第4話 優れすぎた記憶力
「私は能力を半分ずつ入れ替えることが出来ると言った。だから、リナの記憶能力も、あなたとは違ってとても記憶力のいい人と交換することで記憶能力を向上させることができるのね。交換の仕方は詳しくは言えないけれど、それはまるで魔法使いがやるようなことだと思っていて頂戴」
リナはエイミーから視線を外し、俯いた。
「能力を……半分にするという力のことはまだ信じられませんが、もしそれが本当であれば、相手の方は困るんじゃないでしょうか。私の記憶の能力と半分にする方は、優れた記憶力をお持ちなんですよね? それなら今まで何でも記憶できたことが出来なくなって、不都合が起きるのではないでしょうか」
だが、エイミーは首を横に振った。
「リナに記憶能力を半分にするのは、アデル・エーメリーという人よ。彼女は寧ろ快く引き受けてくれたわ。何故なら、あなたの『忘れてしまう能力』を半分必要としているから」
リナは顔を上げて、眉をひそめた。
「どうしてですか? 記憶がいいことに越したことはないでしょうに」
記憶が続かないことに不自由を感じているリナだからこその言い分である。いや、もしかすると、学校の勉強や仕事の内容で「覚える」ということに苦労したことのある人であれば、必ず一度は「記憶力が良かったらな」と思ったに違いない。
だが、エイミーは首を横に振った。アデルはその羨ましさからかけ離れるほどの、優れすぎた記憶力の持ち主だったのである。
「残念ながら、記憶力があまりに良すぎると人を苦しめるの。人間は悲しい出来事や恥ずかしかったこと、または辛かったことなど、時間が経つにつれて少しずつ忘れるように出来ている。その能力は人間を創った創造主が備えたものなのか、進化の過程でそうなったのかは知らないけれど、そうしなければ人間は『記憶に苦しめられる』ことが分かっていたのね。だから私たちは、忘れることも必要なのよ。
だけどアデルの場合、彼女の身に起きた出来事に加えて、そのときに起こった感情まで覚えていてしまうの。ただ物事を記憶しているだけだとそれほど苦しくはないようだけれど、感情が伴ったクリアな記憶というのはとても狂暴なの。それは辛かったり悲しかったりした記憶は、そのときの感情がそっくり戻ってきてしまうし、喜びも強ければ『今』の感情を乱されてしまうことにもなる。
そして彼女の記憶は、いつ何時思い返されるか分からない。今のリナはもしかするとないのかもしれないけれど、人は何かの拍子で昔のことを思い出すことがあるのよ。そしてアデルも記憶がいつ・どう出てくるかということを、コントロールすることができない。その上はっきりとしすぎる記憶を持っているからこそ、記憶が戻ってくる頻度なんかも、人と違って多いんじゃないかしら」
それに対し、リナは手帳をぎゅっと握りしめながら、ぽつりぽつりと話始めた。
「……私は事故で記憶障害が起きてからのことは、覚えていないんです。昨日のことが書きつけてある手帳を見てはじめて、私は事故があった日から数年過ぎていることに気づきます。鏡を見て、歳を取っている自分にも驚きます。そしてその気づきや驚き自体、毎日繰り返されている事だっていうのも、毎朝手帳を見て、夫に言われて初めて知るんです。だって、私の記憶は事故があった日から動いていないんですから……。何があったのかを確認しなくちゃいけない。私にしてみたら、記憶はいくらでも良い方がいいって思ってしまいます」
エイミーは頷いた。
「そうね。それは分かるわ」
「でも……」
リナは小さな声で呟いた。
「私のこの忘れやすさがその人のことを助けるのであれば、私は心から治療のことを喜ぶことができます」
それを聞いて、エイミーはほっとした表情を浮かべる。
「私もそれが聞けて嬉しい。私の能力が誰かのために役に立つのなら、この能力の報われるでしょう」
するとリナは小首を傾げた。
「その力はもっといろんなところに活用されるべきではないのでしょうか? きっと助かる人もいるはずです」
「分かるわ。でももし、このことを多くの人が知ったら、私の力を悪用する人が出て来るでしょう。私自身がそうであったように……」
「え?」
リナの「どうして?」という視線を受けて、エイミーは観念したように答えた。
「私はこの能力を使って生きてきてしまったの。日本語が話せるのもこの力のお陰。基礎があると言語も習得する時間が大幅に減るのよ。そうやって、私は色んな人の能力をチェンジしてきた。だから私の中には、自分の力だけで獲得した能力が卓さなって、もともとあるような力が残っているのかは謎ね」
エイミーが肩を
「……エイミーさんも能力によって苦しめられてきたんですね」
「ありがとう。そう言ってくれて」
「……」
エイミーはふっと笑うと、リナに「大丈夫」と声を掛けた。彼女は感受性の強い人らしい。そのため、エイミーの苦しさをまるで自分のことのように受け止めてしまうようだった。
そのため、彼女に心配をかけないよう笑って言う。
「私は、もうこの力を私自身が楽をするためじゃなくて、リナやアデルのように、能力に苦しんでいる人たちの助けになればと思って使ってきた。もう二十年くらいになるかな」
「二十年……。ということは、他にも能力を半分になさったことがあるのですか?」
「あるわよ」
「エイミーさんを訪ねてきた人たちは、どういう方でしたか?」
「そうね……。じゃあ、一人だけ。リナと同じ日本人の青年のことを話そうかしら」
するとエイミーは、一人の青年のことを話し始めた。
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