とあるお店の、

みつき

小さな定食屋

いつものように、たくさんの人たちが店の扉を開く時間がやってきた。


「いらっしゃいませー!」


私はこの小さな定食屋が大好きだ。

両親の美味しい料理のにおいがして、お客さんはみんな幸せそうな顔で食事をする。

こんな素敵空間が他にあるだろうか。


「リリちゃんは今日も元気だねえ」

「ライさん、お仕事お疲れ様です!」


ライさんはうちの常連さんだ。

仕事帰りの夕食は、ほぼ毎日うちで食べてくれる大事なお客さん。


「お疲れ様。今日もいつもの日替わり定食でいいのかい?」

「マロウさん、お疲れ様です。日替わりでお願いしますね」


お父さんとのいつものやり取り。

『いつもどおり』は素敵なことだ。


「今日も遅くまで宅配お疲れ様ぁ。最近のお仕事はどうかしら?」

「最近は魔導車を導入し始めたから、私もそろそろ魔導運転士の資格を取らないといけないねぇ。年寄りに新しい技術は難しいよ」

「やぁだ、年寄りだなんて。私たちと10も違わないじゃありませんか」


お母さんが笑いながらてきぱきと空いたテーブルを片付ける。

私がお水を出すと、ライさんはにっこり笑ってくれた。


「魔導士資格といえば、マロウさんは魔導調理師の資格は取らないんですか?」

「ああ、なかなか時間がなくてね…」

「魔導調理師ですって!?お父さんが!?」


思わず大きな声が出た。

それは『いつもどおり』じゃない。


「あ、ああ…どうしたんだい、急に?」

「魔導調理法なんて論外よ。定食屋さんには必要ないわ!魔法を使って道具を動かして調理するなんて、人の心がこもった美味しい料理が作れるとは思えない!」


現実に、魔導調理法で出てくるようになった学校の給食はぜんっぜん美味しくなくなってしまった。隣の通りのケーキ屋さんのケーキも味が変わったし、パン屋さんはふかふかを失っている。


