第9話 急変


 沙紀美が鱶丸とノエルの傍から消え、およそ三十分が経過していた。

一般的に誘拐事件は時間との勝負だと言われている。

攫われている間の人質の安全は勿論の事、救出後の社会復帰やメンタルケアに至るまで全てが救出までにかかった時間で決まると考えていい。

仮にもしも発見に数日以上かかっていた場合、最悪の場合は死。良くても、心に重大な傷を負ってしまうだろう。

下手をすれば、[そのまま死んだ方がマシだった]可能性さえ孕んでしまう。

その点で言えば、那須と森田の迅速な行動は沙紀美の安全を確保する上で最善の行為だったと言える。

法の下で動く組織であるならば事件とは[未然に防ぐもの]ではなく、[最小限の被害で抑えるもの]になってしまう。何故ならば、悪がなされたと分かってから動くから正義が保証されるためだ。

だが、今回二人は[攫われる恐れがある]という憶測から行動している。

そこに法的な裏付けは無く、場合によっては悪者にされてしまうかもしれない。けれどそのおかげで、本来ならば被害が出るまで指をくわえて見ているしかないはずの期間に行動が出来、運が良ければ未然に防げるのだ。安全を担う者達にとっては悔しがりながらも英断だと言う行動に違いない。

しかし、事件とは常に予想外の出来事が起こると考えて行動しなければならない。

事実。誘拐事件において最善・最短の行動だったはずの沙紀美捜索は、既に捜索ではなく奪取になっているのだから。

 「……はぁ、はぁ。ここが、倉庫」

息を切らし、身の丈を優に超える薄汚れたシャッターの前に立っているのはスーツと髪の乱れた那須だ。

近くの海から吹いてくる磯の香りと柔らかな潮騒は、本当なら彼女の呼吸を整えるのに一役買うはずの穏やかさだったが今はそんな余裕は微塵もない。

コンクリートで固められた地面の硬さに若干の苛立ちを覚えてしまう程焦りに満ちた那須は一緒に来ている森田と手分けして殺された不良グループのリーダーだったうちの一人、田中 敦たちの隠れ家を探していた。

この敦という男の両親は、鱶丸たちの住む甲斐総市の倉庫街……つまりは今、那須と森田がいるこの場所を商店街や漁業組合、市に貸している大地主だ。

両親は非常に優秀で街や市の人々からの信頼も厚い人物なのだが、一人息子の敦は負い目からか少しづつ道を外れてしまっていたらしい。

夜な夜な出歩いては飲食店などで迷惑をかける息子を見かねた両親が与えたのがこの倉庫の一角だという話なのだが、それはあくまでも噂の域に過ぎないらしく、那須たちが三人の死亡事件を調査した際には正確な場所を特定するに至らなかった。

