第3話 忘れて欲しい話

 ケンがエイミーの友人に連れられ、渋々と外へ出て行くと、彼女はリナを奥まった部屋へと案内した。そこは真っ白な壁と床に囲われたところで、窓も白いカーテンで覆われている。物はほとんどない。あるのは、小さなテーブルと椅子が三脚だけだ。


「この部屋は?」


 リナが辺りを見渡しながら尋ねると、エイミーは彼女に木でできた背もたれのある椅子に座るように促しながら、「あなたの治療をする場所よ」と言った。


「ここが?」

「ええ」


 そしてエイミーは彼女の傍に、小さなテーブルも置いてやる。リナの手には彼女の記憶を手助けする手帳があるので、それを置きたいときに使えるようにしたのだった。

 だが彼女は手帳をテーブルにはおかず、あるページを開いて何かを確認すると、訝しげな顔をする。


「でも、治療は明日と言っていませんでしたか?」


 エイミーは頷いた。


「ええ、それは間違いなく明日よ。でも、あなたが記憶力を取り戻す前に、私のことを話しておきたいの」


 それに対し、リナは眉間の皴を深くする。

「エイミーさんの……ことをですか?」

「そう」


 エイミーはリナと少し距離を離して同じように椅子に座ると、ふうと息を吐いた。


「私はあなたの記憶力を取り戻す約束をしたわ。でも、治療法については一切聞かないようにとあなたの夫に話した。それは、どうしても人には言えなかったからなの」

「どういうことですか?」


 リナの問いに、エイミーは何度か躊躇ためらったのち、勇気を振り絞るようにしてこう言った。


「私は、人の能力を半分入れ替えることが出来る力を持っているの」


 リナは何度か自分の中で、エイミーが話した言葉を咀嚼したが、やはり意味が分からなくて小首を傾げた。


「能力を……入れ替える?」

「例えば、リナの場合だと、あなたの『一日しか持たない記憶能力』と『全てのことを記憶できる人の能力』を半分入れ替えるハーフ・チェンジということなの」

「え……」


 リナは戸惑った。


「どういうことですか? 他人の能力を半分なんて……私、夢でも見ているんでしょうか?」


 リナはぎゅうっと手帳を握りしめる。記憶が持たない彼女にとって、自分の分からないことを言われると落ち着かなくなるのだ。

 エイミーはそっと立ち上がると、困惑している彼女を抱きしめて優しい声で言った。


「違うわ、リナ。これは夢ではないの。でも、あなたが信じられないと思うのは当然よ。あなただけじゃない。ケンだって、聞いたら同じように驚き、戸惑うわ」

「本当に?」


 その問いに、エイミーは頷く。


「本当よ。そしてあなたにしか言えないと言ったのは、それが理由なの」


 リナははっとして、彼女を見上げた。


「それはどういう……」

「私の話を聞いたとしても、忘れて欲しいのよ。これは誰かに話してはいけないことだから」


 エイミーは寂しそうな、悲しそうな表情を浮かべ、無理に笑う。リナは今日の記憶を保つことは出来ないが、このような状態になる前に培ったものはその身にある。そのため、彼女の辛そうな顔を見て、自分が彼女の話を聞いて忘れることに意味があるのだと悟った。


「分かりました。続きを聞かせて下さい」

「……ありがとう」


 エイミーは再び椅子に座ると、自分の能力について話し始めた。




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