「お父さんが魔導調理師になるなんて、私は絶対に反対だから!」


お母さんが困った顔をしていることに気づいて、私はあわてて取り繕った。


「跡継ぎの私に、お店の味をもっと教えるほうが大事でしょ?」


すこしおどけて見せれば、お母さんの困った顔は『仕方ない子ねぇ』とでも言いたげな笑顔になった。

よかった。私はこの素敵空間を壊したいわけじゃない。

ただ『いつもどおり』をしたいだけなのだ。


◆◆◆◆◆


「素人さんの料理大会?」

「うん、リリはうちで働いているから出場はできないけど、きっと勉強になるよ。休憩をあげるから、ジンくんと一緒にいっておいで」

「ジンは…興味あるかなあ」

「まあ、誘ってみるといい。時計台広場でやっているから」

「はーい」


お父さんから教えてもらった料理大会を見に行かないかと幼馴染を誘ったら、二つ返事でついてきた。


「トレーニングも飽きてきたしな」

「家の手伝いもしなさいよ…」

「俺は服屋なんて継がねーって。軍に入るんだ!」

「はいはい」


時計台広場はそこそこの人だかりで、いいにおいがする。

もう始まっているようだ。


「おー?あれ、魔導調理法じゃないか?」

「えっ!?」


ジンは私より背が高い。

ていうかかなりでかい。

人だかりの中心が見えているのだろう。


「帰る」

「なんで!?おじさんから勉強してこいって言われてるんだろ?」

「う…」


電気灯に括りつけられた垂れ幕には、はっきりと『魔導調理大会』と書かれていた。


「おとうさんめ…」


ジンと一緒に人だかりに溶け込んで、魔導調理をする様子をながめる。

ほらね、やっぱり人の手で調理したほうが美味しくなるに決まってるじゃない。

ハンバーグは焦げているし、あの野菜は洗いすぎでちぎれている。

卵焼きはボロボロで、魚がフライパンから飛び出した。

参加者は五人で、ひとりひとりに気になるところがあって…


「あれ?」


いっさい調理器具に向かって手を伸ばしていない女性がいる。

それでも調理器具はどんどん動いていて…とてもおいしそうなロールキャベツとポテトサラダが出来上がっていた。

彼女は微笑んで立ち上がった。やはり手は動いていない。


「みんなして手ぇブンブンしてておもしれーな!自分でやったほうが早いんじゃね?」

「そうね…」


当然のごとく、失敗が見えなかった手を動かさない彼女が優勝した。

喝采を照れくさそうに受けながら、彼女は商品として魔法が伝わりやすい調理器具を受け取っていた。


「んー、あれ?ラニーの母さんが優勝したのか!」

「知り合いなの?」

「うん、同じクラスの友達の母さんだ。交通事故で手がマヒしたらしいけど…すげーな、魔導調理法って手ぇブンブンしなくてもできるんだ」

「…ふーん」


それはたしかにいいことかもしれない。

手が動かせなくても料理ができる。でも、それは。


「ラニーさんは、お母さんの手料理がもう二度と食べられなくてかわいそうね」

「あら、ひどいことをおっしゃるのね」


いつの間にか、ラニーさんのお母さんがそばにやってきていた。

おそらくラニーさんだろう、隣に立つ少年が私をにらみつけている。


「…ジン、なんだよこいつ!」

「あー…こいつはリリ。角の定食屋の娘さんだよ…」

「定食屋だからって母さんの手料理を馬鹿にするな!」

「あなたのお母さんの手料理を馬鹿になんてしてないわ。ただ、手で大事に愛情込めてつくった手料理は作れないのねって…」

「それを馬鹿にしているというんだ!」

「ラニー、落ち着いて。リリさん、このあとうちにお食事に来ない?この子がジンくんを誘いたいって言うから来たのだけれど。あなたもよかったら」

「私は…」

「二人で行きます!ありがとうございます!」


ジンが大声で私の返事を遮った。

そして私に耳打ちしてくる。


「ちゃんと二人に謝るチャンス見つけろよな!」


◆◆◆◆◆


自宅でも、彼女は全く手を動かさずに魔導調理法を使っていた。

ラニーさんは私を完全に無視していて、ジンは居心地が悪そうだ。

確かに事情をよく知りもせずに一方的に哀れんだのは良くないことだった。失礼だ。


「ラニーさん、ごめんなさい」

「…何が」

「あなたをかわいそうって言ったこと。何も知らない私が勝手に決めつけたのは良くないことだわ」

「…わかればいいよ。母さんの料理はすげーうまいんだからな」


でもそれは手料理じゃないわ、なんて喉まで出かかった言葉をぐっと飲みこむ。

彼にとっては、それが母の手料理なのだ。


「は~い、できたわよ」


ほかほかのロールキャベツと、ごろごろ野菜のポテトサラダが運ばれてきた。

あれ、このメニューは。


「大会の練習のための材料が余っていたから、同じメニューになってしまったわ。ゆるしてね」

「母さんのロールキャベツ大好きだから問題ないよ!いただきまーす」

「いただきます」

「いただきます!」


ほろりと口の中でほどけるお肉はスパイスで味付けしてあるようだが、何のスパイスかわからない。これも隣国のものなのだろうか。

ポテトサラダの野菜も、見慣れないものがいくつかある。

隣国の食文化が、ラニーさんの家には根付いているようだ。

そして、そして。


「とっても、おいしい」

「だろ!」


ラニーさんが誇らしげに胸をはる。

ラニーさんのお母さんは、やさしい微笑みで私に問いかけた。


「これは、大事に愛情込めてつくった手料理ではないかしら?」

「いいえ…」


これは確かに愛の味がする。

子供が好きな味、ラニーさんの一口に合わせたサイズ。

まぎれもなく大事に、愛情込めて、作ってある『手料理』だ。


「大好きな料理ができなくなって、私はとても落ち込んでいたの。でも、そんな私を魔法は助けてくれたわ」

「そうだったんですね」

「昔と同じ、俺の好きな味になるまで失敗ばっかで大変だったよな!」

「そんな…」


魔法は楽をするためのものだと思っていた。

調理大会の人たちは、楽をしようとしてむしろ回り道をしているように見えた。

しかし、ラニーさんのお母さんだけはとてもきれいに調理していた。

それはいままでたくさん失敗してきたからなんだ。


「私の調理と、一緒…」


私もたくさん失敗している。

お父さんの味に追いつけたのはコンソメスープだけ。

いっぱい練習して、美味しい料理を作って、お客さんに笑顔になってほしくて、私は練習を続けている。


「そう、私は家族のために、私の喜びのために魔導調理法を身に着けたのよ」


やっぱりラニーさんのお母さんはやさしく笑っている。

魔導調理法は人の心がこもらない、と決めつけていた自分が恥ずかしい。


「あなたの調理の実力と、自由な手があれば、きっと調理も魔導調理も自由自在ね」

「…!」


◆◆◆◆◆


「なあ、リリ。父さん、やっぱり魔導調理師資格を取ろうと思うんだ」

「いいと思うけど、私も一緒に練習するわ」


お父さんがびっくりした顔をする。

そりゃそうだ、つい最近まで大反対していた娘が急に乗り気になったのだから。

こんなの『いつもどおり』じゃない。

だって、以前の私とは違って、夢を見つけた。

『いつもどおり』でいられるはずがない。


「私、調理も魔導調理も極めて、どんなお客さんでも…サンハリノの人もエンカリノの人も、笑顔になれる定食屋さんの店主になるの!」


お父さんが嬉しそうに笑った。


「父さんも負けてられないな。一緒に頑張ろう」

「うん!」


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とあるお店の、 みつき @MiTuKi_5

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