 「多分、関係ない。なんて思ってたけど、まさかこんな事になるなんて」

腰裏に忍ばせている銃ーー古空穂(ふるうつぼ)に手を伸ばし、いつでも引き抜けるようグリップを握る。

 「一発で当たりが引けますように」

小さく祈りを口にした那須はシャッターの面している壁にあったボタンを押す。

しかし。

 「あれ?」

シャッターはせり上がる様子がないどころか少しも動かなかった。

 「故障?……じゃないよね」

どう見ても間違いなくシャッターを開くためのボタンであるにも関わらず作動する気配すらないというのはおかしい。

誰も倉庫を借りていないので電力削減のために電源を切っている、という可能性も充分に有り得るが、件の噂の出どころだ。早々に切り上げるのは良くないだろう。

 「森田さん、気付くと良いけど」

もしもここが沙紀美の囚われている場所だった場合を想定し、念のために森田へメールを送る那須。

送信完了の文字が出るよりも早くスマートフォンをポケットにしまうと、古空穂に手を添えながら一先ず外周の様子を見る事にした。

 「まずは人数の把握」

那須は独り言ちると倉庫の壁に背を預け、潮の香りに満ち満ちた一帯に気を配る。

少なくとも今那須がいる、シャッター側には人の気配がしない事が分かると、角へにじり寄りながら倉庫側面を覗き見る。

 ーー誰もいない。

注意深く観察するも人影やそれらしい動くものは見当たらない。

 ーー大丈夫そうね。

自身の背後に誰もいない事をすばやく確認すると、那須は壁から背を外さないように倉庫の側面へと移動した。

日陰になっているせいか僅かに肌寒い中を慎重に移動していく。

辺りに喧騒はない。時折聞こえる波の音は那須が置かれている現状を忘れさせてしまう程穏やかに聞こえる。

 ーーでも、それはつまり。

小さく深呼吸し、那須は古空穂のグリップを握りしめる。

 ーー向こうは気が付いてるかも知れないのよね。

肺を新鮮な空気で満たし、気を引き締め直す。

楽観的に見れば[ここには誰もいないから音がしない]そう考えられるだろう。

しかし、相手は人を攫うような一線を越えている集団だ。恐らくは警察に追われた事が何度もあるだろう。

仮にそうだった場合念には念を入れて、[逃げて隠れた際の上手に息を殺す方法]を習得していると考えた方がいいだろう。

 ーーってなると……。多分、あそこ、か。

那須が視線を送った先。そこは、海に面した壁……倉庫から言えば、背面に当たる角だ。

 ーーなら、どうすれば先手が取れるかよね。

一先ずホルダーから古空穂を引き抜き、銃口を下に向けて構える。

相手がどんな武器を持っているかにもよるが大方近接、良くても石などを詰め込んだ布で作った簡単な投擲武器だろう。それならば那須が持っている銃の古空穂で脅しをかければどうにでもなるはずだ。

だが、向こうが三人以上だった場合はその限りではない。人数差とは、時に兵器の強大さを上回る力を持っている。多数に囲まれれば最後、ある程度の訓練を受けているとはいえ全員をさばき切るのは難しい。

この場合の回答は主に、増援を待つ、力の差を見せつける、一網打尽に捕える、のどれかだろう。

だが、増援を待つ余裕はなく、力を見せつけるための古空穂を使うにはリスクが大きすぎ、人数の把握が出来ていない現状では不可能に近い。

そもそも、人数の把握なぞは今の那須には無理だろう。どう足掻いても、探すための人員が足らない。

 ーーならもう、この手しかないか。

グリップを固く握りしめ、心を落ち着かせる。

人手も時間も足らない彼女に残された手段は一つしかなかった。

壁伝いに角まで近寄り、自身の聴覚に最大限集中する。

 ーー呼吸音は聞こえない。これなら…!

少しの間を置き、相手が呼吸を止めていない事を確認すると、那須は弾かれたように壁から背を離して背面側へと銃口を向けた。

 「止まりな……!」

何が来ようとも対応できる心構えで捉えた先。

そこには、壁に張り付いた電子盤と、カモメのフンの痕が残ったコンクリート床しかなかった。

 「………はぁぁぁ。早とちりたっだかぁぁ」

大きく息を吐き、背面の壁に背を預ける那須。

極度の緊張状態から唐突に解放されたため、身体から力が抜けてしまったようだ。

 「けど、よか…え?」

ほぼ全体重がかかった壁から突然安定性が消える。

 「わわわわっ!?」

状況を全く飲み込めずなされるがままに後ろへと倒れていく身体。

一瞬の暗転の後、頭部に鈍い痛みが走ると同時に那須は地面に座り込んでしまった。

 「いっつぅ……。何がどうなっ…」

 「「「……へ???」」」

僅かに立ち昇る埃を払いながら打った頭部をさすり立ち上がる那須。

その様子を見る、三人の困惑の声が彼女の耳に届いた。

 「ちょ、ちょっと、山銀!あれ、誰!?」

 「え?お前の知り合いじゃないのか?じゃあ知らんけど」

 「知らないって…あんたねぇ!」

ショートヘアをした金髪の少女が慌てふためき、毛端が銀色の少年が興味深そうに見つめる中、一人だけ椅子に座っている、何故か黒いゴスロリ服姿の少女が急に立ち上がり口を開いた。

