの返答はない。
代わりに。
「だまし討ちを卑怯とは言わせねぇぞ、アバズレ共」
二人の背後から振り落とされたセトの薙刀が開戦の狼煙となった。
「ッ!!いつの間に!?」
跳ね上がるコンクリートの破片が辛うじて一撃を交わした陽神莉に跳ね跳ぶ。
「陽神莉!陽蘭莉!!」
「よそ見していてもいいの?」
「な!?」
離れた位置で二人の名を呼ぶ山銀だが、その視線は、あっさりと距離を詰めたノエルに防がれてしまう。
「……なかなか悪くないセンスね。でも、ちゃんとシエルに許可を取ったの?」
「…は、はぁ?服の事なら、弟君の趣味知ってれば分かるんじゃないのか!?」
「そ、なら紙とペンを用意するのね。書くんでしょう?イショっていうのを」
数秒の時ももちいずに分かたれた二つの戦場。
この日、再び紅い華が咲き始めるのにそう時間は掛からない。
to be next story.
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