 「な、那須さん!?」

 「……その声は沙紀美君!?」

 「なんだ、お姫様の知り合いか」

どこからどう見てもゴシックな少女は、しかし沙紀美と同じ声で那須を呼んだ。

 「そ、その恰好、どうしたんですか!?」

 「それが、その……」

スカートの裾をもじもじ弄りつつ恥ずかしそうに顔を俯ける沙紀美。

その仕草も相まってか、那須の目には本当に女の子にしか見えなかった。

 「…いやな、そこに居る女…陽神莉(ぴかり)が、暇だし遊ぼうぜって言いだしてな」

困惑する那須、恥ずかしがる沙紀美。一向に会話が進みそうにないのを見かねたのか、山銀は若干苛立ち気味に答える。

 「はぁ!?わ、私!?」

 「そりゃそうだろ。他に誰がいるんだよ」

いきなり白羽の矢を立てられた金髪の少女ーー陽神莉は目を見開いて抗議するもどこ吹く風。山銀の一睨みでばつが悪そうに黙ってしまった。

 「…ま、まぁ、よくわかりませんが、取り合えず沙紀美君に危害を加えてない事は分かりました」

それを聞き、一先ずの混乱が収まった那須は、改めて山銀と陽神莉を見る。

 「……[街で見かけた中性的な少年にこういった服を着せて見たかったから誘拐した]。

そう言う事でしたら、だいぶ度は過ぎていますが、お二人の年齢もありますし、なんとか穏便に済ませられるかもしれません。今すぐ沙紀美君を返してくれるならそのように手配できるよう迅速に対応しますが、どうでしょうか」

先程までの騒々しい空気が一変する。

 「何、アンタ警察?」

 「………その認識で構いません」

 「ふぅん。違うんだ」

那須の提案に対して見下したように返事をする陽神莉。

どうも様子がおかしい。

 「アンタ、警察でもないのに人が所有してる場所に勝手に入っていいわけ?レイジョー?とかいうの無いとダメなんじゃないの?」

傍にあった椅子に腰かけ、陽神莉は偉そうに足を組んで那須を問い質す。

 「……えぇ。本来はそうですね。いくら公的な機関とはいえ、余程の事がない限り現場判断による侵入は不法のモノとなり罰せられる恐れがあります」

 「だよね?じゃあ今の状況をどう説明するんだろ。私達、[入って良い]なんて一言も言った覚えないけど」

どうやら陽神莉は那須の捜査の違法性について問うているらしい。

彼女の言う通り、同意を得られない場合の家宅捜索等には裁判所または裁判官から捜査令状を貰う必要がある。

それを得ずに強行すればいくら警察と言えど処罰は覚悟しなければならない。最悪の場合、職務停止さえあり得る。

 「…ですが、先ほども言いましたように私は警察ではありません。あくまでもそれに近しい組織の人間です。その限りではありません」

だが、それを理解した上で那須は二人に自首を進めている。

 「特別扱いしてもらえてるって事?」

 「簡単に言えばそうなります」

 「……ふっ、はは、あははは!」

 「何がおかしいのでしょうか」

那須の発言が琴線に触れたのか、彼女は急に腹を抱えて笑い出した。

 「アンタもしかして私らの事バカにしてる?そんなドラマみたいな組織あるわけないじゃん。今時小学生だって信じないでしょ」

ひぃひぃと喘鳴交じりに指さしながら言う陽神莉。

その様子は馬鹿にしていると言うよりも、本当に面白くて笑っているようだった。

 「……そうですね。私もそう思っていました。ですが本当に…」

瞳を伏せ、何かを思い出すように話し始めた那須。

けれど、全てを話終えるよりも早く、彼女の襟首を掴まれる。

掴み上げる力は驚くほどに強く、下手をすればそのまま身体を持ち上げられてしまうくらいだ。

 「あのな、こいつはどうか知らんが、アタシは短気なんだよ。お呼びじゃねぇってのが分かんねぇのか」

突然、さっきまで陽神莉の発していた女学生じみた甲高い声が一変し、どこか擦れた、胆力を感じるものに変わった。

 「……これが貴女に憑いている妖怪ですか?」

 「………へぇ。よくわかったな」

 「えぇ。何度かお会いしてますから」

その変化のカラクリを那須は瞬時に見抜いた。

 「推察するに、我の強い妖怪……鬼か、もしくは怨霊でしょうか。その手の妖怪は憑依型に成り易いですから」

 「…正解だな。だが」

陽神莉の姿をしたナニカは鼻で笑い、那須を放り投げる。

落下する先にあるのはいくつも積まれた木箱。

 「アタシは偉ぶった輩が大嫌いなんだ。発言には気をつけろよ」

 「くぅッ…!」

破壊音をまき散らし背中から着地した那須の辺りに木片と埃が舞い上がる。

 「那須さん!!」

 「おいおい、おっかねーな陽神莉ちゃん」

 「だ、大丈夫です。沙紀美君は安心して見ててください!」

 「けど!!」

薄茶色い靄をかき分けて立ち上がる那須。

その真正面には、再び陽神莉が立っていた。

 「言い忘れてたけどさ、嘘つきも嫌いなんだわ」

一呼吸の猶予も与えず振りぬかれる右腕。

それは、まだわだかまっていた埃の靄を鋭利に切り裂き、那須の左頬に向けて放たれる。

 「それも大丈夫です」

 「何?」

だが、陽神莉の拳が那須の顔を強打する事は無く。

 「少なくとも、まだ空元気じゃありませんから」

いつの間にか引き抜かれていた古空穂を構え、照準を定めていた。

 「まさか、避けられますよね?」

 「ちッ!」

言葉と同時に火薬を破裂させる撃鉄。

炸裂音と共に銃口から射出された弾丸は僅かに陽神莉の頬を掠め、倉庫の天井に弾痕を残す。

 「…っへ。人間の雌だと思って舐めすぎたか」

 「みたいですね。今のを逃したら負けてしまうかも知れませんが」

 「ぬかせ。カマトト振りやがって」

傷口から垂れる血液を拭い、嬉しそうに微笑む陽神莉。

対峙する那須は決して銃口を彼女の顔から逸らそうとしない。

 「種子島ってやつか。それがテメェの妖怪か?」

笑みを絶やさず問いを投げてくる陽神莉に、一瞬顔を顰める那須。

状況的に言えば、先手を取りやすいはずの那須に話しかけるのは油断を誘うのに有効な一つの手段だ。

…だが、彼女の様子から察するに不意を突こうとしていなさそうに見える。

 「…えぇ。この銃が私の相棒の一人です」

それに何の意味があるのか分からず、不審に思いながらも那須は答えを返す。

すると陽神莉は「やっぱりな」と更に口角を上げた。

 「どうもそれ、アタシと同じ年代の代物っぽいな」

 「……!?」

那須の構えている銃を見て驚くべき事を口にする陽神莉。

確かに、古空穂という妖怪は、古くは[靭(うつぼ)]と言う矢入れに憑りついていた妖怪だ。

それが今那須の手にしている銃のマガジンに憑りつき先を変えたのにはかなりの年月を要している。

だが、それを一目で見抜いた者など人間は当然の事、妖怪にも一人もいない。

なにせ見た目はどこからどう見ても拳銃そのものなのだから。

 「っは。そんな驚く事じゃねぇよ。

なんつーかな、匂いで分かるんだよ。アタシの生きてた時代は血の匂いがそこかしこで嗅げてなぁ。忘れたくても忘れらんねぇんだわ。

そいつ、テメェが思ってるほどしょっぱい妖怪じゃねぇぞ?」

そう身震いするような表情を浮かべて陽神莉は口にする。

 「…そうですか。ですが、私は彼を見くびった事など一度もありません」

脅しともとれる彼女の言葉に、しかし那須は臆せず言い放ち引き金を引き絞る。

 「ふん。いい主従関係だこと」

 「私もそう思います」

那須が言い終えると同時に二度目の炸裂音が響く。

銃口の溝を辿り、鉛の身体に螺旋を描いた弾が向う先は陽神莉の額、ど真ん中だ。

 「いいね、不意打ちは嫌いじゃないぜ。けどな」

狙い違わず突き進むも常人ならざる速度で屈まれ、弾は虚空を穿っていく。

 「挙動でバレねぇようにしねーと」

力を溜める獣人のように構えた陽神莉はそのままネイルの施された長い爪で那須を引き裂こうと振りかぶる。

 「えぇ。承知しています」

 「なに?」

横薙ぎに振り払われる右手。それを那須は危なげも無く飛びあがり、避けた。

 「あまり主を見くびらないでいただきたいな。鬼」

 「……!」

陽神莉の耳に突如届いた低い老爺の声。

背後で見守るばかりの山銀でも沙紀美でもないそれが誰なのか、見当がつくよりも速く那須が動いた。

 「フー!鬼塵弾(きじんだん)を!!」

 「承知致した」

彼女の声に応じているのか、銃口に透明な薄紫色の何かが集光していく。

 「…ヤベェ!!」

仄かに輝きを得た銃口はまばたきの間もなく光が失せていく。しかし、先ほどまでの銃口のそれとは明らかに異質になっていた。

 「未練がましく現世(うつしよ)に漂う悪鬼め。頼光が威光に沈め」

 「しまっ……!」

一瞬の硬直を見逃さずに那須は陽神莉の側面に回り込み古空穂ーーフーを構える。

 「主!」

フーの呼びかけに合わせ、引かれる引き金。

その瞬間三度目の撃鉄が落ち、炸裂音が響くーーはずだった。

 「あぁ…!!」

 「主!?」

突然悲鳴を上げてフーを手元から落としてしまう那須。 

 「ど、どうされ……!」

乾いた音を立てて転がっていったフーが見たのは、フーを握っていた右手の手首を押さえて痛みを堪える那須の姿だった。

 「あ、あぶねぇあぶねぇ。助かった」

 「…くっ!この鬼め!主に何をしたのだ!!」

 「アタシはなんもしてねぇよ。なぁ?陽蘭莉」

 「なに!?」

乱れかけている呼吸を整えながら自身の背後を見やる陽神莉。

その先に居るのは。

 「この状態の私の事その名前で呼ばないでよ。……まぁ、あっちの名前でも嫌なんだけど」

 「…まさか、双子……!?」

 「そういうこった」

髪型や色こそ違うが、陽神莉に顔や体形がよく似た少女が洋服を持って立っていた。

 「まったく、私が沙紀美ちゃんの洋服探してる間になんか騒いでるなーって思ったら、兄貴じゃないじゃん」

この状況に臆する事も無いセミロングの少女ーー陽蘭莉は、オレンジ色の髪を揺らしながら倒れている那須の傍まで歩み寄ると、押さえている手首を踏みつける。

 「ああぁっ!!」

 「んー、この感じだと、手首の粉砕骨折ってところかな。

チッ。腕が腐り落ちるように呪ってって言ったのに、女狐」

顔を顰めて悪態を突く陽蘭莉。

 「お前か!主に何かしたのは!!」

 「え、なんか銃がしゃべってる。すご」

そのすぐ隣で横たわったままのフーが怒声を上げると、陽神莉が拾い上げた。

 「くっ!離せ、鬼!!」

 「その女の妖怪だそうだ。アタシを鬼だって見破った結構優秀な奴だ」

 「へー。じゃあ、きっと私のも見破られちゃうのかな。こわー」

摘まみ上げられ、全体をされるがままに観察されてしまうフー。

藻掻こうにも、彼の身体は銃のマガジンに憑りついているためどうする事も出来ない。

 「は、離しなさい」

当然それを所有者が許すはずがない。

 「あれ、思ったより受け入れるの早かったね。まだ痛いハズなのに」

 「見くびらないでください。このくらい、慣れてます」

上着のポケットから出したハンカチと二本のペンを使い、手首に応急処置を施しながら立ち上がる那須は鋭く陽神莉を睨みつける。

 「早く、フーをこちらに渡しなさい」

 「いいぜ、ほらよ」

 「えっ…?」

呼びかけに少しの間もなく陽神莉はフーを放り投げる。

あくまでも威嚇のつもりだった那須はあまりに不自然な反応に思考が硬直してしまう。

 「那須さん!」

 「沙紀美君…?」

 行方を見守るしかない沙紀美の声で意識が戻る那須。しかし、それでは少し遅かった。

 「わりぃな。これでもアタシ、鬼だからよ」

 「……あ」

受け手がなく落下し、乾いた音を立てるフー。

転がっていった彼のすぐ横に、赤い液溜まりが一瞬にして出来上がる。

 「主!!!!」

悲痛なその声は那須の脇腹から噴き出る血液に混じり、倉庫内で響いた。







to be next story.

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